ふがいない
《サイド:北条辰雄》
「…すまない。」
意識を失った雪を抱きしめながら、
何度も何度も謝罪する。
今の俺にはそんなことしかできなかった。
「ふがいない父ですまない。」
呟くと同時に。
何故か馬鹿息子の顔が脳裏を過ぎっていた。
「…ははっ!!」
…死の間際で、お前の顔を思い出すとはな。
ただそれだけのことで、
自然と笑顔を浮かべる自分がいたのだ。
…ふん。
くだらない喧嘩が絶えない関係だったが、
良い男に成長したな。
…それだけは認めてやろう。
馬鹿息子の成長を嬉しく思いながら、
娘の仲間達に呼び掛ける。
「雪を連れて撤退しろ。脱出への道は俺が命懸けで開いてやる!」
雪の体を預けながら、
地面に突き立てていたルーンをつかみ取った。
「命を懸けるのは親の役目だ!」
馬鹿息子を思いながら、
残り僅かな魔力をルーンに込めていく。
…最期の魔術か。
それは一つしか考えられんな。
「この魔術と共に…俺はお前に会いに行こう。」
最期に想う魔術の名は、
『シューティング・スター』しかない。
流れ星という名のこの魔術は、
たった一度だけ俺が真哉に指導した魔術だ。
そしてただ一つだけの想い出を持つ魔術でもある。
…なかなか人の言うことを聞かない馬鹿息子だったが、この魔術だけは必死に学んでいたな。
もちろんその理由は知っている。
その為に授けた魔術だからだ。
だからこそ俺はこの魔術に想いの全てを込めるつもりでいた。
…会いに行くぞ。
…香苗、真哉。
亡き妻と息子に想いを込めて、
星に全ての願いを込める。
ルーンという名の星に願いと力を込めて、
一度きりの魔術を展開するのだ。
「シューティング・スター!!」
魔力の解放と同時に、
広範囲の雨を吹き飛ばすほどの荒れ狂う風が生まれる。
そして轟音を巻き起こす風の塊がルーン全体を包み込んでいく。
「二度も我が子を死なせはしないっ!!」
子を守るためならば、
俺の命など喜んで捧げてみせよう。
「雪を守ってくれ…それだけを願う。」
俺の言葉を大人しく受け入れてくれたのだろうか?
雪の仲間達は素直に撤退の覚悟を決めてくれた様子だった。
「お心遣いに感謝いたします。」
「ははははっ!気にするな。雪を逃がしてやれ。」
雪の仲間達に後を託して退路を切り開く。
その直前になって、
事態が急変しようとしていた。
「司令官っ!!!」
俺に呼び掛けながら、
一人の男が駆け寄って来る。
…今度は何だ?
声に気付いて視線を向けてみると。
慌てながら駆け寄ってくる男は、
俺の直属の部下である鞍馬信彦だった。
…何かあったのだろうか?
後方の部隊を率いていたはずの鞍馬が、
必死の形相で駆け寄ってきたのだ。
「…どうした?後方の部隊が壊滅したか?」
鞍馬の行動を不審に感じて問い掛けてみると。
「い、いえっ。」
鞍馬は首を左右に振ってから、
待ち望んでいた言葉をついに告げてくれたのだ。
「援軍ですっ!ランベリアの部隊が接近しています!!リン・ラディッシュ様の部隊が確認できました!!」
…なんだとっ!?
鞍馬の報告に驚きながらも急いで東の方角へと視線を向けてみる。
激しい雨と薄暗い夜の暗闇で今は何も見えないが、
東の方角からは確かに魔力の波動が感じとれた。
「先行部隊の一部が後方部隊に合流しましたので間違いありません!!」
鞍馬が報告を行うのとほぼ同時に、
『ドドドドォォォンン!!!!!!』と激しい爆発音が各所で巻き起こった。
これは魔術による攻撃だろう。
その事実が理解できるまでに、
さほど時間はかからなかった。
…やっと来たかっ!!
自然と込み上げる笑み。
助かるかもしれないと思った瞬間に、
自己犠牲魔術を解除していた。
「どうやら死ぬのはまだ早いらしいな。」
援軍が着たのであれば、
共和国の部隊と合流して軍を立て直すべきだ。
「鞍馬!部隊を指揮して友軍との合流を急げ!」
「はっ!了解しましたっ!!」
急いで走り去る鞍馬の後ろ姿を見送ってから、
雪の仲間達に話し掛けることにする。
「援軍がきたようだ。これで脱出は可能だろう。それまでの間は俺がお前達を護衛する。」
再びルーンを構えて指示を出す。
「出来る限り東に移動しろ。ただし戦闘に巻き込まれないように気をつけろよ。娘の安全が第一だからな。」
ここからは時間との戦いになるだろう。
セルビア軍の追撃を受けて倒れるのが先か。
それとも友軍が到着して逃げ伸びるのが先か…だ。
考えられる可能性はそのどちらかでしかない。
「耐え切るぞっ!!」
残存する部隊を率いてセルビナ軍に立ちはだかる。
「国境警備隊の名に賭けて!ここから先は一歩も通さん!!!」
セルビナ軍の足止めを行うために最後の抵抗を試みる。
「共和国の名の下にっ!セルビナ軍を押し戻せ!!」
「「「「「うおおおおおおっ!!!」」」」」
援軍の到着によって士気の高まる仲間達。
その数は僅か数百とはいえ、
命懸けの猛攻によってセルビナ軍は怯えて立ち止まっていた。
「共和国を守り抜くぞっ!!」
「「「「「おおおおおおおっ!!!!!」」」」」
決死の抵抗を試みる俺達の部隊に、
ランベリアからの援軍は確実に迫りつつあった。




