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番屋で日暮れを待つ間、山で二三話をしたからか、土御門は伊織によく話しかけた。面倒に思いながらも無碍にもできず相槌を打つ。
朝の佐吉への様子を踏まえると、彼は相当の話好きなのだろう。
人の話も妖怪の話も関係なくできるのは、伊織のような見える人間くらいのもの。旅の空では、なかなか出会えないのかもしれない。
ならば尚のこと。一緒に旅をしている鬼たちと仲良くすればいいものを。
土御門の話を右から左に流しながら、頭の片隅で伊織は思った。
土御門は伊織が適当に聞いているなど関係ないのか、一方的に話し続ける。旅での出来事。そのほとんどが妖怪に関わる話だ。どんな妖怪に会って、どうやって倒した。要約すればそれだけの、そういった話ばかりだ。
妖怪の紹介は投げやりだが、倒すときのことは楽しそうに話す。
この男の過去に何があったのやら、と思うも、伊織には聞く気はなかった。一つ屋根の下に暮らしているとはいえ、仕事だけの関係で友人ではない。いずれ出ていく。彼が何を抱えていようと、どうにかしてやる義理など、伊織には微塵もないのだから。
かと言って、今すゞと話をする訳にもいかない。何の話で墓穴を掘ることになるのか、伊織自身には判断がつかないのだ。放置することになる土御門が何をしだすかもわからない以上、この場では控えることにした。
何度確認したか分からない空が、茜色に染まり始めたのを認めた伊織は、すぐさま腰を上げた。
「頃合いだ。そろそろ戻ろう」
「そうですか? もう少しゆっくりしても良いではないですか」
「早くしなければ被害がどうと言った口でよく言う」
「それはそうですが」
自分が言った言葉を持ち出され、土御門はいじけたように伊織から視線を逸らす。昨日今日の短い間に何度か見せる子供のような反応に目を覆う。良い歳の男がやって、一体どこの誰に求められるのやら。それも男に対してなら尚のこと。
「中腹に着く前に日が暮れては困る。早くしよう」
伊織は深く考えることを止めた。不毛なだけだ。
「最初は文句を言っていたのに、今や積極的に取り組んでくださるとは」
「務めだからな」
からかう言葉をいなし、提灯と火を番屋に借りる。二人の話を聞いていたのか、番屋に勤めていた番太郎は心配そうに声をかける。日が暮れてから山に入ろうとするなど、普通ではありえない。
「俺もおかしなこととは思うが、仕方がないのだ」
自嘲気味な笑みを浮かべ、伊織は番屋を出る。外ではすゞが既に準備万端、と言うように待っていた。伊織の後から出てきた土御門は、やれやれ、と呟いてはいるものの、楽しそうに笑みを浮かべている。
それは、彼が妖怪を倒したと話していた時と同じものだった。
お読みいただきありがとうございます。
作中の「番太郎」ですが、人名ではありません。
広辞苑などで調べていただいても出てきますが、番所に詰めて木戸を管理している人のことを指します。「番太」とも言うそうですが、より人名感が増すので番太郎とさせていただきました。
大抵の場合、こういった木戸や番屋というものは江戸市中でのことを指すののでしょう。
ですが、ここまで来て気にしてもいられません。
開き直り気味に使います。
諸藩の関所近くの番所に詰めている人の正式名称をご存知の方、いらっしゃるのでしょうか。




