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する筈がないと高を括っていたにもかかわらず、本当に妖怪のことを触れまわろうとし始め、伊織は慌てて彼を止めた。まさかこの庭の中心で声を大にして、それもほとんど日の暮れたこんな刻限に。妖怪の噂以前に、近所迷惑も甚だしい。何より、妖怪に関して何の躊躇いもなく口にするなど、どうかしている。
妖怪が家に住んでいる、というも確かに外聞も悪いし、悪い噂ほど人の口に上りやすい。隣近所どころか藩内で生きにくくなるのは、正直困る。
しかし、妖怪だ何だと大声で触れまわるなど、それこそ頭がおかしいと言われかねないことを、目の前の男は平然とやってのけた。
この普通ではない男とこれ以上関わり合いになりたくもないが、ここでごねられるのも、それ以上にこの男ともどもおかしな奴と言われるなど、御免被りたい。
渋々と言うよりは勢いで、伊織は土御門を家に上げた。いや、上げるしかなかった。
「そうですか。すみませんね」
そんな彼の葛藤などどこ吹く風と言うように、土御門は上機嫌ににかりと笑った。
何食わぬ顔で草鞋を脱ぐ様に伊織は柱に手をついて項垂れる。そうしてまた、ため息がこぼれる。家に帰ってからというもの何度もため息をついてばかりな気がする、と思うと、またため息が出た。
ふっと、背中に優しく手が添えられる。伊織が顔を上げて振りかえれば、心配そうに見つめるすゞが、旦那様、と声をかけてきた。すゞの先には土御門が既に敷台の上に上がっている。
「すゞ、茶を頼む」
「はい。すぐに」
すゞの手は不安からか、名残惜し気に伊織の背中からゆっくりと離れていった。その場を離れた彼女は、何度も振り返って彼らの方を見ては視線をそらす、を繰り返しながら台所へと姿を消す。
すゞの姿が見えなくなったのを確認してから、伊織は玄関正面の襖を開けた。
「どうぞ。こちらです」
手で中へと土御門たちを促し、自分も部屋へと入る。行灯に火を入れていない為、襖は開けたままにした。土御門は当然のように上座の方へ足を向かわせたが、その前に伊織が上座へどかりと腰を下ろし、下座を示す。下座にあたるところを暫く見つめ、伊織を見遣るが動こうとしない。不服そうなのを隠そうともせず、土御門も下座へと座った。鬼たちは土御門の後ろへ控えるように、壁際に並んで座る。
「それで? 脅してまでしたかった話というのは?」
さっさと出て行ってもらいたい伊織は、落ち着いて、茶を持ったすゞが来る前に話を切り出した。土御門は多少面食らったような表情を見せたが、咳ばらいを一つして平常の顔に戻す。とは言え、表情を容易に窺えるほど部屋の中に月明かりは差し込んでいない。
「お話しする前に一応確認しておきたいのですが、花菱さんは、妖怪が見えておいでですよね?」
「何を今更。あれだけ玄関先で悶着して見えないなど言う訳がないだろう」
「一応、です」
暗く、表情がほとんど見えないのをいいことに、伊織は忌々し気な顔を隠そうともせず、小さく舌打ちをする。随分手酷い扱いを受けていながら、土御門は笑みを浮かべている。その小さな笑い声に伊織は、いよいよ理解できないな、などと思ってしまう。
「そうですね。まずは私がこの藩に来た理由からお話ししましょう」
丁度その時、失礼します、と小さく声をかけ、すゞが火種と共に入ってくると、部屋の奥に置かれていた行灯へと火を入れてそそくさと出ていった。ぼんやりとした明かりに照らされた土御門の表情は、真剣そのものだった。
「この藩へは、ある妖怪を追ってきたのです」
お読みいただきありがとうございます。
投稿前にブックマークと評価が新たに増えておりました。
誠にありがとうございます。
さて、6月に入りまして、漸く自粛生活みたいなことをしてみました。
ノベルアッププラスにて「心と身体フェア」なるものを見つけまして、短編小説を一本書き下ろしました。
この企画を知ったのが今月6日。投稿を決意し、一日で設定とプロットを書き、先日21日に無事投稿しました。
人間頑張ればできるものですね。
もしご興味ありましたら読んでみてください。時代物です。




