15. 美少女達と勉強会をすることになったんですけど
「よーっす、奏おはよう!」
「かなちゃんおはよう!」
「おはよう、二人とも」
瀧川女学院から戻って来た幼馴染ーずからは、ギスギス感が完全に消えていた。
むしろ栞が辰巳と腕を軽く組んでおり、仲が進展しているように見える。
「(椿さん凄い!)」
幼馴染の奏ですら匙を投げかけていた二人の拗れた仲を見事に修復した椿について、奏の中では評価が急上昇していた。
「二人はもう付き合ってるの?」
「な、なんのことだ?」
「そ、そそ、そうだよかなちゃん、変な事言わないでよ」
「まだそういう感じなんだ……」
奏としては長年『はよ付き合えや』的な感覚だったので、今更濁されたところで何とも思わない。
ただ一つだけ言っておきたいことがある。
「ケンカするのも良いけど、お互いちゃんと相手の事を考える事!」
「お、おう」
「は、はい」
かなり心配したので強い口調で叱ってしまい、幼馴染ーずは面食らってしまった。
今になって奏がどれだけ心配したかにようやく気付いたのだ。
「あ~うん、そうだな。ごめん」
「今度からは皆にも相談するね」
きっとこの二人の関係には今後も悩まされるのだろうなと、心の中で嘆息する奏であった。
「それで二人はこれからどうするの?」
「どうするのって、とりあえずデ、デート、とか?」
「そ、そそ、そうだね」
奏の質問にイチャラブモードに突入した幼馴染ーずだが、奏は待ったをかける。
質問の意図は別にあったからだ。
「そっちの話じゃないよ。テストについてだって」
『テスト?』
「まさか期末テストが近いの忘れてないよね」
『あ』
すでにカレンダー上では7月に突入している。
楽しい楽しい夏休みの前の関門、期末テストがもうすぐやってくるのだ。
奏は色々とトラブルに巻き込まれながらも、日々予習復習を忘れずにこなしていたため、今回のテストも今まで通りの点数を取れそうだ。
だが、元から勉強が苦手でいつもテスト前は奏に教わっているこの二人はどうだろうか。ただでさえテストの点数がよろしくないのに、ケンカで貴重な時間を潰してしまったのだ。悲しい結果になるのが容易に想像出来る。
『奏様!お助けを!』
「結局そうなるんだよね……」
しかも今回はケンカ期間中に聞いて無かった授業の内容を教える必要もあるのだ。教える側としても難易度が高い。
「そういえば、真夜さん達は勉強が得意なのかな」
自分と幼馴染ーずの実力は大体分かっているが、お嬢様達はどうなのだろうか。
芹那と美月は他の女子とお話し中だったため、隣の席に座っている真夜に聞いてみた。
「学力でしたら美月さんがとても優秀ですね。わたくしは美月さん程では無いですが得意です。芹那さんは……」
「あ~そこで言い淀んちゃうタイプなんだね」
「わたくしの口からは何とも」
お嬢様達は大川高校へ転校するための条件として、瀧川女学院の三年分の特別カリキュラムを履修済みである。だが、それはあくまでも『特別』カリキュラムの内容だけであり、高校生として一般的な学習内容は大川高校の進捗に合わせて学んでいたのだ。
ゆえに、大川高校でのテストは彼女達も初めて学ぶ内容に対して行われることになる。
「芹那さんは本気で取り組めばわたくし達以上に力を発揮する方だと言うのは間違いございません」
「へぇ~大絶賛だね」
「はい、わたくし達は芹那さんの努力する姿を見てきましたから」
一般人寄りの感性を持っているため苦手だったお嬢様関連のカリキュラム。
それを奏と一緒の高校に通いたい一心で必死に学んでいた。その鬼気迫る姿を真夜と美月はずっと見て来たのだ。
「となると問題は、どうやってやる気を出させるか、だね」
「……はい」
そう、やる気を出せば問題無いのだ。
つまりやる気が出なければダメダメなのだ。
ここで、栞が妙案を思いつく。
「じゃあさ、みんなで勉強会しようよ!」
「勉強会?」
「勉強会ですか?」
テスト前の休日でみんなで集まって勉強する。
奏と幼馴染ーずの勉強会はテスト前の恒例行事だった。
そこに芹那達も呼ぼうと考えたのだ。
「あの、勉強会とは何をする会なのでしょうか?」
「それはもちろん、みんなで一緒に勉強して、分からないことを教え合うんだよ」
「分からないことを教え合う、ですか?ですが勉強は一人でやった方が……」
「真夜さんストーップ!」
「え?え?」
そう、奏や真夜のように一人で勉強出来る人にとって、勉強会など不要であるのだ。むしろ他人の存在が集中力の妨げとなりマイナス効果にもなりうる。
だがそんな事実を告げたところで、おバカ組が凹むだけである。
勉強会を一種のイベントとして奏も楽しんでいるため、その気持ちが少しでも伝わるようにと真夜に説明する。
「みんなで一緒に集まって楽しく勉強するのも『青春』なんだよ」
「そうだよ花ヶ前さん。想像してみて。かなちゃんと一緒に同じ問題を解いて、一緒に答え合わせをして『二人とも正解だったね』って喜びを共有するの」
「喜びを共有……」
真夜は栞に言われた言葉を頭の中で反芻し、その場面を想像している。
頬が赤く染まったり口元が僅かににやついているところから、良い意味で受け取って貰えそうだ。
「何々、みんな何話してるのー?」
そこに芹那がやってきた。
「勉強会!?やるやる!みんな私の家に来てやろうよ!」
『え?』
今回の勉強会の開催場所が、決まったのであった。
「ついにこの日が来ちゃったかぁ」
勉強会当日、奏は芹那達が住むマンションの入り口に居た。
以前、芹那に頬にキスをされた場所である。
「今日はみんなが一緒、今日はみんなが一緒、今日はみんなが一緒、今日はみんなが一緒」
お嬢様達が不意打ちで奏の部屋に訪れたことはあるが、奏が彼女達の家に訪れたことはまだ無い。好きな女子の家に訪れるのは緊張するが、今回はみんなで勉強会であり甘酸っぱい雰囲気にはならないだろうと考えて緊張を和らげようとする。
「よし、行こう!」
いつまでも入り口でグダグダ悩んでいても始まらない。
意を決してマンションの中へと突入し、フロントでインターフォンを押して芹那の家を呼び出した。
『はーい』
「お、おはよう」
『奏様!おはようございます。今開けます!』
フロントの入り口が開き、エレベーターに乗って芹那の家へと向かう。
「(ぴえ、みんなと一緒って分かっていてもドキドキするよぅ。芹那さんもこんな気持ちだったのかなぁ)」
奏は以前芹那が奏の家にやってきた時と、今の自分の状況を重ねてしまう。
これが大失敗であった。
「(ぴええええええ!か、考えちゃダメだって!)」
あの時の芹那の姿を思い出してしまったからだ。
あるはずが無いのに、芹那の家で似たようなシーンになる状況を想像してしまったのだ。
「(ぴえぇ、ドキドキが止まらないよ。でも遅くなったら心配させるだろうし)」
すでに芹那は奏が来るのを待っているだろう。
余計な妄想のせいで足が止まってしまったならば、途中で何かがあったのかと芹那が心配して出て来るだろう。
ここで歩みを止めるわけには行かず、不埒な気持ちを抱いたまま奏は芹那の家に突入する羽目になってしまった。
「こ、ここかな?」
京極と書かれた部屋の前で、改めてインターフォンを押す。
すると間髪入れずに扉が開いた。恐らくは玄関で奏が来るのを待っていたのだろう。
「ようこそ奏様!」
「おはよ……う。お邪魔するね」
「うん、あがってあがって!」
「(う、うう、薄い、見えちゃいそう……って考えちゃダメだって!)」
七月になり梅雨も終わりを迎えそうで気温が急上昇していた。
芹那の家はエアコンの温度を高めにしているのか、手足や肩が大きく露出したラフな薄着を纏っており、少し動くだけで大きなアレがはっきりと揺れるのが見て取れる。
「(ぴえぇ、目のやり場が無いよー)」
「奏様?どうしたの?」
「(ぴえぇ!み、見え)」
戸惑っている奏に、前かがみの上目遣いで声をかける芹那。
あざとい体勢だが、狙っているわけでは無く素の行為である。
目線が胸元へと吸い込まれてしまい、先程までの妄想に後押しされて暴走してしまいそうになる。
「な、なな、なんでもない!」
慌てて奏は家の中に入り、芹那から視線を外してバレないように深呼吸する。
「ここが芹那さんのお家なんだね」
あらゆる物が整理されており、住んでいる人の几帳面な性格が伺える。
芹那は大らかなタイプなので、両親のどちらかの性格なのだろう。
「まだ誰も来てないからソファーにでも座って待ってて」
「うん、あ、これお土産」
「わ!ありがとう!」
勉強会の合間にみんなで食べられるようにと、お菓子の詰め合わせだ。駄菓子などの庶民っぽいものも入っており、お嬢様達に喜んでもらえるだろう。
「飲み物持って来るね」
「お構いなく」
キッチンへと向かう芹那を見ながら奏は思う。
「(ふ、二人っきり……!)」
ご両親は夜まで帰ってこないことを事前に聞いてある。
奏は少し早めに到着したからか、他のメンバーもいない。
今、この家の中で奏は芹那と二人っきりなのだ。
可愛くて大好きで絶世の美少女で薄着な女性と、二人っきりなのだ。
「(だから考えるなってーーーー!)」
未だ、奏の脳裏からは邪な想像が消えてはくれなかった。
「(何で芹那さんの部屋を探そうとするの!なんでベッドを想像するの、ダメ、その先は想像しちゃダメ!)」
芹那の部屋は何処かと目線が彷徨い、そして奏の部屋での出来事を思い出してしまう。
「はい、奏様。外暑かったよね」
「え?あ、う、うん。ありがとう」
芹那から麦茶を受け取ると、思わず目線を外してしまう。
肌色の部分を目にするだけで、どうにかなってしまいそうだったからだ。
だが、芹那はそんな奏の葛藤を気にせずに隣に座って来た。
部屋の気温が高めなのでくっついて来ないのが唯一の救いか。
「(早くみんな来て!)」
二人っきりという状況が奏を動揺させているのだ。
他の誰かが来ればそんな気も失せるだろうと、誰かが来るのを心待ちにする。
そう思っていたら、二人のスマホにメッセージが届いた。
「あれ、誰だろう?」
「今から行きまーすって連絡かな」
それぞれスマホを取り出して確認すると、そこには信じられないことが書かれていた。
『申し訳ございません。所用により13時からの参加になります』
『ごめんなさい。私も同じくらいの時間になりそう』
『あれ?花ヶ前さんと東雲さんも?私達も同じくらいになりそうなんだ』
なんと、参加者全員が遅れて参加すると連絡が来たのだ。
しかも現在時刻は10時であるので、3時間近くはかかる。
「ぴええええええ!」
「あれ、みんな遅れちゃうんだー」
二人っきりという事を意識してしまう奏と、そのことにまだ気付いていない芹那。
だが、そんな芹那もすぐに事態の重さに気付くことになる。
『かなちゃんと京極さん、しばらく二人っきりだね(音符)』
栞がわざわざ意識させるメッセージを送って来たのだ。
「……」
「(ぴえぇ、芹那さんが黙っちゃった!)」
芹那はこれまで普段通りの自然な態度で奏に接していたが、固まって動かなくなってしまった。
奏はそっと横目で芹那の様子を確認する。
「(ぴええええええ!)」
芹那は湯気が出る程に顔を真っ赤にし、奏のことを意識してしまっているのだ。
「(こんな状態で三時間も保たないよ!)」
お昼を用意して食べる時間が別にあるとしても、二時間は間を持たせなければならない。
当初の予定通りに勉強をするのがベストな選択なのだが、果たして今の雰囲気でそれを選べるだろうか。
「せ、せせ、芹那さん。どうしよっか」
「……」
沈黙が続くと余計なことを考えてしまいそうになるため、とりあえず芹那に話しかけるが返事は無い。
「(どうすれば……ぴえぇ!)」
しかもそのまま芹那が奏に近寄り、ぴったりとくっついて来た。
お互い半袖であり、腕に柔らかな感触と体温が伝わって来る。
「せ、芹那さん?」
顔を真っ赤にしていた芹那だが、少しだけ顔を上げて奏の方を覗き見る。
またしても上目遣いだ。
「(どどど、何処を見れば!?)」
顔を見れば気恥ずかしく、目線を少し逸らせば胸が見えてしまうし、大きく逸らすと芹那がショックを受けるかもしれない。
仕方なく目線を逸らさずに顔を見続けているが、あまりの可愛らしさに奏の理性は限界ギリギリだった。
そして芹那はその限界をぶち壊した。
「イチャイチャ……する?」
「芹那さん!」
瀧川女学院での大騒動。
結局あれが何だったのかは良く分からないまま解散となってしまったが、奏の記憶には彼女達の肌色が強く残った。なるべく見ないように気を付けていたが、見えてしまった下着姿は忘れようにも忘れられない。最後の方では全裸で床に倒れる女生徒達の姿も目に入り、そちらも記憶に焼き付いている。
健全な男子高校生。同年代で、芹那達程ではないが美少女で、スタイルが整っている彼女達の下着姿や裸を見て興奮しないはずがない。だが奏は紳士であるため、異変によってあられもない姿を晒してしまった彼女達で興奮するなどもっての外だと自制している。
悶々とした気分は晴れず、芹那達の姿を見るたびに襲ってしまいたくなるような日々を過ごしていた奏に、芹那との二人っきりの時間が訪れた。しかも奏の家での未遂事件を想起させる状況で、だ。
奏の理性が壊れるのも仕方のない事であった。
「か、奏様!?」
芹那を抱き締めてソファーに押し倒してしまう。芹那が拒否しなければ、このまま行くところまで行ってしまうかもしれない。
「まって……まってください」
幸運にも、あるいは不幸にも、芹那は奏の行動を止めた。
「ご、ごめん!」
それにより、奏の理性は復活し、逆にとんでもないことをしてしまったと青褪めることになる。
自分の行動を奏が後悔する前に、芹那は奏を止めた理由を告げた。
「違うの。その、ちょっとびっくりしただけなの。それに、その……」
「……」
「ここは後で皆が来るから、恥ずかしい……」
確かに3時間後に友達が来る場所でイチャイチャするのは気恥ずかしいかもしれない。
それが良い、という人もいるかもしれないが芹那は恋愛に関してはピュアであるため、『まだ』マニアックなことはハードルが高いのである。
「そ、そうだね。ごめん!」
奏が自分を責めることなく、理性も取り戻し、平穏無事に事態が収拾される。
もちろんそんなことは無かった。
「だから……私の部屋で……」
「え?」
芹那はとある方向に目線をやった。
そちらに芹那の部屋があるのだろう。そして、そこで『続き』をやろうと彼女は言ってきたのだ。
再び奏の理性が暴発しそうになる。
「きゃっ!」
奏は立ち上がると、芹那を抱き抱えた。
お姫様抱っこである。
「か、奏様!?」
そのまま奏は芹那の部屋に向かって歩き出す。
そして芹那をベッドに横たわらせて、欲望を叩きつけてしまうのだろう。
それが正しい事なのか、間違っている事なのかは誰にも分からない。
芹那は順序立てて仲を進展させて恋愛をしたいタイプであり、いきなり手順をすっ飛ばすのは苦手である。告白をして、デートを繰り返し、キスをして、時間をかけて想いを醸成させてから抱き合いたい。そんなテンプレの流れを求めているのだ。
だが、だからといって突然奏に抱かれるのが嫌という事も無い。理想とは違い、怖くはあるが、やってしまえばそれはそれで最終的には喜ぶだろう。むしろ理想と違った体験もまた、良い思い出として残るはずだ。相手は大好きな奏なのだから。
ゆえに、このまま流れに身を任せる未来も十分にありえた。
芹那がふと、あることを思い出して呟かなければ。
「えへへ、奏様に助けられた時みたい」
お姫様抱っこにより、奏との出会いを思い出してしまったのだ。
「……確かに」
その言葉で、奏の足が止まる。過去の思い出が、奏の欲望を押し留めたのだ。
「あの時、私もうダメだって思って本当に怖かったの。このまま怖い人に誘拐されて、死ぬよりも辛い目に合うんだって絶望してた。そうしたら奏様が助けに来てくれた」
「偶然あそこを歩いていただけなんだけどね」
「ううん、会えたのが偶然でも奏様はその後必死で私を逃がしてくれた。今みたいな感じで」
「そりゃあ女の子を置いて一人で逃げられないよ」
「だからお姫様抱っこ?」
「あはは、夢中だったからどうしてこうやったのか覚えてないや」
「奏様が必死で私を守ってくれようとする姿、とても格好良かった。今でも思い出すよ」
「なんか恥ずかしいなぁ」
芹那をお姫様抱っこしたまま、当時の思い出を語り続ける。
お姫様抱っこの感触、犯人たちの顛末、助けに来てくれた瀧川女学院の人のこと。
話題は尽きることなく、ひたすらに二人だけの想い出を共有する。
この温かな時間により、二人の興奮はすでに収まっていた。
決して狙ったわけでは無い。
だが、結果的には芹那がもっとも理想とする、穏やかで温かな想いを語らい合う最高に幸せな時間を過ごすことが出来たのである。
勉強会終了後、奏は悶々とした気分が復活し、むしろ今まで以上に強力になっており苦悩することになるのだが。
オチはかなり悩みました。
やっちゃう、寸止め、超理性。
どれもあり得る展開だったので。




