17. 京極 芹那
「奏様のピンチ……」
金城から奏の動向を注意するようにお願いされた芹那は不安を覚えていた。
これまで悪人から狙われるのは芹那、美月、真夜といったお嬢様組。
この先、奏が狙われるとしたら、その理由は芹那達を手に入れるためだろう。
しかしそれにしては何かが変だ。
「鈴江お婆ちゃん、私達には気をつけろって言わなかった」
金城は芹那達に危険が迫っているならば間違いなく何かしらの注意をしてくれる人だ。
だが今回はそれが無く奏の話しか出てこなかった。
つまり、芹那達ではなく奏本人が狙われている可能性があるということだ。
愛しの奏に何かが起こる。
それは芹那を不安にさせるには十分な情報であった。
「絶対に守る。絶対に……」
命を懸けて必死で守ってくれた奏の雄姿を思い出す。
今度は自分が奏を守る番なのだ。
皆が寝静まった夜遅く、芹那は毎晩こっそりと家を出る。
「やった!奏様が来る!」
降って湧いた勉強会イベント。そこに愛しの奏がやってくることになった。
しかも奏から勉強を教えて貰えるとなれば、芹那のテンションは爆上げである。
「おっそうじおっそうじー」
勉強会はリビングで行う予定であるが、自分の部屋も念入りに片付ける。
何が起きるか分からないため、手を抜くわけには行かない。
「今日は帰りが遅くなる」
「分かった!」
「……今日は帰りが遅くなるからな」
「分かったよ?」
父親は何故か芹那に何度も遅くなると念を押した。
母親も同じような事を言ってすでに家を出ている。
「お父さんもお母さんもどうしたんだろう?」
奏との仲を深めるようにと言う両親からのメッセージなのだが、芹那は気付いていない。
男親からも奏が好意的に想われているのは快挙であろう。
「まだかなまだかなー」
時計を何度も確認しながら、誰かが来るのを待つ。
勉強会という庶民らしいイベントに芹那のワクワクは止まらない。
そう、芹那は純粋にワクワクしていたのだ。
奏に教えて貰うことも期待していたが、それ以上に勉強会そのものを楽しみにしていた。
奏の事を強く意識していなかったからこそ、自分が薄着の部屋着であることも気にしておらず、自然な上目遣いで奏を翻弄していたのだった。
『かなちゃんと京極さん、しばらく二人っきりだね(音符)』
だが栞からのメッセージで芹那は気付かされた。
「(二人っきり……二人っきり……二人っきりってどういう意味だったっけ?)」
脳内で軽くパニックになりながらも、自宅で奏と二人きりである現状を理解する。
「(どどど、どうしよう。奏様と二人だなんて。しかも私、よりにもよってなんてはしたない格好を!)」
奏が家に来てからの不自然な振る舞いを思い出す。
そして奏が時折恥ずかし気に目線を外そうとする意味にも気付いた。
「(は、はは、恥ずかしっ!)」
これではまるで奏を性的に誘っているみたいではないか。
純粋な芹那には耐えられない羞恥プレイであった。
『今日は帰りが遅くなる』
『しばらく二人っきりだね』
「(で、でもでも、これはチャンスだよね)」
父親や栞の言葉を思い出し、今こそ奏との仲を深めるチャンスだと思い直すことにした。
幸いにも奏はすでに芹那のことを異性として強く意識している状況だ。
「(恥ずかしいけれど、でも、ここでやらないと女がすたる!)」
告白してゆっくりと愛を育む理想とは違うが、ここまでお膳立てされて何もしないのも申し訳なかった。いや、申し訳ないというよりも、何も出来なかったら悔しいのだ。
次のデートで『教えて』と告げた手前、芹那は手順をすっ飛ばして奏に抱かれる覚悟を抱こうと努力してきたのだ。まだ覚悟が固まっているとは言い難いが、こういうのは勢いが大事だとも思っている。
今こそ、勇気を出す時だ。
「イチャイチャ……する?」
今度は意識して体を奏に寄せ、上から胸を覗けるようにして上目遣いで誘いの言葉を告げる。
自分から露骨に誘って何かをされたら文句など言えない。芹那は自ら退路を塞いだのだ。
「芹那さん!」
芹那の攻撃は抜群の効果があった。奏が半分発情していたこともあり、その場で押し倒されてしまったのだ。
「(ひゃあ!いきなり!?)」
少しくらいは甘いじれっとした雰囲気が続くかと思っていたので、いきなり押し倒されて芹那は困惑する。
「(これが男の子……)」
奏が自分で興奮してくれることが、嬉しいような気恥ずかしいような不思議な気分になった。
「(このまま私ここで奏様に……あれ、ここ?)」
そのまま奏の欲望を受け入れようと体から力を抜こうと思った時、気付いてしまった。
ここはすぐ後、美月達がやってくる場所だということに。
「(みんながここに座るの!?そんなの恥ずかしすぎる!)」
もしかすると何かの跡が残ってしまうかもしれない。
何らかの匂いが漂ってしまうかもしれない。
仮に美月達を誤魔化せたとしても、両親もここに座るのだ。
そんな羞恥プレイなど耐えられるはずが無いのである。
「まって……まってください」
ゆえに芹那は奏を止めてしまった。
「(あ、このままだと奏様がショック受けちゃうかも)」
奏の想いを拒絶したわけでは無く、あくまでも場所が嫌だと告げる。
「だから……私の部屋で……」
芹那は気付いていなかった。
これが、奏の行為を受け入れると答えたようなものだという事を。
興奮した奏は芹那をお姫様抱っこで部屋に運ぼうとする。
「きゃっ!」
これから先の事を想像し、羞恥で胸が一杯になっていた芹那だったが、お姫様抱っこによる独特の不安定感が記憶を呼び覚ます。
「(この感覚ってあの時の……)」
芹那が奏と出会った時、犯罪者達から逃げるために奏は芹那をお姫様抱っこして必死に逃げた。
その時の感触が蘇って来たのだ。
「えへへ、奏様に助けられた時みたい」
芹那はこの時、本気で奏に抱かれても良いと思っていた。
だが、奏がお姫様抱っこをしたことで、偶然にもその雰囲気が霧散してしまったのだ。
「(残念。でもこれで良かったような気も。えへへ、変な感じ)」
どちらにしろ幸せな時間を享受した芹那は勝ち組だったのだろう。
「それじゃあ私達買い物に行ってくるね」
勉強会でも存分にイチャイチャを堪能した芹那は、奏と共に買い出しに行く。
事前に美月達と打ち合わせしてあった流れである。
ここで芹那は奏にある質問をする予定だった。
「(奏様の本当の気持ちを知りたい)」
芹那は、いや、美月や真夜も奏に関して一つの大きな不安を抱いていた。
「(奏様を困らせたくない)」
それは、奏が自分達と知り合ったことで、危険が降りかかる立場になってしまったことだ。平穏無事に過ごしていた一般人である奏が、命の危機に巻き込まれる。
しかも奏は底抜けのお人好し。仮に奏自身への危険は気にならなかったとしても、奏の周囲が悲しんだり巻き込まれることを考えると辛いのではないかと感じていたのだ。
「ふんふんふ~ん。奏様とおっかいっものー」
ネガティブに考えたら暗い雰囲気になってしまうため、努めて明るく振舞い目的の場所へと誘導する。
神社を選んだのは気まぐれだ。
神様の前であれば奏が素直に内面を吐露してくれるかもしれない。
この先訪れる災難から神様が守ってくれるかもしれない。
自分達が抱えている奏に対する不安が神的な力で軽減されるかもしれない。
これらのことを漠然と感じてはいたが、明確な意図があったわけではない。
「(神様、奏様は私達が絶対に守りますので見守っていてください。私達が失敗した場合、奏様をどうかお助け下さい。奏様が傷つかないように、奏様が悲しまないように、奏様が苦しまないように、奏様が笑顔でいられるように、奏様の全てをお守りください。どうか、どうかお願いします)」
芹那は神様の存在を信じているわけでは無いが、必死に必死に願いを告げる。
告げることで自らの想いを明確にし、覚悟を固める効果があるのだ。
すべては愛しの奏を守るために。
「奏様、一つ聞いても良いかな?」
そして芹那はついに聞いた。
これまでずっと気になっていた、奏の本心を知る時が来たのだ。
「私達と一緒に居るの、辛く無いですか?」
奏はこの質問に驚きつつも、目を閉じて真剣に受け止めてくれた。
「(ああ……奏様、好き)」
本気の想いを察して本気でぶつかってくれる。
それだけで芹那の奏に対する想いは更に高まって行く。
そして奏の口から零れた言葉は、芹那が想定してたものだった。
「怖い」
命の危機に襲われたことがトラウマとなっており、今もなお恐怖に震える夜があると言う。
自分を心配した家族や友人達のことを想うと心が張り裂けそうになることもあると言う。
「(やっぱり奏様は私達のせいで……)」
何も問題ないよ、と安心させるためだけの空虚なセリフは口にはせず、芹那が知りたいであろう本心を伝えてくれる。
「(ごめんなさい、本当にごめんなさい)」
奏の人生を大きく変えてしまったことを、芹那はとても悔やんでいた。
あの日、奏に助けられたことを良い思い出として完結させておけば、これ以上の苦しみを与えることは無かったのではと思ったこともある。
好きな想いが止められなかったとしても、もう少しやりようがあったのではと考えることもある。
現状を奏にとって辛いものにしてしまった後悔が芹那の中にはあったのだ。
「でも僕はみんなを助けたことを後悔しないし、これからももっと仲良くなりたいと思っている」
しかし奏はそうではないと断言した。
「今が刺激的で楽しいから」
「美月さんが、真夜さんが、そして芹那さんが好きだから。今の生活を手放すなんて絶対にしたくない」
「辛く無いですか?って質問だったよね。だったら答えは『辛くない』だよ。むしろ心から楽しい!」
怖さや不安など、幸福感に比べたら些細な事なのだと。
好きな人達と一緒の人生が刺激的で幸せで楽しいものなのだと。
そしてその『好きな人達』には芹那も含まれているのだと、さらっと告白もしていた。
「(奏様も私と一緒だった!)」
芹那も同じだったのだ。
奏に対する申し訳ない気持ち。これから起きる事件への不安。お嬢様と一般人の恋愛模様。
色々なネガティブな要素を抱えてはいるものの、好きな人と一緒の今があまりにも幸せ過ぎて、プラスに振り切れているのだ。
ゆえに芹那は決めていた。
「(何があっても私は奏様と一緒に居る!)」
「覚悟してよね。もしみんなが僕の事を想って身を引いたら、何処までも追いかけていくから!」
身を引くなど、考えたことも無い。
相手に迷惑をかけることも受け入れたうえで、幸せになりたいと願っているのだ。
「(奏様!)」
そしてその気持ちが奏と全く同じであると知り、芹那の気持ちは大爆発する。
「私も奏様が好きです」
普通の告白とは違ったかもしれない。
奏は後日改めて告白するつもりだったのかもしれない。
だがもう芹那は我慢が出来なかった。
奏に恋する気持ちが臨界点を越え、今度こそ奏の唇に向けて顔を近づけた。
「絶対に奏様を守るからね!」
想いは通じ、決意はより固くなる。
警視総監の娘として、奏を愛する女性として、絶対に奏を守り抜くと芹那は再度心に誓ったのである。




