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「しかし、これだけ傷があってお前はよく無事だったよのぉ。この男より酷くとも何らおかしくはなかったぞ」
「それは」
答えようとした時、伊織は視線を感じた。その方向へ顔をあげれば、廊下に鬼が立っていた。比喩などではなく、本物の鬼である。あの白い衣を纏っていた男が連れていた、赤い肌の鬼だ。伊織は慌てて目を逸らす。それでも赤鬼の視線は彼にそそがれたままである。
「それは、あれだろう。櫛松さんの剣の腕と俺の腕の違いだろう。その人からきし、ですし」
妖怪の話をするのを避けたのは、村濃に理解されないことよりも、鬼にその話を聞かれるのを避けたためだった。鬼は伊織の言葉に納得したのか、その場を後にする。
鬼と入れ違うように、九曜が部屋に飛び込んできた。
「花菱、奉行がお呼びだ。すぐに来い」
それだけ告げると、また慌てた様子で部屋を出ていった。伊織も仕方なく痛む体を押し、九曜の後について鷹匠のいる部屋へと向う。
部屋の中には鷹匠と例の男、それから青と赤の二人の鬼がいた。九曜は呼ぶだけが仕事だったのか、早々に退席していってしまう。一人残された伊織は廊下から鷹匠を窺い見た。
「お呼びでしょうか」
「うむ。こちらにおられる土御門殿だが、お役目のために暫く我らが藩に留まるそうだ」
突然男の紹介をされ、伊織は話がつかめずに、はぁ、と気の抜けた返事をしてしまう。鷹匠は気にする様子もなく、湯飲みに口をつけた。
「それ故、土地勘のある者の力を借りたいそうだ。此度助けられたこともあるのでな、奉行所としても手を貸さん訳にもいかぬ。それに土御門殿が花菱、お前がどうしても良い、と言われてな。病み上がりどころか傷も癒えぬうちで悪いが、この方が藩におる間、力になってやってくれ。その間の奉行所の仕事はせんで構わん」
未だ状況を把握しきれず、鷹匠の話に頭が追いつかず、はぁ、とまたしても気の抜けた返事をしてしまう。
「宜しく頼むぞ」
「承知致しました」
鷹匠の命ならば伊織には断る理由がない。と言うよりも、断ることなどできはしないのだ。
「短い間だが色々と、よろしく頼む」
土御門と言うらしいその男は、笑顔で伊織にそう言った。朗らかで柔らかい、あの笑顔である。しかし、後ろに控える鬼たちのお蔭でその笑みが威圧感を含む。
「はぁ」
何とか答えた伊織の顔は、引きつった笑みを浮かべていた。
お読みいただきありがとうございます。
気がつけば三年目も目の前に迫りつつあります。
年度終わりというものは、年末とはまた違うしんみりさを与えてくれます。
これまでお付き合いいただいている皆様には、感謝の気持ちしかありません。
キャラクターも随分出たなぁ、なんて思いながらいましたが、先程、投稿の時に気付きました。
第一幕から登場している雲居藩奉行の鷹匠孝之介ですが、今回初めて台詞を得ました。
自分でも驚きです。思わず過去の文章を読み返してしまう程でした。
さて、初登場は何話目でしたでしょうか。探してみるのも面白いかもしれません。
12/21 一部訂正致しました。




