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陰陽師がどういった存在なのか。正直、伊織にはよく分かっていなかった。
陰陽寮は飛鳥に都が置かれていた頃よりある機関のことである。この国の占い・天文・時・暦を司っている。
それくらいのことは、一介の武士である伊織でも知っていることだ。
しかし、こと妖怪が関わるとなると、話は変わってくる。妖怪とどうこうする国の機関など、聞いたことがない。確実なのは、このままあの男を連れて帰った場合、十中八九都合が悪くなるだろうことは分かっていた。
とにかく、鬼を撒かなければならない。地の利はこちらにあるのだから。
伊織は一本の横道に飛び込んだ。そのまま狭い道を進み、途中で左に曲がる。何度か方向を変えながら、先程とは別の大通りに出た。人を避けながら、また別の横道に飛び込む。
何度も裏道を使いながらも、元の通りへと戻った。やはり、一番近い道を行って、一刻でも早く家へ帰ることが最善だろう。
辺りを見回すが人の中に鬼の姿はない。胸を撫でおろし、ふと視線を横に流した時、思わず足が止まった。
夕日に照らされ、長く伸びた連なる屋根の影。その上に立つ、長く、大きな影を。
慌てて屋根を見上げれば、赤鬼の姿がそこにあった。が、すぐに鬼は屋根から飛び降り、姿を消した。どうやら、見られると都合が悪いらしい。今までも忍べていたとは言い難いが。
伊織は鬼が飛び降りたであろう場所を予測し、大通りから先程の路地へと入った。
何度か家の角を曲がっていた時、曲り角で反対から来た者とぶつかりそうになり、慌てて互いに身を引く。
目の前にいたのは、赤鬼だった。
赤鬼は慌てて踵を返す。伊織が、おい、と声をかけると足を止め、何とも気まずそうに、そろりと振り返った。
「俺を、尾けていたな」
「何のことやら」
声をかけておきながら返事が返ってくるとは思っておらず、伊織は目を瞬かせる。しかし、すぐに頭を振って、目の前の鬼に詰め寄った。
「あの、土御門とか言うお偉いさんの命か」
「お答えできません」
鬼は視線を泳がせている。わざとやっているのかと勘繰ってしまいたくなる程、隠すのが下手だ。そもそも、そんな答えでは、肯定しているも同じこと。嘘でもいいから、違う、と言えばいいものを。
「戻ってお前の主に伝えろ。話は明日、場所を改めて致しましょう、と。こんな真似は勘弁しろ、とな」
「承知致しました。お伝えいたします」
赤鬼はそう言うと、一礼してから素直に帰っていった。
「律儀か」
あまりにもあっさりと帰ってしまい、肩透かしを食らった気分になる。それでも、何事もなく帰れるのならば、それ以上のことはない。伊織は大通りに戻ると、家路へと急いだ。大通りでするつもりだった所用は次の機会に持ち越すしかない。
人のごったがえす場所を抜け、武家屋敷の立ち並ぶ通りへと出た。ここまで来ると、人通りがめっきり減る。
「花菱様」
どこからか呼び止められ、足を止める。辺りを見渡すが、人の姿はない。
「花菱様、こちらです」
何度かくるくると見渡し、ようやく声の出処を何とか見つけた。塀の隙間の小道で潜むように身を隠していたのは、豆腐小僧の豆助である。伊織は一人分の横幅しかない小道へとその身を滑り込ませた。
「久しいな。どうだ、景気の方は」
「お蔭様で。毎度贔屓にしていただいている花菱様には足を向けて寝られません」
それより、と豆助は声を潜めて伊織に近づく。己の口元に手を添えているので、何か周りに聞かれたくないのだろう。とは言え、豆助に耳を近づける。
「何か鬼の恨みを買うことをなさったのですか?」
「何故だ」
「青い鬼が、先程から花菱様の後ろを尾けておられるので」
伊織は慌てて後ろを振り返るが姿はない。しかし、豆助が商売相手である自分に嘘を吐くとも思えない。つまり気づいていないだけで、本当に青鬼が己を尾けているのだろう。
額に手をあて、深く大きなため息をつく。
本当に頭が痛くなってきた気が、彼はしてきていた。
お読みいただきありがとうございます。
また、新たにブックマークをしていただきまして、ありがとうございます。
遂に非常事態宣言が全国へと拡大されました。
「家にいられる」と喜べたのも最初ばかりで、こう長く続きますと、体にガタがきそうです。
ディスプレイばかり見ているのもあまり良いとは言えないですが、こうして小説を投稿している身としては、読んでいただきたいと思うところではありますが。
さて、先日小説投稿後に知ったのですが、第8回ネット小説大賞の一次選考を通過しておりました。
偏にお読みいただき、応援いただいております皆様のお蔭でございます。
今後、結果がどうなりますのか、期待して待つばかりです。




