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痘痕の光  作者: 星来香文子
琥珀の忌子

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化物(三)

 琥珀の忌子と帝の血筋が交わるのが禁忌とされているのは、端的にいうと両方の血を引いた皇子がのちに帝となっても、長続きしないからである。


 琥珀の忌子が女として生まれ、帝の子を孕んだ例は、過去にいくつかある。

 しかし、生まれた皇子が帝の座につくと、国が乱れる。


 もともと、琥珀の忌子とは、帝に襲いかかる陰の気を祓うために存在しているのだ。

 帝は絶対的な陽の存在でなければならない。

 人々の嫉妬や恨みなど、そういう昏い感情が生み出す生き霊や悪霊、物の怪、呪術などの穢れから、帝を守る。


 そういう存在だ。

 人の目には視えないものが視える特別な目を持って生まれるのは、そういった脅威にいち早く気づき、対処するためにある。


 ところが、両方の血を同等に受け継いでしまうと、忌子の一族の血筋である猫のような大きな目を持って生まれたとしても、何も視えない。

 それどころか、心や体のどこかに問題を抱えて生まれてくる。

 他者の気持ちが理解できなかったり、朝彦のように自制心が欠如していたり。


 その問題が起因となり、罪のない者が犠牲になり、犠牲になった者を失った家族や恋人から殺意を向けられる。

 事故に見せかけて殺されてしまうこともあれば、暗殺されることもあった。


 それなら初めから、琥珀の忌子は男に産まれればいいのだが、性別は選べない。

 同じ魂が、一族の誰かの子供へ転生して産まれてくる。

 どの子供へ転生するかは、神のみぞ知ることだ。


 希彦に転生する前の、昌彦が帝であった頃の琥珀の忌子・巳子みこは、女に産まれはしたが、心は男だった。

 その前の忌子が何代か男が続いていた影響もあったのだろう。

 昌彦とは、それこそ今の晴彦と希彦と同じように幼い頃から共に育った。


 忌子の記憶を取り戻した後も、それは変わらない。二人は親友のように何でもわかり合える仲だった。

 ところが、昌彦の最初の妃選びが始まった頃、酒に酔った昌彦がふざけて巳子に手を出しそうになった。


 冗談で終わったが、そこに危うさを感じた巳子は、それ以来常に男装をするようになる。

 常に、鈍色の狩衣を着て、自分は女ではないと拒否を示していたのだ。

 昌彦も反省して酒を控え、最初の妃をとても大事にするようになる。


 しかし、その妃を失った悲しみについに耐えきれず、酒に頼るように。

 それまでの反動でひどく酔った昌彦は嫌がる巳子を無視して、「ずっと、本当はお前を愛していたのだ」と力まかせに押さえつけ、無理矢理組み敷いた。


 巳子は、信じていた親友に裏切られ、自分の尊厳までめちゃくちゃにされてしまった。

 それも、一度だけじゃない。

 新しい妃が決まるまで、何度も繰り返し、意にそぐわぬ行為をされ、巳子の心は死んだ。


 その上、禁忌を犯して生まれた朝彦を、東宮にすると昌彦は勝手に決めてしまった。

 このままでは、また、国が乱れる。

 帝となった昌彦は、世間からは聖人君主と呼ばれ愛妻家だったが、そんなものは偽りであると知っていた。


「兄上は、前の私が何故死んだか知っているかな?」

「え……?」

「すべてお前の父親が禁忌を犯したせいで起こった出来事だというのに、あの女は、私が昌彦を誘惑して子を孕んだと決めつけて、私の力を利用するだけ利用して殺したんだよ」


 昌彦の後妻であった先の皇太后は、巳子とは幼少の頃からの友であった。

 瑠璃領で人間を食う化物が出ると噂になったことがあり、その対応に巳子の父が当たった。

 その際、巳子は父について一緒に瑠璃領へ。


 その間滞在した屋敷が、先の皇太后の生家だったのだ。


「私はね、親友だと思っていた男に裏切られ、初恋の女には恨まれていたんだ。こんなに最低な人生は初めてだと思ったが、死の直前に琥珀の忌子としての記憶がすべて戻って、思い出したよ」


 話しているのは希彦なのに、それはまるで別人だった。

 自分の知っている、いつもにこにこと微笑んでいる希彦ではないと、晴彦はぞっとする。


「以前も、同じようなことがあったと。転生した後も、同じようなことが繰り返される。そんな辛い記憶なら、思い出さない方が幸せだと、必要のない記憶は思い出さないように蓋をしていただけだったのだと」


 希彦の中に、別の人格が入っているのか、それとも、これが本来の希彦の姿なのか、わからず混乱した。


「何年も、何十年も、何百年も変わらない。人は恐ろしい。己の欲のために平気で禁忌を犯す。特に帝だとか皇后だとか、人の上に立つ人間ほど酷いものはないよ。いつも国が乱れる原因は、お前たちが自分で作り出している。琥珀の忌子は、ずっとその尻拭いをさせられてきた。もう、守り続けることにも私は飽きてしまった。実に退屈で、くだらない」


 何も言い返せず、黙ったままの晴彦から手を離して、希彦は部屋を出た。

 そうして、まっすぐに向かいの部屋————光がいる桔梗の部屋の襖を開け放った。


「ま、希彦様? なぜ、こちらに……?」

 戸惑う光を無視して、希彦は敷布団の下、枕元のあたりに隠されていた桃色の封筒を引っ張り出して、中に入っていた文を読み上げる。


「『愛しい光様……』」

「ちょ、ちょっと! それは!!」


 光は慌てて止めようとしたが、希彦は大きな声で晴彦に聞こえるように続ける。


「『いくら桔梗様に頼まれたとはいえ、男を相手にしなければならないだなんて、さぞかしお辛い日々をお過ごしのことでしょう。どうか、そんな時はお相手をわたくしだと思って、耐えてくださいませ。準備が整い次第、わたしも女官の一人としてそちらに参ります』」


 それは、瑠璃領に残している光の()が書いた恋文だった。


「『わたしはその日をお待ちしております。再び、光様の腕に抱かれるその日を……』」

「やめろ!!」


 希彦から力づくで恋文を奪い取ったが、もう遅い。


 光にも裏切られていた。

 初めから、愛されてなどいなかったことに気づいた晴彦は、絶叫する。


「出て行け!! 今すぐ、俺の前から消えろ!! お前たちは人じゃない!! 化物だ!!」



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