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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第二幕――○○(??????)
44/280

11-(3)

 佐吉がいなくなり、昼間と同じく家には老夫と伊織の二人きりとなった。伊織が酒を用意しようと賄い場に入ると、既に佐吉によって酒と肴が用意されていた。小皿には家の裏でとれた野菜の糠漬けが切って並べられている。



 それらを持って居間に戻れば、老夫が咥えようとしていた煙管懐に戻した。


「吸わないのか?」


「話の後にの」


「そうか」



 伊織は持っていたものを床に置く。通い徳利から直接二つのぐい呑みに酒を注いで、一方を勢いよく飲み干した。


「ならば、面倒な話は先に済ませよう。村でも言ったが、鴨瀬村からは手を引いてもらいたい」


「対価は何じゃ?」


 老夫は帯に差してあった扇子を弄びながら尋ねる。口許こそ笑っているが、目は一切笑っていない。伊織は言いにくそうに口ごもるが、意を決して自らの案を口にした。


「その代わりに、奉行所の人間の飯ならば好きにしてくれて構わない」


 老夫は、は? と気の抜けた声で問い返す。


「それでよいのか? 本当に。それでは何も解決しとらんだろう」


「構わん。鴨瀬村からこれ以上訴えが上がらないようにするのが俺の此度の役目。領民の為に武士が多少犠牲を払うのは当然のことだ」


 至極真っ当であると言わんばかりに、伊織は堂々と言い切った。


 老夫は額に手を当て、ため息と共に頭を抱える。この男は本当に、何を考えているのか見当がつかない。お役目の打開策として、武士が最も考えそうにないことを、この侍は考えるばかりか口にしたのだ。指の隙間から伊織を覗けば、答えは如何にという顔で老夫を見つめている。


「お前さん、変わっとると言われるじゃろう」


「そうだな。よく言われる」



 躊躇いなく返された答えに老夫はため息を溢すばかりである。老夫にはいよいよ、伊織という人物が分からなくなってきた。しかし、伊織にとって『変わっている』という言葉は、強がり等ではなく本当によく言われる言葉なのである。




 老夫は扇の尻の部分でがしがしと頭を掻くと、分かった、と膝を打った。


「その条件、飲もう。お前さんら武家の家に入る代わりにあの村を含めた農村に手を出さん。これでよいか?」


「あぁ。決まりだな」


 伊織は自分の杯に酒を注ぎ、目の前に掲げた。老夫も置いてある杯を手にすると、伊織と同じように目の前に掲げる。二人の間で突き合わされた杯を、二人は同じ拍子で一気に煽った。




 話し合いの末の盃も終われば、あとはただの呑むだけとなる。杯を傾けながら、小皿の上の漬物を口に放り込んでいく。


 数口酒を口にしたところで、老夫が懐から出した煙管を咥えてた。


「火ぃあるかい?」


 歯で器用に煙管を揺らしながら尋ねられ、伊織は黙って床の間に置いてあった煙管盆を差し出した。しかし盆の中の炭は消えている。仕方なく付け木で行灯から炭に火をつけてやった。


 老夫は煙管を吸い、器用に葉へ火を移す。ちりちりという音をたて、葉が燃えてゆき、先からは紫煙が昇っていった。


「吸うなら、縁側に行かないか?」


 伊織がそう言いながら開けた雨戸の先には、満月から少し欠け始めた月が昇っている。座っている老夫にも屋根からわずかに顔を覗かせる月が窺えた。


「そうじゃのぉ」


 灰落しの縁に雁首を打ち付けると、煙管盆を手にのろのろと縁側まで出てくる。そのまま開いた障子戸の目の前に腰を落ち着けた。

お読みいただきありがとうございました。


仕事の上でも文章を作ることがあるのですが、趣味は仕事にするものではないですね。

幼い頃、小学校の先生に言われたのですが、先人の言うことは馬鹿にできないものですね。


世間は夏休みに入り、気温は上昇の一途を辿っています。

熱中症にはお気を付けください。


さて、話は変わりますが、この十日でなんとブックマークと評価がまた増えておりました。

本当にありがとうございます。心より感謝申し上げます。

これからも精進してまいりますので、よろしくお願い申し上げます。

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