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人助けをしたら美少女に惚れられて偉い人に褒められるんですけど!  作者: マノイ
第二章

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17. またお嬢様学校に行くことになったんですけど

「かなちゃん、京極さん、東雲さん、花ヶ前さん、おっはー」


 ゴールデンウィークが明けてから数日が経過した。

 三者三様のデートで奏との仲を深めたお嬢様達は、これまで以上に恋する気持ちを表現していた。


 芹那は友達のような距離感でありつつも、不意に照れて男女間の関係を意識させてくる。

 美月は大胆にベタベタとくっついて来る。

 真夜は冷静さを取り戻したが、時折積極的になりポンコツ化して自爆する。


 奏は三人の事を出会った時よりも遥かに魅力的に感じ、選ぶことなど出来ないと悩む日々を送っていた。


 そんなある朝。

 幼馴染ーずの片割れである栞と朝の挨拶をしていた時の事、突然異変は起こった。


「うーっす、おはよ……う」

「おはよう、宇賀神さん」

「おはよう」

「おはようございます。宇賀神さん」

「辰巳おはよう?」


 辰巳はようやく慣れて来たのか、お嬢様達に挨拶くらいは出来るようになっていた。

 それも、この日のように口ごもるような感じでは無く自然に出来ていた。


 辰巳の不自然な反応が気になった奏は、辰巳の視線の先を見た。


「お、おはよう。たっくん」


 するとなんということでしょう。

 栞も辰巳を見て意味深な反応をしているじゃあありませんか。


「(辰巳ついにやったの!?)」


 奏は以前辰巳に突きつけた条件を思い出した。

 すなわち、栞をデートに誘うと言うことを。


 昨日までは普通の二人だったため、デートが終わったということは無いだろう。

 おそらく辰巳がデートの話を切り出したのだ。


「あれあれー。辰巳も栞ちゃんもどうしたの。何か変だよ?」


 これまでお嬢様達との恋模様で弄られていたのをやり返す大チャンスだ。

 奏はわざとらしく二人を煽りにかかる。


「べ、別に何も変じゃないよな、栞」

「うう、うん。普通普通。もうかなちゃん変な事言わないでよー」

「そっかなー」


 誰が見ても動揺している様子だが、ここですぐに突っ込んでも意固地になるだけだろう。


「まぁ二人がそう言うなら」


 奏がすんなりと引いてくれたことで幼馴染ーずは露骨に安堵した表情を浮かべた。

 幼馴染ーずは奏が簡単には逃してくれない性格であることを知っているはずなのに。


「それで、いつデートするの?」

「なっ!?」

「ふぇっ!?」


 即座に否定していれば笑い話の冗談で済んだものの、安心したところで切り込まれたため上手く返すことが出来なかった。栞に至っては顔を赤らめる始末。誰が見ても、二人の関係に変化があったことが見てとれる。


 そして奏が蒔いた餌に、多くの人が食いついた。


「ええー!宇賀神さんと栞ちゃんってそういう関係だったの!」

「興味あります!」

「是非詳しい話をお伺いさせて頂きたいですわ」


 まず、近くに居たお嬢様達が真っ先に食いつく。


「ちょっ、しおりんマジ!?」

「やっと素直になったの!?」

「辰巳おせーよ!」

「ほんとそれな。いつくっつくのか気になってたぜ」

「ばっか何やってんだよ。卒業までヘタレてる方に賭けてたのに!」

「よっしゃーー!大当たりだぜーー!」


 そしてクラス中が二人に殺到し、何が起きたのかを詰問する。

 出会ってから日が浅いお嬢様達は別として、昔から彼らの事を知っている生徒達はいつ付き合うのかとやきもきしていたのだ。中には賭け事に利用していた不届き者も居るが。


「ちょっ、やめっ」

「そ、そんなんじゃないって!」


 奏とお嬢様の恋模様を温かく見守る方針で落ち着いていたクラスが、新たな爆弾の投下により一気に賑わいを取り戻した。


「(誰かタスケテ!)」


 とは、幼馴染ーずの内心であろう。




「花ヶ前、ちょっと良いか」

「はい、何でしょうか」


 その日の朝、ホームルームが終わった後、真夜が担任の数学教師に声をかけられた。


「何かあったの?」


 いつもは奏が呼ばれるのだが、今回はめずらしく真夜であった。戻って来た真夜が少し困っているような表情を浮かべていた為、奏は何があったのかを聞いてみた。


「鈴江お……さんからの依頼がございました」


 お婆ちゃんと呼ぶように、という金城からの最後の指示を愚直に守ろうとしたが、どうしても言えずに鈴江さんと言い直してしまう。今のところ三人ともまだ言えていない。


「お婆ちゃんから?」


 遠慮なく呼べる奏は疑問に思った。

 話があれば真夜に直接連絡をすれば良いのにと。


「はい。どうやら瀧川女学院は今年度から新カリキュラムとして、外部生徒との触れ合い授業を実施するそうです」

「まさか」

「その最初の相手として、こちらの学校に声をかけたみたいですね」

「それで先生が真夜さんに相談して来たんだね」


 学校単位での依頼だから、上を通していたのだ。

 余計な仕事を増やしやがって、と苦々しい表情を浮かべる担任教師の姿が奏の目に浮かぶようだった。


 そんな呑気なことを考えている奏とは違い、クラスはシンと静まり返り緊張感に満ちていた。

 真夜の話が本当であるならば、真夜達以外のお嬢様とも触れ合える機会があるかもしれない。

 しかも、このクラスの生徒は真夜達がいるおかげで他クラスの生徒よりもお嬢様の扱いに慣れている。

 となると、触れ合いの授業の相手として選ばれる可能性が高い。


 クラス中が聞き耳を立てる中、奏が話題を掘り下げる。


「どんな授業なのかな」

「詳しくは聞いておりませんが、どうやらこちらの生徒を瀧川女学院に招待して何かをして頂くらしいです」


 その瞬間、クラス中が息を呑んだ。

 お嬢様に会えるどころか、禁断の乙女の園に入れるかもしれない。

 日本中が羨む超プラチナチケットが、目の前にぶら下がっている。 


「こっちに来るのは危ないからそうなるよね」


 奏の因果応報?スキルで保護されていない人物を簡単に外には出せないだろう。

 大月高校の生徒が瀧川女学院に向かう流れになるのは自然なことだった。


「(でもお婆ちゃんは申し訳なく思ってるだろうな)」


 金城は自分達の都合で相手に迷惑をかけるのを嫌う人だ。

 おそらく今回の話も悩みに悩んだ末の決断だったのだろうと、奏は推測していた。


 そして奏は禁断の質問を真夜にぶつけてしまう。


「それで、誰が行くかって決まってるの?」


 ついにクラス中の動きが完全に止まった。

 全員が指先まで硬直し、まるで奏の周囲だけを除いて教室内の刻がスキルによって完全に止められたかのような状況だ。


 真夜は奏の質問に対して答えを口にする。


「その……大変申し訳ないのですが……奏様にお願いできないでしょうか」

「ぴえ!」


 デスヨネー


 全く同じ言葉がクラスメイトの脳内に浮かんだ。

 お嬢様に最も慣れていて金城理事長からも信頼されている奏以外の人選など考えられないだろう。

 クラスメイト達はそれが分かっていてなお、自分が選ばれる僅かな可能性に縋っていたのだ。


 はいはい、解散解散。


 誰も何も口にせずとも、そんな雰囲気がクラス中に広まり全員が動きを再開した直後。


「後もう一つ、他の方の人選にも協力して頂けないでしょうか」


 再度、クラス中の動きが止まった。

 ここまで綺麗に揃うと最早コントである。


 真夜が告げた『他の人』という言葉。

 それはつまり、瀧川女学院に行けるのは奏だけでは無いということ。

 何名かは分からない。

 だがその人選が奏に委ねられたとなれば、何が起きるかなど自明の理。


「佐野おおおお!俺達友達だよな!」

「奏くん、恋愛相談に乗ってあげるよ!」

「やっぱり俺みたいな紳士な男が行くべきだよな」

「奏ちゃんの作るぬいぐるみは世界一!」

「奏、肩凝ってないか。俺マッサージ得意なんだよ」

「佐野君って漢って感じがして格好良いよね!」

「妹さんがRFA品薄で買えないって言ってたよな。貸して……いや、あげるよ!」

「かなちゃん、幼馴染枠はあるよね!?」


 クラス全員が雪崩のように奏の元に押しかけて来たのであった。


「ぴええええええ!」


――――――――


 大月高校のカリキュラムの邪魔をしないようにと、瀧川女学院訪問は土曜日の午後に決まった。


 激戦に次ぐ激戦の末、超プラチナチケットを入手したのは以下の面々。


 一人目は奏。

 これは順当である。


 二人目は三澄栞。

 最もお嬢様達と仲が良くて話に慣れているだろうと言うことで、これも妥当な人選。


 三人目は宇賀神辰巳。

 本人はクラスメイトからの嫉妬の視線が復活するため嫌がっていたが、奏との付き合いが長くて何か問題があってもお互いにフォロー出来ると言うことで強制選出。


 四人目は山岡しずく

 以前、奏が悩みを解決してあげた陸上部所属の女子。スポーツに関する青春話が出来そうな人物ということで選出。色々な部活の助っ人で活躍している辰巳がいるから不要との声もあったが、ガチ勢の声も必要だろうという奏の判断で決定。


 五人目は矢野涼真りょうま

 男子の中で奏以外で最も早くお嬢様と普通に話が出来た剛の者。お嬢様に囲まれてもしっかり話が出来るだろうということで選出。見た目の雰囲気が柔らかく、勉強が得意で雑学に詳しい草食系。


 六人目は岡杏奈あんな

 自称恋愛マスター。高校に入ってからすでに五人の彼氏と付き合っている。お嬢様に悪影響を及ぼすのではという声もあったが、失敗談も含めて生の恋愛話は一番興味を持ってくれるはずだと芹那達が強く推薦したため決定。


 七人目は松浦俊介

 普通オブ普通。特徴が全く無く、何処にでもいる男子高校生。あまりにも普通過ぎて参考になるのではと選出。本人はびっくり。


 なお、人当たりが良くて清楚系が大好きな笹岡は女子の猛反対をうけて参加出来ず、枕を涙で濡らしているとかなんとか。


 幸運にも選ばれた勇者達は、土曜日の授業が終了後、校内でお弁当を食べてから校門で迎えが来るのを待っていた。当然今回も、学校中の注目の的になっている。


「超羨ましいんだけど!」

「どうして俺はあのクラスじゃないんだ……」

「あんたそもそも学年違うでしょ」

「私行きたがっだのにぃ」

「うわ、マジ泣きしてやがる」

「一番連れてっちゃダメな人でしょうが」

「なんで?」

「知らないの。あの子、ガチなのよ」

「あ~そりゃあかんわ」


 一部不穏な会話が聞こえてくるが気にしてはならない。何がガチなのかとか考えてはならない。


「ふふふふ」

「かなちゃんどうしたの、気持ち悪いよ」

「べっつに~」


 今回の被害者は自分だけでは無いため、注目されていてもそれほど気にならない。

 それに今回は奏は全てを事前に知らされている。

 というより、カリキュラムの内容について金城や真夜達から相談を受けていたのだ。


 また、心の準備が出来ているだけではなく、これから起きることに幼馴染ーずを初めとしたクラスメイトの反応を思うとワクワクが止まらないのだ。もちろん授業の内容以外を奏は全く説明していない。


「奏様、迎えが参りました」

「うん」


 やってきたのは、以前乗ったシルバーの乗用車よりも一回り大きな車。

 高そうではあるが、まだ普通の範囲内の見た目である。


「あれ、かなちゃん。これじゃあ全員乗れないよ」

「みんなは後から来る車に乗って来てね」

「え?」


 最初の車は奏と三人娘のための迎えである。

 残りの六人は別枠だ。


 奏達は素知らぬ顔で車に乗り込み、さっさと大月高校を後にする。


「奏様ったら、悪い顔してるー」

「奏様もそんな顔するんだね」

「初めて見るお顔です」


 六人の様子を想像して楽しい気分になっていた奏を、三人娘が不思議そうな顔で見つめていた。


「げ、幻滅した?」


 クラスメイトを困らせて喜ぶ悪趣味さに引かれてしまったかと奏は慌てた。

 だが彼女達は当然幻滅などしない。


『もっと好きになりました(なった)』

「ぴえぇ!」


 奏の普段とは違う一面を見られたことが大満足だったのである。

 そもそも、ちょっとしたいたずら程度で気を悪くするような心の狭い人では無いのだ。




 先行していた奏達は、瀧川女学院の入り口で後続が来るのを待っていた。

 やってきたのは一台の黒塗りの高級車、ド定番のリムジンだ。


「か~な~ちゃ~ん!」


 奏達の目の前で止まったリムジンから、激オコな栞が飛び出して奏のこめかみをぐりぐりする


「いだだだ!」

「なんで黙ってたのよ!」

「ギブ!ギブ!」


 栞の後に続いて他の生徒達が生気の抜けたような顔でフラフラと降りてくる。

 辰巳に至っては座り込んで『もうお家返して』とブツブツ呟いている始末。


「くっくっくっ、そのくらいにしてあげなさい」

「は、ははは、はい!」

「お婆ちゃん!」


 奏やお嬢様達に置いてかれた六人はどうして良いか分からず途方に暮れていた。

 そんな折、悪目立ちする真っ黒なリムジンが来たとなれば観客の生徒達は大盛り上がり。

 大注目されて緊張しながら乗車すると、なんと中には恐怖の象徴である金城理事長がいるではないか。

 泡を吹いて気絶してもおかしくないような状況だったのだ。


「奏さんお久しぶり」

「はい、お久しぶりです」


 SNSではやりとりをしているが、直接会うのは久しぶりだった。


「三人も学生生活を満喫しているようじゃないか」

『はい!』


 金城はチラりと死屍累々の生徒達を見る。

 おそらく道中で色々と聞いていたのだろう。もしかしたら驚かすためでは無くてそれが狙いで乗車していたのかもしれない。


「さぁ、娘達が待ってるよ。さっさと行くとするかね」


 挨拶もそこそこに、本来の目的である特別カリキュラムを開始すべく、金城は奏達を案内した。


――――――――


 瀧川女学院の特別カリキュラムの内容はとてもシンプルなものだった。


「はい!普段は家で何をしてますか!」

「えっと、ゲームとか、かな」


 お嬢様から庶民への質問タイムだ。


 奏が前回瀧川女学院に来た時に退避させられていたお嬢様達が、今日は勢揃いしている。

 全校生徒で45人程度。

 小さな講堂に集まり、前方のステージに立つ庶民代表にざっくばらんに質問をする流れである。


「どんなゲームやってますか?」

「えっちなのとか?」

「はいぃ!?」


 一番人気は松浦俊介。なんと普通代表の彼が大人気で集中砲火を浴びていた。普通の男の子という肩書はお嬢様にとってかなり気になるものだったのだろう。

 際どい質問が飛び交う中、彼はタジタジになりながらもどうにか答えを返していた。


 お嬢様達は庶民達が想定していた通りに顔立ちが整っており、振る舞いが優雅でお嬢様オーラを放っている。

 それが45人も集まったとなれば壮観な景色であり、最初に講堂に入った時は男女問わず顔を真っ赤にして動揺していたが、どうにか正気を保って冷静に話が出来ている。


 恐らくは三人のお嬢様達で慣れていたからだろう。

 奏のクラスから選出した大月高校の選択は正しかった。


「毎日どのくらい練習してるんですか?」

「う~んと、部活は日が暮れるまでだけど、朝とか土日は自主練してるかな」


 次に人気なのは山岡雫や宇賀神辰巳のスポーツ組。

 瀧川女学院には普通の高校にあるような部活がほとんど無いため、興味があるのだろう。


「やっぱり恋人は同じ陸上部の人ですか?」

「ふぇ?な、ないない。恋人なんて居ないから!」


 だがやはり年頃のお嬢様。

 気になるのは恋愛に関するアレコレだ。


「そ、そういえば岡さんの前の彼氏がバスケ部じゃなかったっけ?」

「うん、そだよー。話してあげよっか」


 そして恋愛と言えば自称恋愛マスターの岡杏奈。

 彼女も人気の質問相手だ。


 それ以外のメンバーは不人気というわけではなく、答えられない質問があったときに代わりに答える役をしているため、自然と話をする機会が多くなり質問側がバランスを考えて敢えて質問をしないように心掛けていた。

 全員が全員、好意的に受け止められ、質問タイムはつつがなく終了した。


 だがこれだけでは交流とは言い難い。

 一方的にお嬢様から質問されて、はいさようならではあまりにも失礼だ。

 ゆえにこれからは大月高校の生徒達が瀧川女学院のことを知る時間。


 それぞれに数人のお嬢様がつき、学院を案内してくれることになっている。


「さぁ、涼真様こちらへどうぞ」

「気になるところがあれば遠慮なく仰ってくださいね」

「は、はい!」


「栞様もどうぞこちらへ」

「佐野様の幼馴染とお伺いしましたが」

「うん、そうだよ。かなちゃんのこと沢山教えてあげるからね」


「辰巳様、どうなさいましたか?」

「一緒に参りましょう」

「わ、わわ、分かった」


 芹那達程ではないが、全員が美少女である。

 彼女達に囲まれて、特に男性陣にとっては天にも昇る幸せな気持ちだっただろう。


 辰巳だけはプレッシャーの方が大きそうだが。せっかく勇気を出して栞にデートの話を切り出したのに、彼女達相手に鼻の下を伸ばしているところを見られでもしたらどのような展開が待っているのか。楽しみたいのに楽しめない残念な男である。


「あれ、僕は?」


 仲間達が次々と講堂から出て行く中で、奏は最後まで残されていた。

 芹那達は血の涙を流しながら我慢してお嬢様が奏と交流するのを見守ることにしているため、奏の傍にはおらず学院で仲が良かった生徒と一緒に行動している。


「……」


 現在、講堂には奏ともう一人だけが残されていた。

 その女生徒は同年代の女子達の中でもかなりの小柄で、中等部か、あるいは初等部の生徒と言われてもおかしくない程だ。ただし、美しさの質は年相応か、それ以上のものを感じさせるが。


 彼女は席を立ち、奏の前にゆっくりと歩いて来て、奏を見上げている。

 無表情で何を考えているか分からない。


「えっと、あの、あなたが僕に学院を案内してくれる方ですか?」

「……」


 奏は柔らかなイントネーションで丁寧に話しかけるが、相手は無表情のまま奏を見上げるだけ。


「(どうしたら良いの!?)」


 全く反応が無く焦る奏。

 仕方なく会話のきっかけになるかもと、改めて自己紹介をすることにした。


「改めまして、僕は大月高校二年の佐野奏です。今日はよろしくお願いします」

「……」

「(誰かタスケテ!)」


 それでも反応が無く、奏が誰かに助けを求めようとも講堂には誰も居ない。

 芹那達や金城にメッセージを送ろうかという考えが頭を過った時、ようやく反応があった。


椿つばき

「え?」


 ぼそりと、その子が小さく何かを口にした。

 名前なのだろうか。


「椿さん、で良いのかな?」

「……」


 椿は奏の質問には答えずに踵を返して講堂の出入り口に向かって歩き出した。

 奏が戸惑っていると、椿は出入り口付近で立ち止まり、振り返って遠くから再度奏を見つめる。


「(着いて来てってことなのかな?)」


 奏が慌てて椿の元へ向かうと、椿は再度歩き出す。

 奇妙な交流が始まった。




「あの、何処に向かっているの?」

「……」


 奏は移動中に何度も話しかけたが、椿は全く会話をしてくれなかった。

 しかし今日は交流が目的のイベントであるため、相手の反応が無くても放置するわけにいかず、奏は無駄な努力を続けていた。


 結局その努力が徒労に終わり、目的地らしき場所に着いてしまう。


「図書室?」


 校舎の端にあるその部屋の入り口には、確かにそう書かれていた。

 ここが奏を連れて来たかった場所なのだろうか。


 椿はポケットから鍵を取り出し、図書室の扉を開ける。


「うわぁ!」


 本棚や部屋に豪華な意匠が凝らされているわけでは無い。

 壁際に並ぶ天にも届くような高い棚に、本がぎっしりと詰まっている訳でも無い。

 奏の背よりもやや高い程度の棚に、普通に本が並べられているだけだ。


 だがその圧倒的なまでの数に奏は驚かされた。

 大型の本屋に匹敵するか、それ以上の数の蔵書が収められており、図書室の端がはっきりと見えないくらい部屋が広いのだ。


「これが瀧川女学院の図書室なんだ……」


 あまりのスケールの大きさに奏は驚いている。

 だが、その奏の反応を無視して椿は中に入ってしまう。


「え、ま、待って」


 椿の後を着いて歩きながら、奏は収められてる本を眺める。


「(本の内容は普通みたい)」


 小説や料理の本、週刊誌から啓発本まで。

 本屋で見かける普通の本ばかりで、瀧川女学院ならではの本というものは特に見当たらない。

 ここも庶民を勉強するための施設なのだろうか。


 しばらく歩いていると、椿が立ち止まる。

 椿はちらりと奏に視線を向けてから、近くの棚に目線を向ける。


「これって!」


 その棚には、奏にとってのお宝が収められていた。

 ぬいぐるみの本のコーナーだ。


「椿さん、ありがとう!」


 奏はようやく、椿が奏と交流してくれようとしていることに気が付いた。

 奏が好きなぬいぐるみに関するものを見せてあげたかったのだと。


「(口下手なのかな。あれ、でも僕、ぬいぐるみが好きって言ったっけ?)」


 自己紹介の時には言わなかった筈だ。


「(芹那さん達がお話したのかな)」


 それっぽい理由を思いつき、奏は疑問を忘れることに決めた。

 目の前には見たことの無いぬいぐるみの本が沢山あるのだ。

 すでに興味はそちらに向けられていた。


 奏がどの本を読もうかとタイトルを眺めていたら、椿が本棚に手を伸ばした。

 ギリギリ届くかどうかという高さの本を背伸びして無理矢理取ろうとしている。

 奏がそのことに気が付き、代わりに取ろうと意識を切り替えた時、椿の手が本に届いた。


 そしてその本を強引に取ろうとして、同じ段に収められていた他の本達が棚から崩れ落ちようとしていた。


「危ない!」


 落ちてくる本から椿を守るために、奏は手を伸ばす。


「(え?)」


 椿を押してその場から移動させようとするが、椿は伸ばされた手を掴んでしまった。

 これでは押すことは難しい。


 それならばと押し倒して体で守ろうと考えたが、腕があまりにも強く握られており振りほどけない。

 このままでは倒した時に椿が頭を床に打ってしまうかもしれない。

 咄嗟にそう判断した奏は、身長差があるから立ったままでも大丈夫だろうと、椿に本がぶつからないように椿と本の間に体を滑り込ませた。


「(痛っ、痛っ)」


 落ちて来た本は分厚く重いものでは無かったため、奏に大した痛みは無い。

 これ以上本が落ちてこないことを確認してから、椿に声をかける。


「椿さん、大丈夫だった?」

「……」


 助けられたことにより、奏の事を恋する目で見つめている、ということはない。

 むしろ彼女の瞳には、苛立ちのような昏い何かが揺らめいていたように奏には見えた。

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