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驚いて問い直せば、土御門は首を傾げている。何を当然のことを、と言わんばかりだ。反論しようと口を開いたが、言葉を呑み込む。ここで異論を述べたところで、また同じことを繰り返すだけだ。何も変わらない。それどころか、嘘を嘘だと気づかれる危険が増すだけである。
「承知した。すゞも連れていけば良いのだろう?」
「それから、この藩にいる間、ここに泊めてください」
「我儘も大概にしろ。宿くらい街道に行けばいくらでもあるだろう。城下町にだって何軒かあるんだ。わざわざ泊めてやるいわれはない!」
「宿、とってないのですよ。それにこの刻限だ。今更部屋の空きを見つけるのは容易ではないでしょう。それに、この藩にいる間はあなたが私の面倒を見てくれるのですよね?」
「それを言えばどうにでもなる訳じゃねぇぞ」
「お役目、ですよね?」
そう念押しされてしまえば、伊織もたじろがずにはいられない。不承不承、分かった、と絞り出せば、土御門は嬉しそうに歯を見せた。
「今夜だけだからな! それと、この家にいる以上、家の主である俺に従ってもらう。文句は言わせない。それが嫌なら他所をあたれ」
「ありがとうございます。これから、暫く御厄介になります」
会話が明らかに噛み合っていない。それでも訂正しようとしないあたり、土御門としては成立しているのだろう。伊織はいよいよ、正すことも諦めた。
このままなし崩し的にこの家を宿とすることは、土御門の中では決定事項なのだろう。
「親の顔が見てみてぇ」
ぼそりと零した伊織の言葉に、土御門は意外そうに目を瞬かせる。こてん、と首を傾げた動作はどこか子供っぽく、幾分か幼さを感じさせた。
「そうですか? 両親は妖怪も見られないような、どこにでもいる普通の人でしたし、見たところで何の面白味もないと思いますけど」
「そういう意味じゃねぇよ」
的外れな答えを真面目な顔でしてくる土御門に、伊織はこの日何度目になるのか、頭を抱え、ため息をつく。ただ話していただけで随分な疲労を感じ、膝を突き合わせてのこの話し合いを打ち切りにかかった。
「すゞ、すぐにお客様に夕餉を支度して差し上げろ。もう遅いから軽くで良い。三膳だ。間違えるなよ」
すゞは無言で頭を下げ、部屋を出ていく。伊織も自分の夕飯に戻ろうと立ち上がった。すると足元から、あの、と声をかけられる。見降ろせば、座ったままの土御門が彼を見つめていた。
「妖怪に食事など不要です。奴らは道具なのですから、無駄に食材を使うことはありません」
さも当然のように言ってのける土御門に、伊織は憤りを覚える。眉間には皺が寄り、喉では呻り声のような音が鳴った。しかし、ちらりと後ろの鬼たちを見て、一瞬で霧散した。鬼たちもまた、当然のように土御門の言葉を受け入れているのだ。
自分たちとの考えの違いを突き付けられた気持ちになった。
土御門の言葉に従いそうになるも、振り払うように頭を振る。
「先程も言った筈だ。俺の言うことに従ってもらう、と。嫌なら出ていってくれても、こっちは一向に構わないんだ」
土御門は仕方なさそうに頷き、視線をそのまま伊織から逸らした。行灯の火は小さな音を立てながら揺らめいている。
「何でも自分が通ると思わないことだ」
月明かりがぼんやりと差し込む仄暗い部屋にそう言い残し、伊織は部屋を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
今話を以て、10万字を越えました。
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偏に皆様のお蔭です。心より「御礼申し上げます。
さて話は変わりますが、今話の中にどうしても書きたかったシーンがありました。
それは、親の顔が見てみたいのくだりです。
自分が大学生時代、とある生徒の行動を糾弾した時のこと。
あまりに無責任だ、と皆が言う中、自分が「親の顔が見てみたい」と嘲笑交じりに言いました。
すると、生徒の一人が「あの人の親の顔なんて興味ない」と言葉をそのまま受け取り、言葉を返してきたのです。
その時思わず、伊織同様「そういう意味じゃない」と言ってしまいました。
いつかこの状況を書きたい、と大学時代から温めていたエピソードを漸く書けました。満足です。
言葉遊びはさておき、今更ながら欠席裁判は良くなかったかもしれません。やった本人が言うのもなんですが。




