7. 美少女と一緒にまた権力者が集まるパーティーに参加したんですけど
「じー」
「じー」
「な、何かな」
奏が全国に告白とファーストキスを公開した翌日の月曜日。
登校するために美少女達が住むマンションへ向かうと、芹那と真夜が無表情で奏の顔を見つめて来た。
「じー」
「じー」
「もしかして、期待してる?」
自分達も美月のように奏にどう思われているのか伝えられたい。そして出来る事ならば美月と同様にキスもしたい。
だがそんな気持ちを自分から伝えるのはとても恥ずかしいため、奇妙な催促をしているのであった。
「じー」
「じー」
「でもこんなところで良いの?」
もっとムードのある状況で無くて良いのだろうか。
美月への告白くらいに衝撃的でなくとも、こんな道端でさらっと告げて良いことだとは到底思えない。せめてデートの時にやるべきことである。
「一歩リード」
『!?』
「もう、美月さんも煽らないの」
「ふふん」
芹那と真夜は奏に愛を囁かれたくて我慢出来なくなり、ちょっとおふざけをしたら止め時を逃してしまった。
そのため美月が敢えて揶揄うことで、場の雰囲気を霧散させて普段通りに戻る手助けをしたのだ。
あくまでも彼女達は奏を狙うライバルであり、親友なのである。
「でも奏様。今日は覚悟しないと」
「うん、分かってる」
すでに家族から散々揶揄われたのだ。
クラスメイト達から囃し立てられる覚悟はすでにしてある。
というより、そのくらい受け止めなければこの先やっていけないだろうと奏は吹っ切れたのだ。
しかし、登校した奏を待ち受けていたものは意外な展開であった。
教室に入った直後こそ予想通りに囃し立てられ、奏がそれを堂々と受け止める姿を『妹弟が背伸びして頑張っている』的なニュアンスで受け止められて可愛がられていたのだが、ある人物が登場したことで状況が一変したのだ。
「……おはよう」
「辰巳どうしたの?」
奏を弄る筆頭になるかとも思われた辰巳が絶望に満ちた表情を浮かべていたのだ。
「……おはよう」
「栞ちゃんもどうしたの?」
そして少し遅れてやってきた栞の機嫌が一目見て分かる程に大荒れだったのだ。
その二人の状況を見てクラスメイト達は察した。
何か悪い意味で仲が進展したのだと。
奏の一世一代の告白はインパクトがあったが、奏とお嬢様達の関係はこれまで何度も驚かされて慣れている。そのため、逆に普通の恋愛をしている辰巳達の恋模様の方が気になるようになっていた。
「男子集合!」
「女子集合!」
渦中の二人を囲んで何があったのかを詰問するのは当然の流れである。
「もしかして辰巳、昨日デートだった?」
「…………ああ」
奏が美月と博物館デートをしている時、裏では辰巳が栞とデートをしていたのだった。
そこで何かをやらかしたのだろう。
「とりあえず順を追って説明してよ」
そうすれば分かりやすいから、ではない。
そうすることでまだ失敗していない甘酸っぱい部分の話も聞けるからだった。
奏はそれなりに策士なのである。
「最初はお互いぎこちなかったけど問題なく進んだんだ」
辰巳の口から語られるデートの内容。
待ち合わせで普段一緒に遊ぶ時とは違うおめかしした栞を見てドキドキしたこと。
お互いに照れて口数が少なかったけれど段々と慣れてきて普段通りに遊べるようになったこと。
それでも時折近づいたりすると気恥ずかしくなってしまうことなど、甘酸っぱい青春の一ページが語られて爆発しろと呪詛をかけられていた。
問題があったのはカフェで休憩していた時の事。
辰巳が出した話題が大問題だったのだ。
「あいつが喜ぶ話題を出そうと思ってさ。瀧女の交流会の話をしちまったんだ」
栞はお嬢様の事に憧れていて、あの交流会の時も大喜びで堪能していた。
辰巳も参加していたし、共通の話題で盛り上がると思ったのだ。
「でもそこで、瀧女の生徒の話をしてたら……」
「分かった。辰巳、瀧女の生徒が可愛いとか綺麗とか、そんなことばかり言ってたんでしょ」
「うっ……」
『はぁ~』
クラスメイトが揃ってクソデカため息を吐いてしまう。
栞が怒るのも当然だ。
デートで他の女性を喜んで褒めるなどあり得ないのだから。
奏もデートの時は他の娘の話題を出さないように細心の注意を払っていたのだ。
女性陣の方からは、栞を慰めつつ辰巳を睨む鋭い視線を感じる。
あまりのデリカシーの無さに奏もフォローするどころか女性陣と一緒に責めたい気分だ。
「まさか宇賀神がここまでバカだとは思わなかったわ」
「流石に無いわ」
「違う意味で爆発しろ」
「とりあえず、謝り続けるしかないね」
「……ああ」
辰巳も自分の愚かさを理解しているようなので、男子陣からは少しの罵倒だけで解放された。
だがこれから先、栞の好感度を回復させるのは至難の業だろう。
辰巳が栞の事をどれだけ想っているのかが、試される。
そんな悲しい出来事があった週末。
「やっぱり奏様は和装もお似合いですわ」
「真夜さんには負けるよ。今日もとても綺麗だね」
「まぁ……ありがとうございます」
都内の高級ホテルで和装姿に変身していた。
先日の真夜とのデートと同様に権力者が集まるパーティーに参加することになったのだ。
きっかけは辰巳がクラスメイトから総スカンを食らった日の放課後。
真夜と二人で帰宅していた奏の元に一台の車が近づいて来た。
『佐野奏様と花ヶ前真夜様でございますね?』
サイドウィンドウが開き、中に座っていた女性からパーティーへの招待状を渡されたのだった。
招待状を確認した真夜は渋い表情になり祖父と相談。
大反対を受けたが、三峰財閥の会長である祖父ですら蔑ろには出来ない相手からの招待であり参加することとなった。
「お祖父さん居ないけど大丈夫かな」
「わたくしがお守り致します!」
「あはは、無茶しないでね」
今日は会長はどうしても外せない別の仕事があり、この場に居るのは奏と真夜、そして彼らの着付けや警護のために用意された大人達だけだ。彼らからは見えないところで瀧女の警備員も潜んでいるため、余程の事が無ければ奏達に直接的な危害が加えられることは無いだろう。
「それにしても、本当に真夜さんって和服が似合うよね」
「ありがとうございます」
「特に長い黒髪の質感が和服の落ち着いた色合いにマッチしてる。手入れ大変じゃない?」
腰まで伸びる黒髪は、ほんの僅かですら傷む様子を見せていない。
漆黒とでも評したくなるほどの艶のある黒さと、ボリュームはあるのにサラサラとした質感を保つにはちょっとやそっとの手入れでは済まないだろう。
「時間はかかりますが、好きでやっている事ですので大変だとは思ったことは無いですね」
「分かる気がする。僕も身だしなみを整えるのが好きで時間をかけすぎちゃって、妹に『男なんだからそんなに時間かけないの!』って怒られちゃう」
「くすくす、確かに奏様は良く前髪を気にされてますものね」
「うん、なんか癖になっちゃって」
そう言いながらもまた気になってしまい、手鏡で前髪をチェックする奏。
そもそも手鏡を持ち歩いている男性が世の中にどれだけいるのだろうか。
「失礼かも知れませんが、奏様の髪質は男性というよりも女性のものに近いように見えますが、何か工夫でもされているのでしょうか?」
「うん、色々と試行錯誤したんだ。違いが分かってくれたの凄い嬉しいよ!」
男性と女性では頭皮や頭髪の質が異なるため、念入りに手入れをするならば専用のシャンプー類を購入した方が良い。奏は自分に適した手入れ方法を常に考え、女性顔負けのサラサラヘアーを保ち続けていたのだ。
「あの……」
「なぁに?」
「いえ、なんでもありません」
真夜が奏の髪を見ながら何かを言いかけた。
「もしかして触ってみたい?」
「ひゃい!あ、いえ、その、あの」
「あはは、遠慮しないで触って良いよ」
髪型が崩れてしまっても、この場にはヘアメイクが同席しているため、すぐに直せるので気にする必要は無い。
「そ、それでは失礼して……凄い……一本一本が力強くて、それでいて優しい手触り。まるで奏様見たい」
「ぴえぇ。ちょっと恥ずかしいよ」
「も、申し訳ございません!」
「あはは、大丈夫大丈夫。もう少し触って良いよ」
これまで頭を雑に撫でられることは何度もあったが、丁寧な手つきでじっくりと髪の毛の質を吟味されたことは無かったので、何処となくこそばゆかっただけである。
「そ、それでしたら、奏様もわたくしの髪をおさわりください」
「え?」
「さ、さぁどうぞ!」
「(ぴええええええ!)」
髪は女の命とは良く言ったものだ。
特に真夜は尋常ではないくらい念入りに手入れしており、髪にかける想いの強さが傍目からでも良く分かる。
その髪に触って良いと言われたら、奏が緊張してしまうのも仕方ない。
「(ぴえぇ、絶対に傷つけないように気をつけないと!)」
奏は恐る恐る真夜の背に回り髪に触れた。
「わぁ、凄いサラサラ……僕のなんか比較にならないや」
「ん……」
「あ、ご、ごめん!」
「違います!少しくすぐったかっただけなので大丈夫です!」
「そ、そう?」
真夜から色っぽい吐息が漏れ、奏は思わず手を離してしまった。
だがほんの少しだけ触って終わりと言うのも興味が無い様で失礼にも感じさせるため、もう少しだけ触れてみることにした。
「ん……あっ……ふぅ……」
その度に漏れる吐息が気になってしまい、髪質を確認するどころではなくなってしまったが。
「このくらいにしておくね」
たまらず奏は一歩ひいて、真夜の髪から距離を取った。
「あ……」
「(なんか今日の真夜さん色っぽいんだけど!)」
頬を赤らめ、切なげな声を漏らす真夜を見て、周囲に人が居るにも関わらず思わず押し倒してしまいたくなってしまった。
「奏様、一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「う、うん」
真夜が上目遣いで奏に連続攻撃を仕掛けて来た。
「その……頭を撫でて……くださ……ぃ」
「ぴえぇ!」
真夜は言葉の最後が尻すぼみになるくらい照れてしまっている。
それほどまでに恥ずかしかったのに勇気を出したのだろう。そんな彼女の願いを奏が拒否することなど出来なかった。
震える手で少し俯いて差し出された真夜の頭の上に手を乗せる。
「…………」
そのまま優しく頭を撫でるが、真夜は何も言わない。
もし奏が下から真夜の顔を覗き込んだのならば、彼女の最高に幸せそうな表情を見ることが出来ただろう。
パーティー会場の控室で存分にイチャイチャした二人は、ようやく会場へと向かうことにした。
今回は主役ではないため、すでに始まっているパーティーに途中参加して軽く挨拶だけして退散する予定だ。
「それでは奏様。参りましょう」
「うん」
会場内は、以前奏が参加した立食パーティーと雰囲気が似ており、スーツ姿の男女が思い思いの場で談笑をしていた。
まずは今回のパーティーの主催者であり、招待状を渡して来た人物の元へと向かう。
「常盤様。ごきげんよう」
「やぁやぁ、よく来てくれたね!」
その人物は真夜の祖父と近しい年齢らしいが、髪の一部を紫で染めて赤や緑といった派手な色合いのスーツを着こなしておりまったく雰囲気が違う人物だった。
胡散臭い詐欺師のようにしか見えないのだが、不思議と奇妙な出で立ちが似合っており、ファッションセンスが皆無というわけでは無さそうだ。
「そちらが佐野奏くんかな?」
「は、はい!本日はお招き頂きましてありがとうございます!」
「うんうん。聞いていた通りに礼儀正しい子だねぇ。堅苦しくしないで楽にしちゃって良いからさ」
「は、はぁ……」
お偉いさん特有のオーラはあまりなく、むしろチャラい兄ちゃんと話をしているような感覚になった。
「色々とお話聞かせてよ。特に先日の告白の話とか、真夜ちゃんをどう思ってるのかとかさ」
「ぴえぇ!」
今回の招待の目的は真夜ではなく奏だった。
ここ最近の奏の武勇を知ったこの男性が、奏と話をしたくて呼んだのだ。
「常盤様。お手柔らかにお願いしますね」
「大丈夫だよ真夜ちゃん。俺ってそんなに信用無い?」
「奏様は権力者が苦手ですから」
「大丈夫だって。経団連なんて言われても普通の高校生には何のことか分からないっしょ」
日本経済団体連合会。
略して経団連と呼ばれることの多いその団体は多くの大手企業が参加しており『みんなで働きやすくて強い企業や社会を作ろうね』という理念で活動している利益団体である。政界や経済界に多大なる影響を及ぼす程の権力を保有しており、その会長は「財界総理」と呼ばれることもある。
常盤 一はその会長なのだ。
「それにもう奏くんは僕らに慣れて来てそうだけどね。まぁ、友達にでも話すような感じで適当におしゃべりしようよ」
常盤会長が告げたように経団連についてのイメージがまだ無いためか、それとも常盤会長の権力者オーラを隠す技術が優れているのか、あるいは権力者達との対話に慣れ始めているのか、奏は常盤会長と自然に多くの会話をすることが出来た。
「いやぁ~長話になっちゃったね。ごめんごめん」
「いえ、僕もお話し出来て楽しかったです」
「くー!良い子だねぇ。そうだ、良かったら他の人とも話をしてあげてよ。君とお話ししたいって人がいっぱいいるからさ」
常盤会長から解放された奏達は、猛獣達の中へと飛び込んで行った。
真夜としては奏とは決してお近づきになって欲しくないメンツばかり揃っていたのだが、常盤会長の開催しているパーティーで彼らを無視するような無礼をするわけにはいかない。なんとしても奏を守ると意気込んでいたのだが、真夜は彼らを押し留めるのに想像していた以上に苦労することになった。
「奏くんは、卒業後の進路は決まっているかい?」
「いえ、まだですけど」
「そうかそうか。もし興味があればうちの会社に来ないか?君なら即採用だよ!」
「ぴえぇ!」
「奏様はまだ高校二年生です。選択肢の一つとして考える程度で良いと思います」
「さっき勧誘されてたよね。あいつも馬鹿だなぁ」
「あはは……」
「今どきの高校生なら大学に行くのが普通だよね。もし良ければうちの会社から奨学金を出してあげようか?もちろん返さなくて良いよ」
「ぴえぇ!間に合ってます!」
「そうかい?ご両親がしっかりと準備しているとはいえ、お金はどれだけあっても困らないはずさ。両親に楽をさせてあげることも、よりお金のかかる私立を狙うことも、妹さんにお金をかけてあげることも出来るんだよ。君にとって悪い話では無い筈さ」
「奏様の一存で決められることではございませんので、そういうお話があったことだけご家族に報告しておけば良いと思います」
「先日の告白見たよ!格好良かったね。今時あそこまでの啖呵を切れる男の子なんてめったにいないだろう」
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「そんなことはないさ。そうだ、どうせなら選択肢にうちの娘も加えてくれないかい?」
「ぴえぇ!」
「内山様!」
「おお怖い。でも奏くんは相手の顔や家柄で選ぶことはしない人だろう。だったら君達以外にも奏君を想ってくれる人がいるならば考えてくれても良い筈じゃないか」
「ダメです!奏様行きましょう!」
「ぴええええええ!」
などなど、権力者達は全力で奏を懐柔してつなぎを作ろうと攻めて来たのだった。
それこそ先日のパーティーとは比較にならない程、露骨に攻撃して来たため、真夜一人では対処するのにいっぱいいっぱいになってしまったのだ。
「ごめんね真夜さん」
「大丈夫です。奏様にはこのまま指一本触れさせません!」
猛獣達の攻撃をなんとか耐え続け、ようやく一通りの挨拶が終わったので、最後にまた常盤会長に話しかけて会場を去ることにした。
だがそこで、思いがけない人物に出会うことになった。
「(あれ、この人誰だろう)」
常盤会長の近くに、先ほどまでは居なかった若い女性が立っていたのだ。
若いと言っても奏達より一回り近くは年が離れているだろう。
裾が極端に短い簡素なドレス姿であり、アクセサリーの類もまったくつけず、急に呼ばれたから適当に着た、と言われても違和感が無いくらいの雑なコーディネートである。
「おお、真夜じゃねーか!」
しかもその女性は男勝りな言葉遣いで、真夜の肩を強く叩くではないか。
「?」
「真夜さんお知り合いの方ですか?」
「いえ……ご存じない方です」
相手はどう見ても真夜の事を知っているかのような雰囲気だったが、真夜は全く心当たりが無いようだ。
「おいおい、そんな悲しい事言うなよ。確かに会ったのは真夜がすっげぇ小さい頃に一度きりだけどさ、あたいはちゃんと覚えてるぜ。いやぁ別嬪になったなぁ」
「??」
真夜は必死で記憶を探っているが、どれだけ考えても思い出すことが出来ない。
これだけインパクトのある性格ならば記憶に残っていてもおかしくないはずなのだが、欠片ほども心当たりが無いのだ。
「はっはっはっ。真夜ちゃんを困らせるなって。昔のお前しか知らないんだからさ」
「やっぱりそっかー。残念」
「??」
混乱する真夜に、常盤会長が衝撃の答えを教えてくれた。
「この子は俺の娘だよ」
「花園 千鶴。結婚して苗字が変わったから、真夜と会った時は常盤千鶴だな」
「ときわ……ちづる……」
真夜はその名前に聞き覚えがあった。
それは遥か昔、祖父がとある人の元に連れて行ってくれた時の事。
『こんにちわ、真夜さん。わたくしは常盤千鶴と申します。よろしくお願い致します』
幼い真夜にも丁寧に接してくれた、あの憧れのお嬢様が確か千鶴と挨拶していたのではなかったか。
「…………………………………………え?」
目の前の男勝りな女性と、記憶の中のお嬢様が全く結びつかない。
しかし名前は同じで千鶴と言う。
その不可思議な現象に、真夜の脳内はフリーズしてしまった。
「あの時とじゃあたいの雰囲気全然違うからな。真夜はあの時のあたいみたいに綺麗に育ったなぁ」
だが、千鶴のこの言葉で、結びつかなかった二人が同一人物であることを理解させられてしまった。
真夜が憧れていたお嬢様は、全く別の人間へと変貌していたのだった。
「ええええええええええええええええ!」
「真夜さん!」
真夜はあまりの衝撃で、その場に崩れ落ちて気を失ってしまった。




