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鴨瀬村に到着した伊織は、まず名主の元を訪ねることにした。訴状について聞くためである。出迎えたのは名主とその妻の二人。中に通され、上座に座った伊織は名主と向き合った。
名主は五兵衛と名乗った。訴状にもその名があり、訴え人はこの男で間違いないと判断した。
「訴状を書いたのはお前で間違いないようだな」
「いえ、あっしは字の読み書きはできません。それは光明寺の和尚様に書いていただきました」
「代筆か」
「はい。ですが、書いていただくことを考えたのはあっしで間違いありません」
「そうか。では、訴えについて詳しいことを聞こう」
「はい」
五兵衛は少しも躊躇うことなく話始めた。
最初は、淹れていた筈の茶が無くなっている、といったものだった。取り立てて騒ぐこともない、と村の全員が考えていた。しかし、田を休める時期に入った頃、茶だけではなく食事までもが無くなるようになった。よそってあったご飯が無くなる。おかずが減っている。そう言ったことが続くようになり、名主の元に訴えが届く毎日。ついには村の家で被害に遇っていない家がなくなった。そこまできて奉行所に訴えを上げたのが昨年の師走のこと。奉行所から何人もの人が解決の為に村を訪れたが、三月経ったが解決には至っていない。
「村と致しましても、このままでは年貢にも差し障るかと思いまして、一刻も早く片がつけばと」
五兵衛の話は、伊織が兵衛から聞いた話とたいして変わらないものだった。五兵衛も何度も来た同心たちに話をしているせいか、滑らかな口調で語っていた。
伊織は同じ話を二度も聞く気はなく、話半分に聞きながら五兵衛の家の中を目線だけで見回していた。家の中に壊れた箇所はなく、置いてあるものも壊れたものはない。壊れた痕があっても修繕されている。だが、裕福と言い張れるほど物はない。暮らしに困らない程度だ。放っておいてもこの村から死人が出ることは無いだろう、なんてことを考えていた。
だが、訴えが上がってこないようにと命令を受けている以上、伊織は何としてもこの一件を解決しなければならなかった。
「おおよそのことは理解した。取り敢えず、村を一通り見て回らせてもらおう」
「では、あっしが案内致しましょう」
「いや、大丈夫だ。好きに回らせてもらう」
「左様でございますか」
伊織は五兵衛の提案を断り、一人で村を回った。村では田起こしまでまだ日があり、稲株が見てとれる。畑では葱が収穫を向かえ、同時に野菜の苗を植えていた。
畑で作業をする者に声を掛け、話を聞く。その中で、自分が村で一番被害に遇った、と言う者がいた。その男は、田吾作と名乗った。
田吾作に家まで案内してもらい、彼が声を掛ければ中から女が出てきた。田吾作の嫁である。
「もう、三日に一度はやられてるんじゃないかって位なんですよ」
「最初はかかあが嘘ついてるのかと思いましたがね。他の連中もやられたって言うから、うちのもそうなのかなって」
「なんだい。あたしを疑ってたのかい?」
「おうよ。お前は食い意地が張ってるからなぁ」
「なんだって!」
伊織に説明する筈だった田吾作夫婦は、伊織そっちのけでそのまま痴話喧嘩を始めてしまう。夫婦喧嘩は犬も食わないな、と伊織は半歩身を引いて距離を取った。少しでも巻き込まれないためだ。
ふと目端に夫婦以外の動く影が見え、伊織の目が家の奥に向く。視線の先には用意したばかりの昼げが並んでいる。
その席に老夫が一人座っている。老夫は自然とその場に溶け込み、皺だらけの手で、事も無げに食事をしていた。
お読みいただきありがとうございました。
前回の話のタイトルがその前の話と重複しているのに今日の今日まで気が付きませんでした。
申し訳ありませんでした。
実は本日、自分の職場の先輩数名が仕事帰り、自分の部屋に遊びに来ました。
引っ越してから初めて人を上げたのですが、いやはや、自分がまさかあんなにも他人をパーソナルスペースに入れるのが苦手だとは思いもよりませんでした。
謎の自分ルールや自分のテリトリーを他社に侵されたくないという願望は、誰もが持っているものだと、当たり前のことであると少し願ってしまいます。
さて、投稿前にアクセス数などを確認していますと、ユニーク数が1000を突破しており、またアクセス数も2800まであと2となっておりました。
本当にありがとうございます。
そろそろ更新を初めて一周年となります。これからも何卒宜しくお願い致します。




