21. 神々 椿(みわ つばき)
本日は三話更新です(一気に更新します)
「パパ、大好き!」
「ありがとう、椿」
神々椿は小さい頃から父親が大好きだった。
誰からも慕われていて、頼りにされている父親の事を尊敬していた。
「ふふふ、くすぐったい」
優しく頭を撫でてくれるだけで、幸せな気分になれた。
その父親が政治家として本格的に活動を始めると、多忙により家に帰らないことが多くなってきた。
それでも椿は、父親が日本を良くする立派な仕事をしていると知っていた為、寂しいながらも不満を言うことは無かった。
父親も椿と会う時は疲れた表情でありながらも優しく抱きしめて他愛も無い話を聞いてくれた。
その当たり前の日常が変わったのはいつからだろうか。
父親の忙しさは常軌を逸しており、家に帰るのも月に一度あるかないか。
「くそっ、小鳥遊のやつあれだけ面倒見てやったのに裏切りやがって!」
しかも口から出るのは仕事に関する愚痴ばかり。
温厚な姿は見る影も無く、いつも厳しい表情を浮かべている。
娘に声をかけることすらなく、浴びるように酒を飲んでさっさと寝てしまう。
「XX議員がIR誘致に関する賄賂で起訴されました」
「野党はXX厚生労働大臣の発言が性差別につながるとして、次の通常国会で厳しく責任を追及するとの考えを示しました」
「深夜の密会!あの大物政治家による不倫の瞬間を激写」
ニュースやワイドショーでは政策の内容などほとんど触れずに嬉々としてスキャンダルを報じ、たまに真面目な話をしたかと思えば国民への悪印象を助長させるためのダメ出しばかり。
「さっさと辞めろ!」
「こんなクズが大臣なんだぜ?この国終わってるだろ」
「総理なんて誰がやっても変わらねーよ」
ネットでも政治に関する目に付く話題は誹謗中傷が殆ど。
「パパ……」
父親が働いている場所は、日本を愛し、より良い方向へと導きたいと願う立派な人が集う崇高な場所では無かったのか。
父親は何故、国民のことなど何とも思わない罪人達と共に歩いているのか。
「やぁ、椿さん。お父さんは元気かな」
「いやぁ、椿さんのお父さんには大変お世話になりました」
「そうそう、もしよろしければお父さんと一緒にこちらの演奏会を楽しんで来て下さい」
小さい頃は父親が褒められたことを誇りに思っていたが、疑念を抱いてから観察すると裏が見えてくる。
椿を懐柔して父親への好感度を稼ごうとする者。
椿にはいつでも手を出せるのだぞと父親を脅して出資を引き出そうとする者。
そしてあろうことか、まだ初等部の椿を性的な目で見てくる人物さえも居た。
笑顔の裏には必ず悪意が潜んでいた。
そして思ってしまった。
父親も実は彼らと同じような人間では無いのか、と。
金や女や権力を求めて、他人を陥れる行為を躊躇わない、そんな腐った人間では無いのかと。
「そんなはずない!」
幼い頃に頭を撫でてくれた父親の温もりが、椿にとって最後の心の砦だった。
これから先も父親を信じ抜くためにも、温もりが記憶から消えてなくなる前に今一度頭を撫でて欲しかった。
だが椿が瀧川女学院の中等部に進学して寮暮らしになったことで、父親との接点は完全に無くなってしまう。温もりはもう消えようとしていた。
そんなある日、ついに父親が総理大臣の座を手に入れた。
テレビには父親が堂々と決意表明をする姿が映し出されている。
「パパが、総理大臣」
日本を導く立派なリーダーとして認められたのか。
それとも率先して醜い犯罪行為に手を染めて他人を蹴落として来た人間だったからリーダーになれたのか。
「おめでとう」
その言葉を、椿は父親に伝えることがどうしても出来なかった。
人は醜い。
欲に突き動かされ、罪を罪と思わず、他人を蹴落とすことに快楽を得る。
裏切り、奪い、憎しみ合う。
議員達の生の姿を知ってしまったからこそ、それこそが人間の本性であるのだと、椿は世の中を儚んでいた。
「(佐野奏?)」
そんな折、同級生の京極芹那が庶民の男の子に命を助けられたという話がクラスで話題になった。
「(どうせそいつも芹那の可愛さに目がくらんだクズ男でしょ)」
芹那の話を聞いてクラス中が甘い妄想に夢中になる中、椿の心境は冷めていた。
男など女を性の対象にしか見ていないと考えていたからだ。そして、芹那が権力者の娘であることを知ったらその男は金や権力も求めて仲良くなろうと迫って来るだろうと思っていた。
「(騙されないと良いけどね)」
クラス委員長なので何かがあったら動かなければならないから面倒だ、くらいにしか興味が無かった。
だが芹那に続き、美月と真夜までもが、奏に靡き、本気で恋をしているではないか。
男のことを想い地獄のカリキュラムを必死で乗り越えようとする彼女達の姿を、椿は異常に感じていた。
命を懸けて相手を守る。
権力が苦手で偉い人と繋ぎが出来ることを恐れている。
自分から連絡先を聞いて来るようなこともない。
そんな完璧な人間などいる筈がないだろう。
三人は間違いなく悪い男に騙されている。
人の本質が見抜けないなど、なんと愚かなのだと思った。
だが金城理事長が彼女達の背を押している以上、椿には彼女達を諭して止めることなど出来ない。転校先で真実に気が付いてすぐに戻って来るだろうと思っていた。
「(庶民との交流会?)」
どうやらその特別カリキュラムに件の佐野奏が来るようだ。
これを機にその人物の本性を突き止めて三人の目を覚まさせてあげよう。それがクラス委員長の役目だ。
椿はそう思い奏の情報を事前に調べ、因果応報?スキルについても知った。
「(ふ~ん、便利なスキルね。自分が知らないってのは本当かしら。案外気付いているから無茶しているのかもしれないわね)」
奏の命を懸けた行動も、打算の結果なのだと考えるようになった。
椿の中では、すでに奏は瀧川女学院を騒がす悪人であると結論付けられていた。
「(理事長が何もしないのが不思議よね。あのタヌキが気付かないわけ無いと思うのだけれど)」
唯一の疑問は、金城理事長がまるで奏の味方であるように行動していることだ。
「(生徒を守るために程よく気に入らせようとしているのかしらね)」
だがそれも、奏に生徒達を気に入らせて因果応報?の力で守らせようとしているのだと勝手に決めつけてしまった。金城が本気で奏を気に入っているなど微塵たりとも考えない。
そして交流会の日、椿はついに奏に出会う。
「(なんかぱっとしない人ね)」
もっと女受けする男らしい見た目なのかと思っていた。
むしろなよなよしていて恋する相手になるなど考えられない。
「(人畜無害を装って狼を隠しているのかしらね)」
どっちにしろ真実は直ぐに分かる。
すでにクラス委員長として最重要人物である奏の案内を一人で担当することは宣言済み。奏に惚れている三人娘も別のグループに入るように誘導してあるため、邪魔は入らないだろう。
椿は作戦通りに奏を図書室に連れ出した。
そして事前に細工をしてあった本を取り、大量の本が降りかかってくる状況を創り出す。
奏が噂通りの人物であれば椿を守るために身を挺するだろう。
仮に何もしないのであれば、そのことを三人娘に伝えるだけだ。奏が絶対に女性を守るとの思い込みを壊してくれるだろう。
そしてもし突き飛ばして守ろうとするならば、伸ばされた手を掴んで封じる。
そうなれば奏は椿を押し倒して本から守るだろう。
奏に下心があるのであれば、その時に椿の胸や尻を触るはず。
仮にそれらしき手の動きが無いならば、椿が掴んだ手を自ら胸に持っていく。
そうすれば動揺するフリをしながらも奏は椿の体を偶然を装ってまさぐるだろう。
人が打算無しに誰かを助けるなどありえない。
醜い欲を満たすために行動するのだ。
それはこの男も同じはず。
だが、奏は椿を押し倒さなかった。
もし手を掴まれたまま押し倒したら、後頭部を床にぶつけてしまい危険だと判断したからだ。ゆえに、奏は立ったまま覆いかぶさるようにして椿を守った。
「(……なにこいつ)」
椿は無表情であるし小さいが自分が可愛いことを自覚している。
三人娘ほどではないが、女としての魅力はあるはずだ。
それなのに、まったく手を出すそぶりを見せずに純粋に椿を守り通したのだ。
「(私の成長が遅いから?それとも女を助けることそのものを悦に浸るタイプ?)」
椿は作戦が上手く行かなかったことを不快に思っていた。
それならば徹底的に奏という人間の本性を暴いてやろう。
椿は父親の金と権力を惜しみなく使い、奏の生活スタイルを徹底的に調査した。
そして奏がコンビニで飲み物を買うだろう日を特定して罠を懸けた。
商店街に圧力をかけて偽のクジを用意させ、奏に10万円を当選させる。
そしてその賞品の交換期限ギリギリで腹痛の老人に遭遇させる。
全て椿の仕込みだった。
奏は老人よりも金を優先する。そのことを証明するために。
人は金のためには非情になれるのだ。あの腐った政治家共がそうであるように。
今回は芹那達に任せるという逃げ道もあるのだ。
通行人が多い場所なので、道行く人にお願いする手もある。
自分に言い訳をして金が欲しいという欲を満たすために奏が行動するのを待つ。
「(さっさと行きなさいよ。間に合わなくなるわよ)」
奏は老人に声をかけ、救急車を呼ぼうとしている。
「(さぁ、もうあんたにやれることはないわよ。さっさと弱者を見捨てて金を取りに行きなさいよ)」
だが奏は動かない。
救急車が来て老人が搬送されるまでずっとそばに居て励ましていた。
タイムリミットが迫っていることなど、気にもせずに。
「(なんなのよ……なんなのよあいつ!)」
思った通りに動いてくれない。
そのことがイラついてしょうがない。
「(そうか、芹那達がいるから金なんていくらでも手に入ると思っているのか。クズが!)」
そしてあろうことか、奏は芹那達を金づるとして考えており、いつでも引き出せるように好感度を稼ぐことを優先したのだと強引に答えを決めてしまった。
それならばと、次は別の欲を刺激することにした。
金がダメなら、女と名誉だ。
役者を雇いぬいぐるみの会なるものを作り奏をおびき寄せる。
そして、ぬいぐるみの自作を嘘つき呼ばわりして作って来いと役者に煽らせた。
しかも報酬は芹那達でもまだ提供できない豊満な大人のボディと、ぬいぐるみ仲間からの称賛だ。
これに惹かれないはずがない。
女と名誉が手に入る当日、迷子の子供という罠を仕掛けた。
その子役にはぬいぐるみ以外では絶対に泣き止むなと依頼してある。
奏は自らの欲を満たすために女の子を見捨てるはずだ。上手く行けば一緒にいる美月の印象を大きく下げることも出来る。
「(なんで簡単にあげるのよ!)」
だが奏はここでも椿の期待を裏切った。
全く迷うそぶりが無く、名誉の証となるぬいぐるみを女の子にプレゼントしたのだ。
「(そんなはずない!裏の無い人間なんているはずがない!)」
女は芹那達の方が好みだと考えれば納得出来るが名誉は別だ。
偉い人から褒められることが苦手であっても、趣味であり自信もあるぬいぐるみ作りについて共通の趣味を持つ同志から認められると言うことは、奏にとってこの上ない名誉の筈だ。
それを簡単に捨てるなんて異常である。
「(今回は美月の評価が下がるのを気にした?ぬいぐるみが作れるのは後で証明できるわけだから……)」
椿は必死に奏の行動の裏を推測する。
奏が純粋に困っている人を想って行動しているなどとは絶対に考えない。
「(こうなったら、私自ら試してあげるわ)」
そして偽装誘拐を計画した。
椿の全ての計画は、奏の因果応報?スキルの効果で痛い目を見ないように考えられている。
奏が金を優先すれば10万円を渡すつもりであったし、子供を見捨ててぬいぐるみを持って行けば奏の希望通りに全力で褒めてあげただろう。唯一、奏のぬいぐるみ作りの腕を疑ってショックを受けさせたことへの報いはあるかもしれないが、役者にはその可能性を事前に理解してもらった上で大金を支払っている。
今回の偽装誘拐も、銃に見えるものは偽物であるし、途中で奏の誘拐が真の目的などと伝えたが実際はすぐに家に帰すつもりであった。致命的な報いが無いようにと、最新の注意を払って計画されていたのだ。
そしてこの計画の主な狙いは美月達がいない状況での奏の本音を聞き出すこと。
格好つけるべき相手が居ない状況でなら、醜い本性を見せてくれるはずだ。
金、女、権力。
それらが思い通りになる。
奏が欲しがっていた女達も、奏を心酔して喜んで股を開いてくれる。
元から奏だってそれが目的だったのだろうと煽る。
だが奏は女性の裸を想像して少し照れた程度で、全く迷うそぶりも無く男の誘いを断った。
「(迷いもしないなんて。こいつ本当に人間なの!?)」
犯罪行為であるため最終的に断るのは理解出来るが、ほんの少しでさえも迷わないことが椿には信じられなかった。人間は誰しも醜い欲があるのだと信じている椿にとって、その欠片さえも感じられない奏の存在が怖くなっていた。
ここでついに、椿は奏の本性を明らかにすることを諦めた。
奏は例外的に清く正しい人物である可能性を渋々であるが認めざるを得なかった。
だがこのまま終わらせはしない。
奏は昔の椿と同じで世の中を知らないから純粋でいられるだけなのだと思った。
人の醜さを知り、絶望し、憎む経験をすることで、奏にも本来人間が抱くべき強欲が芽生えるはずなのだ。
世の中は悪意に満ちていて、欲望に理性が打ち勝ち続ける人間など居やしないのだから。
「ホント、残念ね」
ゆえに椿は人間の本来の姿を奏に突き付けることにした。
「しつこいわね。そうよ、あなたの敵よ」
裏切られたことで絶望を与えて憎しみを植え付けることで、もう二度とそんな思いを味わいたくないと、そのために他人を裏切る側に立ち欲しいものを手に入れるのだと、思わせるために。
その椿の悪あがきも、奏には通用しなかった。
「よかった」
あろうことか、奏は椿の無事を安堵していたのだ。
「は?」
今、奏は騙されたことを知ったはずだ。
あまりにも悪質な騙しを受け、心が痛んでいるはずだ。
「(ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!)」
全く予想外の反応を見せる奏に対する怒りが湧いて来る。
「何で怒らないの!?」
「別に怒る必要ないよね?」
怒るべき相手が怒らず、怒る必要のない自分が怒っている奇妙な状況。
意味が分からない。
この状況で騙した椿を怒らないなどあり得るはずがない。
この状況をまるで気にしていない奏のことが、椿はどうしても気に入らない。
「怖く無いの!?助からないかもしれないのよ!?あなたのせいで大事な人が傷つくかもしれないのよ!?」
だから怒れ、苦しめ、憎め、絶望しろ、泣き喚け。
こんな非道を受け入れて良い筈が無い。
「(それが人間でしょう!?)」
こんな醜い世界は決して受け入れてはならないものなのだから。
「確かに怖いけど、それよりも椿さんが危なくないって分かったのが嬉しくて」
「は?」
奏の視点は椿とは全く違っていた。
奏にとって椿は憎むべき敵では無く、まだ守るべき女の子だったのだ。
例え騙されていようが、その想いは変わっていなかった。
「嘘だ!騙されてショックを受けているはず!私が憎いはず!」
「憎い?何で?」
「本気で言ってるの?」
最早椿には奏が化け物のように見えていた。
裏切られ、自分の命が危険な状況で、裏切った相手の心配をするなど人が出来ることでは無い。
他人を蔑ろにする欲よりも、愛情を優先するなどありえないのだ。
「なんで……なんで平気なのよ!」
「椿さん?」
「全部あんたを騙すためにやったのよ。普通はショックを受けるでしょう。騙した相手を憎むでしょう。恨むでしょう。怒るでしょう。そうでなくても怖くて逃げるでしょう。なのになんであんたは安心してるのよ!」
醜い世界に住む人々を椿が嫌悪するように。
醜い世界に染まってしまった父親を信じられなくなったように。
優しかった父親がもう戻ってこないことに絶望するように。
人は、醜さに屈して諦めなければならないのだ。
「それに泣いている子に怒れないよ」
だが奏はそれは違うと椿に示す。
憎むことも、怒ることも、絶望することもせず、ただ相手を想うことが一番大事だと。
その姿勢が、椿の心の闇に光を与えようとしていた。
「なん……で……わた……し……」
父親が総理大臣になったあの日、どんな手段を使ってでも会っておめでとうと言えば何かが変わっていたのだろうか。
それとも、もっと昔から無茶をしないでと必死で訴えかければ良かったのか。
父親を信じ抜いて想い続けていれば、あの温もりを手放さずに済んだのではないか。
椿には何が正しいのか、分からなくなっていた。




