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人助けをしたら美少女に惚れられて偉い人に褒められるんですけど!  作者: マノイ
第二章

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10. 東雲 美月

 東雲美月は美しい。


 それは周囲の総意であり、本人も否定することは無くその長所を磨いていた。

 しかしそれ以外は可愛いものが好きなだけの普通の女の子である。


 やや勉強が得意ではあるものの、特別に優れているわけでは無い。

 身体能力に恵まれているわけでも無い。

 変わった特技や趣味があるわけでもない。


 見た目で特別扱いされる美月の中身は、何処にでもいる普通の女子高生だった。

 そしてその普通の女子高生は普通でない恋をした。


 美月を誘拐犯から救い出してくれた勇敢な男子高校生、奏。

 幸運にも奏と美月はぬいぐるみという共通の趣味があり、仲を深めるのは容易の筈だった。 


 だが彼女には強大なライバルがいる。


 可愛らしさ特化で庶民の感性に最も近い芹那。

 礼の化身であり美月ですら見惚れてしまう真夜。


 彼女達は見た目の麗しさ以外に、奏を虜にする大きな特徴があった。

 だが自分にはそれがない。ただ、美しいだけ。


 ゆえに美月は焦っていた。

 彼女達を上回る何かを示さなければ、自分は奏に選んでもらえないのだと。


――――――――


 鏡台の前で美月は気合を入れる。


「(よし、がんばる)」


 化粧は女の武器である。

 だが武器の選択次第では効果が全く得られず、それどころか大ダメージを受けることすらあり得る。状況に相応しい武器を選択する戦略と活用する技術が必要なのだ。

 そして瀧川女学院ではその武器の取り扱い方を学習するカリキュラムがあり、もちろん美月は習得済みだ。むしろ、奏という想い人が出来たことで必要以上に復習したくらいだ。


 今回はその成果を試す時。

 スキルを使わなくとも超絶美人を人ごみに紛れさせる技術があるということは、その真逆のことだって可能である。美月は表現することが得意なのだ。


 自らの美貌をより輝かせ、奏に気に入ってもらうために全身全霊をかけて取り組んだ。


 その結果、すれ違う人が100%振り返るほどの戦略兵器へと姿を変えた。


「(奏様とデート、デート、デート)」


 しかもデートで浮かれている感情が表情にほんのりと浮かんでおり、破壊力を大幅上昇させている。

 なお、美月は感情制御がそれほど得意と言う訳では無い。だが、気持ちを表にそのまま出して表情が崩れすぎるのはみっともないと考えているため、溢れ出るワクワクが表に出ないように必死で抑えていた。

 

「(奏様だ!格好良い!)」


 駅前に到着すると、前髪をチェックしている奏の姿が目に入る。

 奏はピンク系で可愛いタイプのコーデである。また、化粧という武器を活用し、普段よりも可愛らしさが増している。可愛いもの好きの美月のためを想った戦略なのだが、恋する美月にはそれでも格好良く見えた。


「奏様、似合ってる」

「……あ、美月さんも凄く似合ってるよ」

「ありがと」


 気合を入れたコーデに対する奏の褒め言葉はシンプルだったが、それだけで美月の内心は狂喜乱舞の喜びようであった。


「(はぅ、奏様が褒めてくれた。幸せ)」


 喜ぶ美月と、見惚れる奏。

 しばらくの間見つめ合い、奏が周囲の声に気が付くまで、そこは二人だけの世界であった。


 駅前から移動する際、奏は美月に手を差し出した。


「美月さん、行きましょう」

「(きた)」


 真夜から根掘り葉掘りデートの話を聞いた際に、奏と手を繋いだ話も聞いていた。

 美月はその時に栞からアドバイスを受けていた。


「……はい」


 差し出された手を握る。そしてそのまま体を寄せて腕を絡ませる。


「(わぁ、奏様が近い)」


 ちらりと横目で奏を見ると近くに顔があり、胸の鼓動が高鳴り出す。


「(恥ずかしいけど、奏様の印象に・・・残るなら・・・・)」


 羞恥で顔がほてり、思わず少し俯いてしまう。


「(幸せでこのまま死ぬかも)」


 偶然にも奏と美月は同じことを考えて街中を歩いていた。




 そして美月はそのまま天国に連れてかれた。いや、天国というよりも楽園と呼ぶべきか。


 美月は今日のデートの内容を予想していた。間違いなくぬいぐるみ関係の場所に連れて行って貰えるだろうと。

 ゆえに、心を強く持ち暴走して奏に迷惑をかけないようにと心に誓ってデートに臨んでいた。


 だが美月のぬいぐるみ好きな気持ちは、その程度の誓いなど軽く破壊するくらいに大きかった。

 奏を放って店内のぬいぐるみを愛でまくる美月。

 後からこの場面を思い出した美月は、デート相手よりもぬいぐるみを優先したことを大失敗したと後悔することになるのだが、奏は楽しむ美月を見られてかなり良い思い出として保存していたりする。


 そんなこんなでぬいぐるみをひたすら愛でていたら、奏がぬいぐるみの汚れは勲章であるという興味深いことを教えてくれた。


「(私は汚れないように気を付けすぎだったのかな)」


 美月はぬいぐるみを徹底的に綺麗に保存して愛でるタイプだ。ときおり撫でたりはするものの、埃が被ったり日焼けしないように気を付け、こまめに手入れもしている。抱きしめたくなる時もあるが、ぬいぐるみの劣化が早まるため決して強くは扱わない。

 だが奏の話を聞いて、抱きしめたいと思った時はそうした方がぬいぐるみも喜ぶのではないかとも思い至った。


「(奏様は私の事を……ううん、考えちゃダメ)」


 奏が自分の事を綺麗なままにしてずっと眺めていたくなるのか、それとも感情をぶつけてくれるのか。美月はそのことを考えてしまった。

 だが、それは既に奏が美月の事を大切に想っていることが前提であり、その自惚れに気が付き考えないように疑問を振り払った。

 奏からは既にぬいぐるみ以上に扱われているのだが、知らぬは本人ばかりなり。


「(でも奏様には感情をぶつけて欲し……だから考えちゃダメだって!)」


 奏の話を聞きながらも、悶々としてしまう美月であった。


「汚れたらマスターがこうやって綺麗にしてくれるんだ。この子にとってこの染みは男の子に愛された勲章なんだって」


 そのままぬいぐるみ談義を続けていると、奏がふと切なげな表情を浮かべた。会話の流れから奏が昔を懐かしがっていることを美月は察したが、内容などどうでも良かった。


「(かぁっこっ!!)」


 格好良い、と言いたいのだろう。脳内ですらまともに言葉を紡げない。

 ぬいぐるみを見つめて切なげに思い出に浸る奏の表情があまりにも格好良すぎて語彙力が消滅してしまったのだ。

 愛おしさが爆発して思わず奏にぎゅっと抱き着いてしまう。


「ぴえ!美月さん!」

「なんでもない」

「なんでもないのにそんなにくっつくのでしょうか」

「奏様は嫌?」

「……嫌じゃないです」


 くっつきすぎて奏の腕を胸に押し付けた形になっていることなど、美月は気付いていない。

 あまりにも奏のことが愛おしすぎて、少しでも近くに居たいと思う気持ちが溢れて止まらないのだ。動揺する奏をチラチラと見て反応を楽しみながら、美月はこの気持ちが治まるのを待っていた。


 しばらく奏のぬくもりを堪能していた美月は、大きな感情に振り回されて心が疲れてしまったのか、少しだけ眠気を感じた。霞む視界に映るぬいぐるみを指でつつく。


「(かわいい)」


 それは一時の気の緩みだった。

 可愛らしいぬいぐるみを見ていたら、ふと感じてしまった。そして夢うつつな感覚ゆえか、その気持ちが理性によって止められることなくポロリと漏れてしまう。


「この子達、かわいくて羨ましい」

「美月さん?」


 奏の声を聞いて眠気が一気に吹き飛び、自分がやらかしたことに気が付いた。


「あ、なんでもない」


 慌てて否定したが、奏は何やら考え込んでしまう。


「(やっちゃった)」


 可愛いもの好きな美月は、自分が可愛い系でないことを気にしていた。美人系よりも可愛い系だったら良かったのにと小さい頃から何度も願った。理想的な顔立ちをしている芹那の事が実はとても羨ましかった。

 ぬいぐるみを溺愛する程に『かわいい』が大好きなのだ。日本中の女性が羨むような顔立ちをコンプレックスと感じていてもおかしくない。


「本当に気にしないで」


 コンプレックスと言っても深刻なレベルの悩みでは無い。だが、本音を奏に告げたところで困らせることは目に見えている。

 せっかく良い感じで進んでいたデートを、ちょっとした気の緩みで気まずい雰囲気にしてしまったことを美月は後悔し、肩を落としてしまう。


「(頑張らなきゃ・・・・・・ダメ・・だったのに)」


 しかし、落ち込む美月にかけられた奏からの言葉は、美月自身が最もふさわしくないと考えている単語であった。


「可愛い」


 あまりにも信じられない言葉で、でも心の中で本当であって欲しいという希望も生まれ、答えを急かして美月は乗り出して顔を奏に近づけ聞き返してしまう。


「本当にかわいい?」


 ここはぬいぐるみカフェだ。奏はもしかしたらぬいぐるみの事を可愛いと思ったのかもしれない。より正しく聞くべきだ。


「私、かわいい?」


 だが残念ながら、奏の答えは美月が欲しいものでは無かった。


「み、美月さんはとても綺麗な方かな」


 体から力が抜け、がっくりと肩を落としそうになる。

 しかし奏は落としてから上げるという、酷い攻め方をしてきたのである。


「でも、ぬいぐるみを見て喜んでいる表情や照れている姿は、とてもか、可愛いよ」

「!!」


 美月は綺麗であって可愛いわけがない。愛する人にそう断言されかけてからの可愛い宣言。一度落とした効果は絶大で、美月の心臓は反動で弾け飛びそうな程に高速で脈打っている。

 だがまだ安心は出来ない。奏は美月のために本心を告げていない可能性があるのだ。


「本当に、ほんとう?」

「はい、本当です」

「私、かわいい?」

「何度も言わせないでよぉ。か、可愛いよ」


 どう見ても本気で言っているようにしか見えない。


「(うそ、わたし、かわいい、何で?)」


 照れて顔を背ける奏を見て混乱が実感に変わると、今度は嬉しさが抑えきれなくなる。自然と口元が歪み、綺麗な表情が崩れてしまう。


「~~!!」


 奏に無様な姿を見せられないと美月は慌てて顔を離して奏の肩に額をつける。


「(うれしい!うれしい!うれしい!)」


 美月は気が付いていない。

 今の抑えきれないその表情こそが、正真正銘誰から見ても『可愛い』ものであることを。


 たくさんのぬいぐるみを見て感情を抑えずにはしゃいだ時のように、美月は美しい自分の表情に囚われずに心からの感情を表に出せば、美しさを保ったまま可愛らしさも表現出来るのだ。


「(奏様にかわいいって言われた!)」


 愛しの男性から最もかけてもらいたい言葉を貰えた美月は、この日一番の喜びに打ち震えた。


 だが奏は連続攻撃をしかけてくる男だ。


「これ、美月さんにプレゼントです」


 真夜がプレゼントを貰えたことは知っている。おそらく自分も貰えるだろうとは想定していた。だが、心の中がぐちゃぐちゃな状況で出してくるのは反則行為。


 しかもそのプレゼントも二段構え。

 眼鏡ケースで普通に嬉しかったところ、中を開けたら奏との思い出のぬいぐるみが入っているなど、卑怯にもほどがある。


「嬉しい。凄く、凄く嬉しい」


 この時の笑顔を美月が鏡で見ていれば、自分にも可愛らしい一面があることを気付いただろう。だがそれを知るのは奏だけであった。


――――――――


 そして場面は怪盗との対決に移る。


 美月が奏を怪盗の捕縛に誘った理由は、実は本人にも良く分かっていない。

 家族の危機に立ち向かわなければならず、怖いから傍に居て欲しいという気持ちは間違いなく本物だ。だがそれだけでお願いするのは奏に迷惑をかけてしまう。せめてデートとは別枠でお願いするべきなのだ。

 しかしそれでも美月は奏と一緒に怪盗を捕まえたいと願った。


「分かりました。美月さんを怪盗から守るとお約束します」


 奏の漢らしい宣言を嬉しく感じながらも、美月は自分の心が定まっていないことに何処となく不安を覚えていた。


「美月さん、絶対に捕まえようね」


 マスコミにより父親が悪く報道されていることを悔しく思う時も、その美月の姿を見て奏が優しく肩を抱いてくれて照れくさい気分になった時も、その不安は解消されなかった。


「(奏様……)」 


 想いを寄せる奏に隠し事をしているような気分にすらなっていた美月だが、怪盗との戦いが間近に迫り気分を強引に切り替える。

 集中して怪盗の狙いを考え、自分に出来ることは無いか考える。

 そして幸運にも奏のつぶやきを元に美月は正解を導き出し、怪盗の逃走ルートを抑えるべく奏と一緒に警備室を飛び出した。


 隣を走る奏に作戦内容を伝えながらも、美月はふと不謹慎な感覚を覚えた。


「(楽しい)」


 奏と一緒に怪盗を追い詰めている感覚が心地良い。

 警備室で奏の言葉からヒントを得たのも、共同作業をしているような気分を味わえた。

 物語に登場する怪盗を追う探偵と助手のような関係にすら感じた。


「(そっか、私……)」


 美月は気付く。

 何故、この怪盗騒ぎに奏を連れて来たかったのか。

 奏に迷惑がかかると分かっていて何故、デートの最中に連れて来たのか。


「(奏様との特別が欲しかったんだ)」


 初デートという特別な日に、奏と一緒に二度と味わえないような特別な体験をしたかった。

 一緒に苦労して危険を乗り越え、強大な敵を倒すという非日常の体験が出来れば、それはこの上なく楽しくて思い出に残る経験になるだろう。そして奏との仲もぐっと縮まるかもしれない。


「(これはきっと、芹那や真夜・・・・・にも無理な事)」


 この経験はライバル達と戦える程の絆を作ってくれるはずだ。


「そんなの危険だよ!」

「でもきっと成功する」

「それなら僕がやるよ」


 認識阻害スキルを使って怪盗に接近して不意打ちでスキル無効化リングを装着させる。

 美月の作戦を聞いた奏は自分が代わりにやると申し出た。このやりとりもまた、一緒に難関を突破しようと相談している感じがあり楽しかった。


 何故か奏の周囲に認識阻害スキルが発動しなかったのが気にはなるが、浮かれて失敗は出来ない場面であるため気持ちを切り替える。


 そして怪盗がやってきた。


「(あれ、なにこれ)」


 全身黒タイツに能面と赤いマント。

 画面越しで見たそのままの姿の怪盗を目の前にして、美月は体が硬直したのを感じた。


「(ダメ、動かない)」


 仕方のない事。

 家族を助けるためと意気込んでいるように見えて、美月はライバル達に負けないくらいに絆を深めることが目的だった。その狙いが上手く行っていることが嬉しくて、肝心なことを忘れていたからだ。


 相手は怪盗。つまりは犯罪者だ。

 狙いは美月ではないとはいえ、美月を攫おうとした奴らと肩書は全く変わらない。


 その犯罪者に近づいて手首にリングを嵌める。


 普通の女の子であれば、そんなことは怖くて出来るはずが無いのだ。


「(あ……だめ……)」


 足がガクガクと震える。

 集中力が途切れて認識阻害が今にも解除されそうだ。


「ぬ、ぬぬ、盗んだものを返せ!」


 その美月の耳に、奏の震える声が聞こえて来る。

 恐怖に怯えながらも、美月の作戦が成功するように必死で怪盗と立ち向かう愛しい人がいる。


 彼に恐怖を与えたのも、犯罪者と対峙するという危険な状況を招いたのも、全て美月の責任だ。


「(俯いてちゃ、ダメ)」


 それなのに、元凶である自分がこのまま全てを台無しにするなどあって良いはずがない。

 それにこのまま自分が動かなければ、怪盗が奏に危害を加えるかもしれない。

 怖くて怖くてたまらないけれども、奏を守るためならば勇気を出せる。


「(えい、やった!)」


 一度絞り出した勇気は止まらない。

 美月は奏の傍で怪盗の言葉を真っ向から受け止めて跳ね返した。途中でちらりと横を見ると、奏が美月のことを尊敬しているような目で見つめていた。


「(奏様は、私が守る!)」


 だが、その視線を受けて気分が良くなった罰なのか、それとも怪盗騒ぎに奏を巻き込んだツケが回ったのか、怪盗の機転により美月はピンチに追い込まれる。


「(え……私?)」


 怪盗が美月と瓜二つに変装したのだ。

 しかもつけたはずのスキル無効化リングは外され、美月を害するのが容易な距離に相手がいる。


「(いや……怖い!)」


 自分と全く同じ姿形をしている相手が、自分と全く同じ言葉を発する。

 少しでも油断すればその偽物は美月に手を伸ばして何かを仕掛けて来るだろう。逃亡のために誘拐される可能性もありえる。

 すぐにでも助けて貰いたいが、奏はもちろんのこと警備員やSP達も手を出せずに手をこまねいていた。


「(私のせいで……)」


 怪盗を追い詰めた時に、SPに任せて避難していればこんなことにはならなかった。

 奏との特別な時間を少しでも長引かせるためにと、調子に乗って怪盗が捕まえられるまでその場に居ようとした甘さがこの事態を齎した。


「(ごめんなさい)」


 美月を救ったのはまたしても奏であった。


「(奏様!?)」


 奏が二人の美月の間に割って入って来たのだ。


「(どうして……まさか身代わりになるつもり!?)」


 美月は奏に芹那や真夜程、異性として好かれていないと感じていた。

 同じ趣味を持つ友達という感覚の方が強いのではないかと考えていた。


 自分には庶民である奏の心をすぐに理解してあげることは出来ない。

 自分には礼を尽くして奏を支えてあげる力はない。


 何も出来ない自分が、奏にとっての『特別』であるとは考えられない。

 ただ美しいから恋人候補に残してもらえている。

 今はこうしてデートをしてくれているが、いずれ中身の無さに呆れて去って行ってしまうだろう。


 奏に気に入ってもらえる自分になるように努力するのは当然だけれども、結果が出る前に芹那や真夜にどんどんリードされてしまうだろう。

 だから奏との特別が欲しかった。

 芹那や真夜と中身でも並ぶまでの間、奏を繋ぎ止めるものが欲しかった。


 そう、美月は奏を侮っていたのだ。

 異性としての興味をそれほどもたれていないと、勝手に思い込んでいたのだ。


 だから奏が本物の美月を見分けられているなどと、思っても居なかった。


「(私なんかのために奏様が傷ついちゃう!)」


 自分の軽率な行動により、奏が怪盗に傷つけられる。

 奏の無茶な行動を止めようと美月が叫ぼうとする。だがその直前に奏は正解である美月に向かって抱き着いて来た。


「はぅ!」


 これまで自己嫌悪に陥っていたのに現金なものだ。愛しい殿方に抱き着かれるという状況で、美月は羞恥で顔を真っ赤にしてしまった。奏が体を離し、時間が経てばまた冷静になれるかと思いきや、恒例の連続攻撃を仕掛けてくる。


「だって美月さんの方が綺麗で可愛かったじゃないですか」

「(はうぅ!)」


 父親ですら見分けがつかなかった二人の美月。

 奏はあっさりと本物を見破っていたのだ。しかも、綺麗で可愛いなどという強烈な形容詞付きで。


「(奏様!)」


 奏は美月の事をしっかりと見てくれていた。

 まだ何も奏に与えられておらず、芹那や真夜と比べると印象に残っていないはずの自分が、奏の中でしっかりと根付いていた。


「(私、何を焦っていたんだろう)」 


 勝手に芹那達に劣等感を抱き、勝手に奏の気持ちをマイナス方向に推し測り、勝手に追い込まれた気になっていた。とんだ空回りである。


「美月さんに手を出したら許さない!」

「はぅ」


 そんな美月の内心を知らない奏は怪盗に啖呵を切っていた。


 嬉しさで叫び出しそうになり、顔がにやけてしまう。

 本人は不格好と思っているため、治そうとするが止まらない。


 奏にこんな表情を見られたくないと顔を背けようとした時、怪盗が奏に興味をもったような発言をした。


「か、かか、奏様に手を出したら許しません!」


 反射的に美月は奏をかばおうとした。

 それが奏との思い出になるから、ではない。

 特別感のある行動であるから、でもない。

 奏のことを想って体が勝手に動いてしまったのだ。


 美月の恋の戦いは、この時ようやく本当のスタートラインに立ったのだった。

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