13. 神々 椿
奏様がいらっしゃる!
奏様がいらっしゃる!
奏様がいらっしゃる!
瀧川女学院を抜け出して奏の家に訪れて以降、軟禁状態が強化されてしまった椿は悶々とした日々を過ごしていた。
そんなある日、奏が瀧川女学院に来ることが分かり椿は狂喜乱舞していたのである。
「どうしましょう。何をすれば奏様はお喜びになって下さるかしら」
枕を抱いてベッドの上をゴロゴロと転がる。
その顔は普段の無表情とは全く違い、ニヤニヤが止まらないものであった。
「今回は何としても名誉挽回をしませんと!」
椿は金城から諭されていた。
『このままだと奏さんに想ってもらうなど夢のまた夢だよ』
奏を誘拐するという最悪の第一印象から、体育祭に乱入しての告白。
そして佐野家への突撃訪問と、奏に好きになってもらう要素が全く無いのである。
そのこと自体は椿も気が付いていたが、まずは芹那達との差を一気に縮めるために奏に無理矢理抱かれるという反則技を仕掛けようとしたのだった。
相手の気持ちを考えるという大前提をガン無視した暴挙であるが、椿は人間は悪でクズだと長い間思い込み恋愛など考えることすらなかったため、恋だの愛だのに関することはポンコツだったのである。
『僕は彼女達が『好き』です』
その椿の考え方を変えたのは、テレビでの奏の告白騒ぎであった。
『(私もあんな風に告白されたい!)』
彼女『達』にはまだ椿は入っていない。
そのくらいのことは分かっている。奏に好きになってもらうための行為など何もしてこなかったのだから。
しかし、いざ奏が強い想いを告げる場面を目にしたら、芹那達のことが羨ましくなってしまったのだ。
そして、奏を手に入れるのではなく、奏に想ってもらいたいと強く願うようになった。
椿はこれまでの行いを後悔し、奏に好きになって貰うように努力すると誓った。
誓いはしたものの、奏を好きな気持ちは抑えきれない。
「(奏様!)」
車から降りて来た奏の姿を見るや否や、思わず抱き着いてしまったのだ。
「スーハースーハー」
奏の胸に顔を強く押しつけ、奏の香りを存分に堪能する。
密着した体から伝わって来る体温を逃すまいと、抱き締める手に力を籠める。
「(これが奏様の匂い……クラクラしそうだわ)」
これまでのように裏の狙いがあるわけではなく想いのままに行動したからか、素直に『奏』を味わうことが出来て興奮する椿であった。
力の入れすぎで奏が苦悶の表情を浮かべていることも、レイリーに絡まれて困っていることも気付いていない。
「(はぁ、名残惜しいけれど、そろそろ離れないとまずいわよね)」
そしてようやく椿が正気に戻ろうとした時、奏とレイリーの会話が聞こえて来た。
「でもレイリーさん、本当は僕の事そんなに好きじゃないでしょ?」
「どうしてそんなこと言うですかー!悲しいデース!」
「だってレイリーさんの態度、好きな人じゃなくて可愛いものに対する態度なんだもん!」
どうやら奏がレイリーのアプローチを真っ向から拒否している場面らしい。
「(もうレイリーがやらかしたのね)」
奏が瀧川女学院に来ることが分かり、椿はレイリーから事前に相談を受けていた。
『カナデに告白して好きになってもらいたいデース!』
『無理よ。奏様は心にもない告白なんてすぐに気付く人よ』
『でもそうしないと……!』
椿の忠告通り、レイリーの暴走とも言える告白は無残な結果に終わってしまった。
『なんとかしてあげたいけれど、奏様を利用することだけはダメ』
悲し気にその場を去るレイリーの事を考えながらも、椿は対外モードに切り替えて客人の対応を始めた。
「(ここでしっかり対応して奏様にアピールしないと!)」
今日は奏に不自然にアプローチするのではなく、真面目な自分の姿を見て評価してもらう作戦なのだ。
一人一人丁寧に目線を合わせて歓迎の意を伝える椿だが、明らかに異様な雰囲気を纏っている二人に気が付いた。
「(あら、あの二人は確か奏様の幼馴染よね。とても剣呑な雰囲気だけれど、ケンカでもしているのかしら)」
辰巳と栞。
幼馴染ーずの異変を目にした椿はこっそりと奏の方を覗き見る。
「(とても悲しそうなお顔。そうだわ。私が二人の仲を仲裁すれば奏様に喜んでもらえるのではないかしら!)」
ケンカの仲裁ならばこれまでも何度か経験がある。
伊達に長年クラス委員長を務めていたわけではないのだ。
「奏様、私に任せて。きっと二人の仲をとりもって見せるから!」
奏のために行動する。
椿はこの時、ようやく芹那達と同じ恋愛の土俵に立てたのかもしれない。
椿は以前と同じグループ分けで交流を深める指示を出してから、辰巳グループと栞グループを部室棟の隣同士の部屋へと連れて来た。
「神々さん、流石にあの状態の殿方と一緒というのは……」
「栞さんも怖いです……」
前回の交流会で幼馴染ーずと一緒だった瀧川女学院の生徒達は、二人のギスギスした雰囲気を嫌って別の人の所へ行きたいと椿に当初申し出ていた。
「他の人のところに行きたい?良いけど勿体ないわよ」
『え?』
「だって一般の男女の痴話喧嘩なんてそうそうお目にかかれるものではないわ。仲裁は私がやるから、貴方達は特等席で二人の変化を観察することが出来るのよ」
『!?』
だが椿は彼女達の恋愛脳を刺激させて、同席させる流れにしたのだ。
このくらい出来なければリーダーとしてやっていけないのである。
「あいつ昔っからデリカシーが無いの!」
「あいつ昔っから我儘なんだよ!」
だが幼馴染ーずの仲裁には骨が折れる。
交互に話を聞きに行くが、相手への罵倒の言葉が全く止まらない。
「私のこと女として絶対に見てないもん。あの時だって……」
「女だから何しても良いって思ってるんだよ。あの時もさ……」
思っていることを吐き出せば少しは楽になるかと思いきや、これまで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように延々と不平不満を言い続けているのだ。
「うわー、それ酷いね」
「女の敵だよ!」
「確かにそれは男の人の立場だったら辛いかも」
「そっかー私も気をつけなきゃ」
そしてそれに拍車をかけているのが瀧川女学院の生徒達の存在。雰囲気が良くなるかと思い同席させただけなのだが、程良い話し相手になってしまい二人とも気持ち良く話が出来てしまっているのだ。
「(まさかこんなに大変なんて……)」
良く知っているクラスメイト達のケンカの仲裁とは違い、良く知らない二人でありしかも幼馴染ということで付き合いが長いため、不平不満のエピソードは尽きることが無い。
「(うう……でも奏様のために頑張らないと……)」
途中から奏とレイリーにこっそり見られている事にも気づかずに、椿は疲れた表情をどうにかして隠しながら二人の元へと足を運んだ。
「(ああもう、良い加減にしてよ!)」
そしてついに椿の方が我慢の限界を迎えたのだ。
「そこまで不満があるのに、どうして三澄さんは宇賀神さんの事が好きなんですか?」
「え?べ、べべ、別に好きってわけじゃないけど、あいつもまぁ、良いところもあって……」
このままだと日が暮れても文句しか言わない気がしてきたため、率直に今の想いを確認したのだ。
これが偶然にも効果的であった。
かなり長い間、負の感情を吐き出させていたこともあり、相手の事を好きな気持ちと向き合う気力が戻っていたのだ。
「いやまぁ、色々と不満もあるけれど、それもまたあいつの良いところっていうか……」
そしてそれは辰巳も栞も同じであった。
これまでの暗い雰囲気は何処に行ったのか、突如恋する男女の表情に変貌した二人を見て椿はどっと疲れが増したような気がした。
「(一体これまでの苦労は何だったのよ)」
これまで耐えたから上手く行った可能性を理解してはいたが、それでもあまりの豹変っぷりに自分が頑張る価値があったのかと疑問に思ってしまったのだ。
「(まぁでもこれで奏様に喜んでもらえそ……う……な、なに……これ……)」
ようやく難問が解決し、奏に報告しようと考えたた瞬間、突然体がふらつき胸の中に強い想いが生まれようとしていた。
「(奏様好き!抱いて!奏様好き!抱いて!奏様好き!抱いて!奏様好き!抱いて!)」
奏の笑顔が脳裏に焼き付き、全身が焼けるように熱くなり、身も心も全てを奏に捧げたくなる。
「くうっ……なによ……これ……」
今すぐにでも奏を求めて走り出しそうになるのをどうにか抑え込み、フラフラと廊下を歩いていたら隣の空き部屋に入ってしまった。
「あれ……誰か出てくる……」
辰巳と栞がいる部室から瀧川女学院の生徒達だけが出て来た。
「(何よあの表情!)」
彼女達の表情は熱で朦朧としているかのような雰囲気になっている。
しかも一人残らずだ。
そして彼女達はお互いに目線を合わせて頷くと、再度部室の中に入り辰巳と栞を引き合わせた。
「え?ちょっと何?」
「ええ、どういうこと?」
「後はお二人でお話しください」
「もうきっと大丈夫ですから」
そして片方の部室に押し込むと、何処かへ向かって歩いて行く。
「(一体何が……起きてるの?)」
突然襲って来た奏への強い想い。
そして自分の指示無しで行動を始める生徒達。
明らかな異常事態に椿は焦る。
どうにかして大人達に知らせなければならないのだが、椿の思考は定まらない。
「(連絡……奏様……しないと……好き……奏様……抱いて)」
徐々に奏への想いに支配されそうになる。
「(かなで……さまぁ……)」
思考が奏のことで占められそうになっていたその時、奏から助けを求めるメッセージが届いた。
そこは今いる場所から近いところの小部屋だった。
「(行か……なきゃ……)」
椿は酔っ払いのような怪しい足取りで、奏の元へと向かって行く。
奏が逃げ込んでいる部屋の前に辿り着くと、瀧川女学院の生徒達が集まっていた。
「(何で……脱いで!?)」
彼女達は皆、下着姿である。
今回の交流会には男子生徒もお呼ばれている。
彼女達が正気に戻った時に彼らにこのような姿を見られたと知ったら、あまりのショックで立ち直れないかもしれない。
そうなる前になんとかしないといけないと思うものの、椿もまた彼女達と同様に制服を脱ぎ去って奏に触れて貰いたい欲に襲われていた。
「(かなで……さまぁ)」
椿は奏への想いに塗りつぶされそうになり、生徒達をかき分けて扉の前まで移動する。
「奏様!椿です。開けて下さい!」
口が勝手に開き、奏に扉を開けてと催促してしまう。
「椿さん、来てくれたんですね!」
奏の声が聞こえたことで、椿達の高揚感がより一層増した。
「(こんなの……耐えられるわけが!)」
椿も限界ギリギリだ。
扉が開き、奏の姿を目にした時、椿の心は欲望に屈しかけた。
「(かなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさまかなでさま)」
閉められそうになる扉を掴み、奏の元へ向けて足が勝手に動き出す。
「そ、そんな椿さんまで!」
奏を追い詰めながら、自らも制服を脱ぎ捨てようと手をかける。
「だ、だめ……こないで!」
だが奏の困っている声が、椿を現実に引き戻した。
「(かなで……さま!ダメ、こんなのは、違う、間違ってる!)」
既成事実が欲しいのならば、欲望に忠実に奏を襲ってしまえば良い。
椿は元々強引にやろうとしていたのだから、抵抗感は無い筈だ。
「(違う。これは……私の想いじゃない。私の……奏様への……想いは……こんな下賤なものではない!)」
だが椿は今の状況を利用することなど考えもつかない。
「(こんな……偽物の気持ちに……私の想いが……負けるはずが!)」
むしろ強制的に生み出された気持ちに抗い、本来の想いを奮い立たせる。
「(負け……ない!私は……奏様が欲しいけれど……真っ向から……好きになってもらいたい!)」
卑怯なことはせず、悪質な策を弄せず、奏に自分と言う人間を知ってもらい好きになってもらいたい。
テレビに映った奏の告白は、椿の恋に対する向き合い方を大きく変えたのだった。
「奏……様っ……!」
「つ、つばきさん?」
椿は荒れ狂う偽の感情に耐えながらも、必死で状況を打開する策を巡らせる。
「(これはきっと……何かのスキルのせい……奏様に無効にしてもらえれば……)」
因果応報?スキルは他者からのスキルを無効化する。
そしてその効果は絆を育んだ相手にも及ぶものだ。
だが当然のことながら瀧川女学院の生徒達と奏の間にはそこまでの絆はまだない。
椿ですらそこまで辿り着いていないだろう。
「皆を……想って……」
「え?え?」
「私達を……想って……」
「どういうこと!?」
「間違いを……起こさないように……強く……願って!」
しかしこの瞬間に奏を救う方法は、もうこれしか考えれらなかった。
奏に皆のことを強く大切に想ってもらい、スキル無効化の効果を波及してもらう。
「(お願い……奏様……信じて!)」
異変に晒された椿が奏を騙そうとしているのかもしれない。
あるいは椿は正常でありながら、これまでと同様に奏を陥れようとしているのかもしれない。
もしかしたら椿こそがこの異常事態の犯人であると考えている可能性もある。
椿はそれだけのことを奏にしてきたのだ。
この状況で椿を信じてもらうなど、あまりにも虫が良い話である。
「うん、分かったよ」
だが奏は椿の言葉を全く疑うことなく、生徒達のことを想ってみせた。
もしほんの少しでも疑いの気持ちがあれば、因果応報?スキルは波及しなかっただろう。
「(奏様が信じてくれた……)」
その事実に、椿の心はより深く奏に囚われてしまうのであった。




