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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第三幕――○○○(????)
62/280

15-(3)

 伊織は当然居所を知らない。山に入ってすぐ分かれ、それ以降彼がどうしているのか、分からない。踵を返す九曜を伊織は慌てて呼び止めた。


「九曜さん、櫛松さんがどこにいるのか、ご存知ですか?」


「いや、私は知らないが」


 九曜の答えに、伊織の顔から血の気が引く。


 今、この状況で一番危険なのは、もしかしたら櫛松ではないか、と思い至ったのだ。普通に考えて妖怪など見えるはずもない。帯刀などという名前に反して、てんで剣の腕の立たないあの人のことだ。大蜘蛛に襲われたら最後、抵抗などできる筈もない。


「九曜さん」


「何なんだ、さっきから」


「逃げる前に、櫛松さんを探してはいただけないでしょうか。お願い致します」


「は?」


「もしかしたら、今誰よりも危険なのは、あの人かもしれません。すぐに探して、一緒に山を下りてください。早く!」


「お前、先程から本当にどうしたんだ? 変わった奴だとは思ってはいたが、そんなにだったか?」


「そんなことはどうでもいいですから、早く!」


「そんなことって」


 九曜はいまいち得心がいってはいない様子ではあるが、ぶつぶつと文句をたれつつ仕方がなさそうに伊織の言葉に従う。




 これで安心、と胸を撫でおろしかけた時、ぞくりと伊織の背中を寒気が走った。いつの間にか外れていた視線を大蜘蛛に向ければ、笑っているのが感じ取れた。


「ほぅ。これは良いことを聞いた。まだ他にも人間が来ているのか」


 軽快で愉快気なその口調に、伊織の顔面は蒼白となる。後ろを振り返ったまま突然動かなくなった様子に、いよいよ理解できない、と九曜は額に手をあて、大きくため息をついた。


「喰らう人間はなにもお前でなければならぬ訳もない。見えるお前は手間がかかりそうだしの」


「待て!」


 大蜘蛛はそう言い残すと、糸を吐いて森の奥へと消えていった。制止の言葉と共に伸ばされた伊織の手は虚しく(くう)を漂うだけだった。





 このままでは本当に櫛松が命を落としてしまう。






 焦りからか乾いた口の中を無理やり飲み込んだ唾液で湿度を取り戻す。櫛松を探しに行こうと刀を鞘に納め袴に手を添えた時、後ろ襟を掴まれ勢いが削がれた。苛立つように首だけで振り返れば、呆れているのと困惑しているのとが混ざったような、何とも言えない表情の九曜がじとりとした目で己を見つめていた。


「何を焦っているのかさっぱりだが、落ち着け。少しは私にも分かるように行動してはくれないか」


 そんなことよりも急いで、と思えど九曜は伊織の襟を離そうとはしない。どうやら多少なりとも説明しなければこの場を離れることは叶わなそうだ。そう思い至り、呼吸を整えてから九曜に向きなおれば、彼はあっさりと手を放してくれた。


「一口では説明できないのですが、この山には恐ろしいものが巣食っております。この度の一件は、それが原因なのです。そしてその恐ろしいものは、今、櫛松さんの命を狙っています。」


「また随分と、輪郭の掴めん表現だな。しかし、何故それが分かる」


「それは」



 伊織は二の句が継げず、そのまま言い淀んだ。真っすぐに自分の目を見てくる九曜に耐え切れず視線を逸らしてしまう。花菱、と語気を強め、詰め寄る九曜から更に逃れようと顔を逸らすも、彼は逃がしてくれそうにはない。




 伊織は渋々と言うように、ゆっくりと口を開いた。

お読みいただきありがとうございます。


皆さまお気づきのことと思いますが、先日ネット小説大賞の運営から感想をいただきました。

昨年は何の音沙汰もなかっただけに、感動もひとしおです。

また、そのお蔭で一日の閲覧数が三桁まで跳ね上がった日もあり、数日間興奮から抜け出せませんでした。

感想から読み手にどう受け取られているのか、発見ができました。


皆さまも気が向きましたら感想などいただければ嬉しい限りです。

と、我儘が過ぎました。



これまで長くお付き合いいただいている皆様も、ご新規の方々、今後ともご贔屓いただければ幸いです。

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