初の快挙
《サイド:冬月彩花》
…ふふっ。
ついに乃絵瑠が最後の迷宮の挑戦を始めたようね。
まさか帰ってきて半日程度でここまで進めるなんて思っていなかったけれど。
今の乃絵瑠ならそれが当然なのかもしれないわ。
…ただ、この攻略速度は異常ね。
一切の迷いを見せずに最短距離を走破しているのよ。
まるで最初から答えを知っているかのように、ね。
…とは言え。
さすがに全ての道程を暗記してるとは思えないから、
ちゃんと考えて行動してるはず。
だけど全ての迷宮を最短距離で…というのはどうしても疑問を感じるわね。
さすがに私でも乃絵瑠の真似は出来ないわ。
おそらく奈々香も無理のはず。
…どうやって進んでいるのかしら?
色々と疑問が尽きないけれど。
実際のところは直接、乃絵瑠に聞いてみないとどうしようもないわ。
…だからと言って教えてくださいなんて言うつもりはないけれど。
どういう方法だってかまわないからよ。
ちゃんと攻略できるのであれば、
どんな手段でも問題ないの。
気にならないと言えば嘘になるけれど。
気にするほどではないと思うわね。
…とりあえず、乃絵瑠が帰ってくるまで待つしかないのよ。
何にしても乃絵瑠が帰ってこないことには話を聞くことさえ出来ないから。
…この勢いなら1時間程度で帰ってくるでしょうからね。
そのあとで考えればいいわ。
ひとまず乃絵瑠に関してはあとで考えることにしたの。
そうして控室で休息をとっていたところで、
あずさがすり寄ってきたのよ。
「お姉様ぁ♪」
「あら?どうしたの?」
「乃絵瑠さん遅いですね~。」
周りの目を気にせずに甘えてくるあずさの頭を撫でながら問い掛けてみると、
あずさは時計に視線を向けながら乃絵瑠を気にしていたわ。
…まあ、確かにね。
お昼前に控室を出てから約半日が経過しているのよ。
すでに時計の針は午後11時を示してるから、
遅いと言えなくもないでしょうね。
…だけど、遅いの意味が違うわ。
あずさはまだ気づいてないみたいだけど。
乃絵瑠は攻略につまづいて時間を浪費してるわけじゃないからよ。
「また失敗して倒れてるとかぁ。迷子になってさ迷ってるとかぁ。心配ですよね~?」
言葉とは裏腹に全く心配してる様子の見られないあずさだけど。
それでもあずさは私に寄り添いながら言葉を続けている。
「乃絵瑠さんはどこまで進めるのかなぁ?」
…ふふっ。
どうやらあずさはすでに自分の記録を超えられていることにも気づいていない様子ね。
…だとしたら。
ちゃんと教えてあげたほうが良いかしら?
身の程を知るというのも時には重要だからよ。
「あらあら。あずさはまだ気づいていないのね。」
「はい?何をですかぁ?」
「乃絵瑠ならついさっき最後の扉に向かって行ったところよ。」
「え…っ?」
…ふふっ。
やっぱり気付いてなかったのね。
私は乃絵瑠の魔力の波動を追跡していたから
おおよその状況を把握しているけれど。
全く気にしていなかった様子のあずさは、
乃絵瑠の動向を把握できていなかったのよ。
「きっとこれは暗黒迷宮の歴史上において異例の出来事でしょうね。」
数十年の歴史において初の快挙と言える出来事なのよ。
暗黒迷宮の最短攻略という快挙を成し遂げるのが乃絵瑠だと私は確信しているわ。
「全ての迷宮を最短距離で攻略する乃絵瑠こそが、事実上『暗黒迷宮の覇者』と呼べるのかもしれないわね。」
これは私でも成し得なかった記録よ。
もちろん奈々香や米倉美由紀でさえも出来なかった最速の記録になるわ。
それほどの驚くべき新記録を乃絵瑠が成し遂げようとしているの。
「魔力の波動と方角を考えれば、最後の扉に向かったのは間違いないわ。」
まだ12時間も経過していない状況なのに、
乃絵瑠は最後の迷宮に挑んでいるのよ。
そしてこれまでの攻略速度と乃絵瑠の魔力の肥大化を考慮すれば、
おおよその攻略時間を推測することもできる。
「おそらく日付が変わる前後。きっとその頃に乃絵瑠は帰ってくるでしょうね。」
もしも私の予想が正しければ。
もしも私の予想が実現すれば。
乃絵瑠は暗黒迷宮の覇者になるのよ。
今だかつて誰にも成し得なかった暗黒迷宮の最短攻略という偉業を達成することが出来るの。
「面白いと思わない?」
「え?」
私を不思議そうに見つめるあずさに話し続ける。
「闇魔術をほとんど使えなかった乃絵瑠が暗黒迷宮の覇者になるのよ。それがどれほど凄くて、どれほど素敵なことか。あずさには分かるかしら?」
「…うぅ~ん?」
私の考えが理解できずに小さな唸り声をあげるあずさだけど。
私としては『そういう可能性』も考慮しているの。
「一つの可能性として…乃絵瑠が私を越えたかもしれないということよ。」
「えぇぇぇっ!?お姉様をっ!?」
私の発言に驚くあずさだけど。
これは決して誇張でも何でもないわ。
「暗黒迷宮の攻略という一つの事実において乃絵瑠は結果を出してしまうからよ。そしてその結果は私の記録を遥かに上回るわ。お互いの実力に関してはともかく、乃絵瑠が私の記録を越えることに間違いはないでしょうね。」
暗黒迷宮の攻略という記録は乃絵瑠が私を越えてしまうのよ。
もちろんこれは乃絵瑠が最後の迷宮を突破出来ればの話だけど。
今更失敗するなんて思えない。
…きっと、乃絵瑠は最後の迷宮も乗り越えるでしょうね。
攻略順だけを見れば米倉美由紀、私、奈々香に次ぐ4人目になるけれど。
攻略の記録はまさしく最速。
それが乃絵瑠の成長なのよ。
今でも私はまだ姿を消していた乃絵瑠がどこで何をしていたのかなんて知らないわ。
だけどそれでも、
帰ってきた乃絵瑠が驚くべき成長を果たしていることはしっかりと感じ取ってる。
「今の乃絵瑠なら私と対等か、あるいはそれ以上の可能性もあるでしょうね。」
正確な実力差は実際に戦ってみなければ分からないけれど。
悔しさ以上の楽しさを感じてしまうのよ。
「乃絵瑠がどこまで成長するのか楽しみね。」
乃絵瑠が最後の迷宮を乗り越えた時に、
どこまで成長することが出来るのかしら?
その結果を楽しみにしつつ、
あずさにも問い掛けてみることにしたの。
「それで…あずさはもう良いの?このままだと、また乃絵瑠に引き離されるわよ?」
「…あぅぅ~。」
不安を感じる様子のあずさはまだ6番目の扉を突破しただけで、
最後の迷宮にたどり着くことすらできていないのよ。
「私はぁ…。」
「行ってきなさい。そして成長してみせなさい。それが出来なければ再び倒れることになるわ。」
現時点では暗黒迷宮に挑戦する以前の私と同程度の実力を身につけつつあるあずさだけど。
当然その程度の実力ではウィッチクイーンには永遠に敵わない。
今を乗り越えてさらなる高みを目指さない限り戦場では生き残れないのよ。
「行きなさい、あずさ。」
強い口調であずさを送り出す。
「私の隣に足手まといはいらないわ。」
「…あぅぅ~。」
はっきりと断言したことで少しは自覚できたのかしらね?
「…お姉様の邪魔にならないように行ってきますぅ。」
少しだけ淋しそうな表情を見せながらも暗黒迷宮に向かって歩き出したのよ。
すでに6番目の迷宮に挑戦している未来に続いて、
あずさは7番目の扉に向かって行ったの。




