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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第二幕――○○(??????)
38/280

10-(1)

 伊織は奥にいる老夫から、目を逸らせないでいる。別段変わった所があるわけではない。にも拘らず、その老夫の食事風景が気になって仕方がなかった。


 じっと見ていると、老夫は視線に気がついたのか、手を止めて顔をあげた。顔のあちこちにも皺が彫り込まれている。


 伊織と老夫の目が合う。老夫は驚いたように目を見開くが、顔や視線を逸らそうとはしない。驚いたまま、ただじっと伊織を見つめていた。


 老夫が何故驚いているのか。何に驚いているのか。伊織には分からない。




 急に、でねぇ、と声がかかる。意識が老夫に向いていた伊織は驚き、身を固くした。声がした方を見れば、田吾作が距離を詰めて伊織に迫っていた。伊織はまた身を固くし、更に体を退く。


 力説しながら迫る田吾作に意識を向けつつ、再び家の奥に視線を向ける。






 彼の意識が逸れたのは、一瞬のことだった。その筈である。





 伊織の視線の先。食卓に老夫の姿は、もう無かった。姿どころか、気配も感じない。



 伊織が驚愕のあまり動けずにいると、それに気づいた田吾作の嫁も家の中に顔を向けた。田吾作も遅れて家の中を見る。


 家の中には誰もいない。昼げの支度がなされた食卓が、そこにあるだけである。三人は軒先で黙って家の中を見ていた。



 最初に気が付いたのは、嫁の方だった。口に手を当て、甲高い悲鳴を上げる。顔色はみるみる悪くなり、その場に膝から崩れ落ちた。体が小刻みに震えている。


「一体、どうしたってんだ?」


 田吾作は背中を撫でながら、優しい声色で問いかける。彼女は口を覆ってない方の手を伸ばし、食卓を指差した。


「減ってる。支度していたご飯が、減っているんだよ!」


「なんだって!」


 田吾作は家の中に駆け込み、食卓を覗き込む。平静を取り戻した伊織も、失礼する、と一言断ってから家の中に入る。


 茶碗にあったであろう米は明らかに減っているのは察しがついた。嫁がごはんが、煮物が、と嘆いていることからおかずの煮物が減っているのも窺える。


「ちくしょう」


 田吾作がその場に座り込む。嘆く声に力はない。何度目かは分からずとも、夫婦に相当堪えているのは分かった。


 二人が感情的になっているのを見て、伊織は冷静さを取り戻した。家の中を見渡すが、出入り口は一ヶ所しかない。窓もあるが、出ていけば分かった筈だ。食卓には箸が二膳、夫婦の分だけ用意されている。



 つまりあの老夫は、招かれざる客だったことになる。そして老夫は事もあろうに、役人である伊織の目の前で飯を盗み食べ、逃げおおせて見せたのだ。


 伊織が家の中を見ながら歯噛みしていると、騒ぎを聞きつけた村人たちが家の回りに集まりだした。村人たちは、またか、と話ながら家の中を覗きこんでくる。伊織は騒ぎに巻き込まれないように田吾作の家を出た。既に集まっていた人に白い目で見られたが、構わず渦中から逃れた。


 距離をとってから振り返れば、田吾作の家の回りには村の人間のほとんどが集まっているように見えた。伊織は更に早足でその場を離れ、五兵衛の家へ向かう。




 五兵衛は伊織が戻ってくるのが分かっていたのか、正座をし両手を揃えて床に付いて待っていた。伊織の姿を見るや、床に額を擦り付ける。


「お役人様。見ていただいた通りです。どうか、どうか助けて下さいませ」


 五兵衛の声からは切迫ているのが感じとれた。


「ああ、最善を尽くそう。今日のところはこれで失礼する」


 伊織は早口で言い切ると、五兵衛の家を後にした。五兵衛は伊織に聞こえない程度のため息をつく。今度の役人も駄目なのだ、と。





 伊織はずっと、あの老夫のことが気にかかっていた。だが、悩んだところでその疑問が解ける訳もなかった。

お読みいただきありがとうございました。


新キャラが出てきたわりに、なかなかしゃべってくれません。

老父はいつになったらしゃべってくれるのでしょうね。


話は変わりますが、たまに突然増えるPV数。一気読みしてくださる方がいらっしゃるようで、嬉しい限りです。

皆様が一気読みしたくなるよう、以前更新した話を読み返したくなるような伏線を、張れるように頑張ってみたいと思います。自分にできるのか甚だ不安ではありますが、頑張りたいと思います。


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