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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第二幕――○○(??????)
46/267

11-(5)

「いや、その辺を散歩しておった」


 何の気なしに呟かれた伊織の言葉に、返事が返ってきた。言葉を挟まれると思っていなかった伊織は、驚きのあまり持っていた茶碗を落としそうになる。慌てて両手で受け止め、ほっと息をつく。佐吉も驚きから身を固くしている。


 何事もなかったように伊織の湯飲みに手を伸ばす老夫に、伊織は非難するようにじとりとした目を向けた。


「急に現れるの、どうにかしてもらえないか?」


「儂は急に現れているつもりはないんじゃがのぉ」


「ならば、今度から鈴でも腰から下げたらどうだ?」


「そんなことをしては人様の家に勝手に上がれなくなってしまうじゃろう」


 伊織は老夫の堂々とした主張にため息しか出ない。仕方なく佐吉にもう一膳用意させ、自分は食事に戻った。


「翁様、と申されますので?」


 膳を持ってきた佐吉がそう尋ねると、老夫は、そうじゃ、と答えた。佐吉の置いた膳は翁から少し離れた所で、老夫は自分の前に引き寄せる。老夫の姿が見えない佐吉は、勝手に動いた膳にびくりとした。


「改めて。儂はぬらりひょんという妖怪じゃ。人からも妖怪からも『(おきな)』と呼ばれておる。これからよろしくのぉ」


「これはご丁寧に。こちらで下働きをさせていただいております、佐吉と申します」


 お互い深く頭を下げているが、佐吉は翁のいない方へ頭を向けている。翁はあっちだこっちだと言い、佐吉を自分のいる方へ向かせようとするがなかなか上手くいかない。なんとも噛み合っていない様に伊織は笑いを堪えながら食事を済ませた。


「ごちそうさん」


「お粗末さまでございます」


 伊織は立ち上がると部屋に刀と羽織を取りに行く。その間に佐吉は彼の膳を片付けはじめた。




 翁が一人ぽつんと食事を続けていると、廊下の奥から擦るような足音が近づいてくる。顔をそちらへ向ければ、廊下から支度を済ませた伊織が部屋を覗いたところだった。羽織袴で腰には脇差が差され、右手には刀を持っている。


「翁、俺は出るが好きに過ごしてくれて構わん。ただし、他人様の家に行くのは暫く控えてくれ」


「武家もか?」


「ほとぼりが冷めるまでは止めてくれ」


「相分かった」


 仕方がないという風に答え、音をたててゆっくりと茶を啜る。翁の膳はいつの間にか空になっていた。

 伊織は廊下から部屋の中に身を乗り出すと顔を台所に向ける。


「佐吉」


「へい」


「付いて来なくて良いから、翁のことを頼む」


 伊織に着いていく為に片付けを中断しようとしていた佐吉は手を止めた。


「旦那様。ですからあっしは見えないと何度も申し上げてるじゃありませんか」


「それは承知している。だが、客人は客人。どうすれば良いかは己で考えろ」


「はい?」


「では行ってくる」


「え、ちょっと、旦那様!」


 伊織は佐吉に軽く手を上げると、そそくさと玄関へ向かう。佐吉の制止に一切耳を貸すことなく、そのままさっさと出掛けていった。




 残されたのは佐吉と、佐吉の目には写らない翁の二人。伊織へ向けて伸ばされた佐吉の手は行き場を失い、空中に残されている。


「大変よのぉ」


 翁は他人事のように茶を啜った。他人事には違いないが、その声は佐吉を憐れむというよりは面白いものを見た時のものである。


「どうしろってんだ」


 佐吉の嘆きに答える者はおらず、虚しく台所に響くだけであった。

お読みいただきありがとうございます。


先日、とある長時間バラエティ番組を見ておりましたら、大学時代に関わりのあった方がテレビに出ていました。あの頃、普通に話していた相手がテレビの向こうの人になっていたことは、本当に驚きでした。

ここで名前は挙げませんが、自分は陰ながら応援したいと思います。

自分もいつか名の知れた人間になれたら、その相手と正面切って会えるようになるのでしょうかね。

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