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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第二幕――○○(??????)
32/297

8-(3)

「そうではありません。獣であろうと人の中で暮らし、人を食らわぬものもおります」


「では何が言いたい」


 慌てた染五郎は、普通なら武士に対してしない筈の手振りをつけて否定をした。伊織は彼の遠回しな言い方に苛立った口調で聞き返す。


 染五郎は自分が両手を振って否定していることに気付き、急いでに手を膝に戻した。


「本来の、本質の話にございます。猫又は人を惑わし誑かすが故に、人に化けた時の容姿は万人に気に入られるような姿になります。その姿に心動くのは仕方のないこと。人故に起こることにございます」


「つまり、猫又に心惹かれることがあろうと、それは単に化かされているだけのこと、と言いたいのか?」


「左様にございます。ですので、すゞがどのような態度を取ろうと、それは猫又の性がそうさせているに過ぎないのです」


 成程な、と手を顎に当てて伊織は呟く。彼はこれまで何度かあったすゞへの心の動きに納得していた。



 廊下ではすゞが支度を終え、漸く部屋に近づいていた。覚束無い足取りで、柱を便りに客間の隣の部屋の前まで来た。


努々(ゆめゆめ)心惑わされることの無き様」


 障子越しにうっすらと染五郎の声が聞こえ、すゞの足が止まる。影が中に見えない位置にしゃがみ、会話に耳を傾けた。



 伊織は染五郎の言葉を鼻で笑う。染五郎の体が小さく跳ねた。


「杞憂だな。俺が猫に惚れるなど、あり得ん話だ」


 嘲笑混じりの言葉に、すゞの息が止まる。伊織に対して惚れた腫れたという気持ちは無い。しかし、あっさりと断言され、少し寂しい気持ちになっていた。


 不思議と手を胸に当てている。すゞは自分の動きに、心に首をかしげた。



 一方、伊織の反応を正面で聞いていた染五郎は安堵したように息をついた。嬉しそうに口角は上がり、笑みをこぼす。


「それを聞いて安心致しました。妖怪と人との恋路など、辛いだけにございますからね」


 そう言うと湯飲みを啜った。湯気などとうの昔に上がらなくなっており、最早水と言っても過言ではない。伊織は何も言わず、同じく水になった白湯を一気に煽った。




 そうだ、と伊織の声にすゞは慌てて障子戸を開けた。これ以上こんな話が続いたら、と思ってのことだった。次いで、お待たせ、と中に声をかければ、染五郎と伊織は会話を止め、彼女に視線を向ける。すゞの顔は真っ赤になっていた。


 染五郎は席を立ち、すゞに寄り添う。背中に手を添えれば、すゞは反射的に体を震わせた。


「大丈夫か?」


 染五郎がそう問えば、すゞは伏し目がちに頷いた。それを確認し、染五郎は伊織に向き直る。


「では、我々はこれで」


 染五郎は両手を揃え、深々と礼をすると部屋を出た。すゞも廊下に三本指を揃え、深く頭を下げる。


「暫し、お暇をいただきます」


 暇と言う言葉には仕事を辞める意味もある。顔をあげ、伊織の表情を伺う勇気は、彼女にはない。身をを固くするすゞの姿に、伊織は小さく笑いを溢した。


「あぁ。落ち着いたらさっさと戻ってこい。仕事はあるのだからな」


 すゞは弾かれたように顔をあげた。伊織はいつもと変わらない表情のまますゞをみている。彼女の心配は杞憂だったらしい。


「はい。行って参ります」


 すゞは満面の笑みで応えた。伊織の喉が上下したのを染五郎だけは見ていた。

お読みいただきありがとうございました。


私事ですが、この度引っ越しをしました。

そして早速、荷物の一部が届きません。

前途多難です。これからの生活の先行きが不安で仕方がありません。

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