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土御門にとっては何気ないその問いに、伊織は言葉を詰まらせた。一向に答えない伊織に彼は首を傾げる。
答えない、ではなく答えられない。そもそも伊織には、その問いの正しい回答が微塵も分かってはいないのだから。
伊織にとってすゞはすゞである。出会ってこの方、そろそろ半年になろうかとしているが、それ以外などは無く、あったとしても知らない。彼女は出会ったときからすゞと名乗り、周囲の者は妖怪も含め、皆彼女をすゞと呼ぶ。
だから考えもしなかったのだ。彼女の名前が本当の名かどうかを。
「どうかしましたか?」
土御門に再度声をかけられ、はっとする。今は考察している場合ではない。答えなければ。
しかし、どう答えて良いものか、伊織には分からない。適当な名を言えば、どうにかなるのだろうか。考えが纏まらないまま頭の中をぐるぐると回っている。
蒼白となり固まったままの伊織に代わり答えたのはすゞだった。
「それをお尋ねになられますことは、どうぞご容赦くださいませ」
「構わないだろ。別に、そのくらいのこと。縛っていない訳でもあるまいに」
「恐れながら、私の主でもあります旦那様は、元は普通のお方。土御門様のように特別に術を学ばれたりはしてございません。ですので、私と旦那様との間にございます縛りは極簡単なものでしかありません。土御門様のようなお力をお持ちの方に私の真の名をお教えしてしまえば、土御門様が新たに縛りを施すなど造作もありません。ですのでどうか、ご容赦いただきたく、重ねて申し上げます」
徹頭徹尾丁寧ではあるが、土御門に反論させる気はなさそうだ。すゞが何を言いたいのか伊織は正直よく分かっていない。それでも、土御門に本当の名を知られることは、すゞにとって避けたいらしいことは、彼にも分かった。
「そういう訳だ。すまんな」
すゞに言われ、あからさまに不服そうな土御門何か言う前に伊織が言葉を重ねれば、分かりました、と土御門はあっさり引いた。
妖怪に言い負かされるのは嫌だが、人間には良いらしい。
握り飯といった簡単なものしか包まれていなかった弁当はあっという間に平らげられ、すゞは未だ周囲を探る鬼たちに弁当を持っていく。土御門は何もせず、動かない。伊織は自分も動かなければと思う一方で、体のあちこちが痛みいつも通り動き出すことはできない。それでも何もせず座っているのも気まずく、竹の水筒で喉を潤す。
この場には二人きり。土御門と伊織しかいない。
「なあ」
「何ですか?」
「何でずっとその話し方なんだ? 奉行の前ではもっと偉そうだったろう」
「上の人に『陰陽寮の人間という自覚を持ち、人には丁寧な話し方を日頃より心掛けなさい』と言われたので、自然と。鷹匠さんの前では、あの方が偉そうかな、と思いまして。何事も初めが肝心と言いますし」
「そうかい」
陰陽寮という肩書があってか、結局は土御門の思惑通り、優位に事を運んでいたのだから、彼の作戦勝ちと言えるだろう。しかし、一方でそんな子供騙しのような方法で、奉行所を、主に自分が巻きこまれたと思うと、伊織は何とも言えない気持ちになった。
そして、もう一つ気の付いたことがある。
丁寧な言葉を心掛けるのは良いだろう。しかし、人には、という部分を土御門は随分と極端に理解している気がしていた。すゞへの態度からもそれは伺えている。
「人にってのは、そういう意味じゃないだろ。多分」
伊織の呟きは、土御門の都合の良い耳に拾われることはなかった。
お読みいただきありがとうございます。
先日アクセス数が1と3/4万人を突破し、一人喚起していました。
本当にありがとうございます。
随分長くなってきた気がします。
土御門が喋りだすと、知らず知らず、設定のような話が始まってしまいます。
キャラが勝手に、という言い訳を、どうぞお許しください。
自分の常識を常識と思っている、なんて設定にしなければ良かった。と、たまに思ってしまうこの頃です。




