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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第三幕――○○○(????)
76/296

18-(4)

 自由になったすゞは咳き込みながらも空気をめいっぱい体に取り込む。体を(うつぶ)せに縮こまらせて肩を上下させながら、潤んだ目で恨めし気に土御門を睨み上げる。伊織は彼女の背中をさすりながら、呼吸が落ち着くのを待つ。



 呼吸が多少だが戻ってきたところで伊織は彼女の背から手を離し、自身の後ろへ庇うように土御門と対面した。鬼はいつの間にか彼の後ろに戻っている。伊織のすることを一通り眺めていた土御門は苛立ったように彼を見据える。


「何のつもりだ」


「それはこちらが言いてぇよ! 他人様の家の女中に、一体どういう了見だ!」


「こちらはただ、己の仕事をしていたまでのこと」


「そうだとしても、勝手をしていい理由にはならないだろう!」


 口調は荒れ、今にも掴みかかりそうな伊織に、土御門は呆れも苛立ちも隠そうとしない。すっ、と目を細め、視線を伊織の背後にいるすゞへと流す。


「分かっているのか? あなたが庇っているのは人間ではないのですよ」


「こいつが猫又だって呼ばれる妖怪だって話だろ? 知ってるよ」


 何を今更、と言いたげに鼻で笑う。予想だにしていなかった答えに、土御門は目を見張った。


「なんと。知っていて」


 思わず零れた呟きは、驚愕に満ちていた。自分には全く理解ができない。陰陽師でもない人間が憑りつかれている訳でもないのに、わざわざ身近に妖怪を置くなんて、想像もしたことのないことだった。



 その想像もしなかった光景が、今目の前にある。


 人が妖怪を庇い、護ろうとする。妖怪と分かっていて、女中として屋敷に置く。


 分からない、が頭の中に溢れ、土御門は驚きの表情のまま、呆然と伊織たちを見つめていた。


 突然動かなくなった彼を伊織は怪訝な表情で見つめるも、状況は一向に変化もなく、ただ時だけが過ぎていく。土御門の後ろに控えていた鬼たちも、止まったままの己の主人をちらちらと見ては、様子を窺っている。





 誰も何も発しない不毛な時間が続き、沈黙を破る為に伊織はわざとらしく一度咳ばらいをしてから言葉を切り出した。


「詳しくは明日とお伝えした筈です。とにかく、今日のところはお帰りください」


「話がしたい。上げてもらえますか」


 噛み合っていない返答に、伊織の口角が引き攣る。眉間にしわを寄せ、額に手をあてたまま、項垂れるようにため息をつく。


「話、聞いていました? 帰ってくださいと言っていますよね? ふざけるのも大概にしてください」


「いいのですか? 追い返して」


 変わらぬ表情のまま、不穏な雰囲気の脅し文句に、は? と、気の抜けた声で問い返せば、土御門はちらりと顔を横に向けた。その視線の先には、塀一つ隔てただけで隣り合っている家の屋根がある。


「いいのですか? 隣近所に触れまわりますよ。この家には妖怪がいる、と」


 窺うように視線を伊織にやった土御門は、意地悪気ににやりと笑みを浮かべる。突飛で現実味のない文句を、伊織は一笑に付した。


「何を馬鹿なことを。そんな」


「皆さーん! 聞いてくださーい! この家にはー」


「わー! 分かった! 上がっていい! 上がっていいから!」

お読みいただきありがとうございます。


もうすぐ一年の半分が終わるのかと思うと、不思議な感じがします。

なんやかんや引きこもり続きで、自堕落な日々を過ごし、一日の半分をとこの上で過ごすという身にもならない時を過ごしていただけに、あっという間な気がしてなりません。

そして、規則正しい生活は会社のお蔭で成り立っていたかと思うと、働くことの大切さが身に沁みます。

それでも働いている間にはつい思ってしまいます。働きたくない、と。

我儘ですかね。

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