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第3話 疑惑と憤怒と使命感

 1


 騎士団の野営地に到着してから、二時間ほど。

 すっかり陽が沈んだので、松明が焚かれている。また、個数は少ないが、魔術による明かりもところどころに設置されているため、昼ほどの明るさは無いものの、書物を読んだり周りの人間の顔を確認したりする程度の明るさは確保できている。

 シユウは腕を組んで、目の前に整列された鋼鉄を睨んでいた。傍らでは、レティシアが支給されたビスケットを食べている。あまり美味しいものではないらしく、「むー」だの「うー」だの、不満そうな声を上げている。

「やっぱ、こうして見ると圧巻だな」

 整然と横一列に並ぶ鋼鉄。それは、実に奇妙な形をしていた。

 人の形――をしているのだが、頭の部分がなく、ずんぐりむっくりとした胴体に手足がついている。胴体のところどころには小型の砲身が搭載されており、上の部分は船のデッキのような形になっており、人がそこに乗りこめるようになっている。

 これが、魔導機兵だ。

 魔術の力で動き、非常に硬質なボディを持っていること。淡々と進撃をしてくること。これらのことから、古代文明の産物である魔物、『ゴーレム』に酷似していることが解る。魔導人形がよく無機質な存在だと言われるが、この魔導機兵の方が本当の人形に近しいとも言えるだろう。

 発掘されたという魔導機兵はほとんどがスクラップと化していたが、いくつかは無事原型を留めており、修理をすれば何とか動かせそうであったため、此処に並べたのだ。

 これを修理すれば、魔物の討伐も楽になるだろう。そう考えていた者が多く、誰もが歓喜していたのだが、どういうわけかシユウの表情は優れなかった。つい先程まで、シユウは魔導機兵を弄れることに対して喜んでいたのだが、今になって何処か忌々しげな表情を見せている。

「レティシア、これが発掘されたっていう魔導機兵だよな?」

 視線を魔導機兵に向けたまま、シユウはレティシアに尋ねた。

「はい。先程話を聞いたのですが、アルトマン大尉がそう言ってマシタ」

 レティシアはビスケットを食べるのを一旦止めて、淡々と応える。

 ちなみに、正確にはレティシアは軍部の人間ではない。というのも、未だ市民権を得られておらず、階級を与えられる立場ではないのだ。魔導人形の市民権については度々騒がれているが、未だ上手く通らないのが現実である。尤も、市民権を得たところで、ある程度の法律が敷かれている今日では、大きな違いはない。せいぜい、真っ当な職に就きやすくなるといったところだろう。

 しかし、それでも優れた能力を持っているとのことで、シユウの助手として働いている。主な作業は情報伝達やら報告書の整理やら、事務的なものばかりなのだが、それでも一生懸命に働いてくれているのを、シユウは知っていた。それに、彼女がいなければ、このような場所に来ること自体が出来なかっただろう。レティシアもまた、メンテナンスをしてくれる相手として――いや、それだけではなく、シユウのことを大切な人だと思っている。

 お互いに信頼しているからこそ、二人が出会ったあの日から、今もこうやって関係が続いているのだ。

「果たして、こんな型が大戦時にあったか? そもそも、何でこんな場所から大戦時のものが発掘されたのか? 解らないことばかりだな」

 立場上、シユウは過去の歴史書に目を通すことがあるのだが、どうも不可解な点があった。

「魔導機兵は、いつ頃から使われていたのデスカ?」

 最後のビスケットを食べ終わったレティシアが、興味深そうにシユウに尋ねる。だが、すぐにそれが間違いであったことに気付く。

「そうだな。魔導機兵が使われ始めたのは、魔導工学文明が栄えてから間もなくのことだ。六八五年にあった第二次ブラウマリス会戦が代表的だな。当時使われていたのが、《ユミル》っていう奴なんだ。当時の技術だと、銃弾を大量に装填しただけの単純な型がメインだったワケだ。今と比べりゃ性能もショボいが、当時は各地の戦線で大活躍したらしい」

 ああ、また始まってしまった、とレティシアは溜息をついた。魔導工学について聞いてみると、得意気な彼の会話が始まるのはいつものことだった。こう言う時くらいは、前置きなしで話して欲しいと、レティシアは思った。

 レティシアはぶすっとした表情をシユウへと向けるが、相変わらず彼の視線は、正面の魔導機兵へと向けられている。

「昔は魔術や騎馬隊によるチャージがメインだったからな。でも、それを覆したのが魔導工学なんだ。一時期は、飛空艇による爆撃もあったが、あまりにもリスクがデカいのと被害がシャレにならないってので、戦争において飛空艇を使うことは各国の条約で禁じられるようになったんだ。当然だよな、下手すりゃ飛空艇一隻で国をひとつ滅ぼすこともできるからな。俺としては、魔導工学を戦争に使うってことが許せないが……、当時の情勢を考えるとそうも言ってられなかったんだろうな。幸い、魔導工学兵器が使われた戦争ってのは、片手で数える程度しかないんだが――」

 レティシアの頬がむーっと膨らんでいく。

「で、話を戻そう。この魔導機兵は――」

「ご主人サマ」

 レティシアは痺れを切らして、シユウの腹部に拳をめり込ませようとした。

 しかし、ギリギリのところで気付いたのか、シユウはレティシアの拳をひらりとかわす。

「別に蘊蓄を披露するわけじゃないさ。この魔導機兵の種類ってのが結構大事なんだ」

 どうやら、知識の披露をしようとしたわけではないらしい。改めてシユウの表情を見てみると、いつもより真剣な顔をしているのが、レティシアにはすぐに解った。

「種類デスカ?」

「ああ。一口に魔導機兵つっても色々あるんだよ。射撃戦に特化したヤツや、接近戦を想定したヤツ、船上での戦いを想定したヤツとかな。大きな戦いも無い今では、汎用性の高い型や、補給を重視した機動性の高い型が使われているワケだが――」

 よっこらしょ、と言いながら、シユウは原型を留めていた魔導機兵に乗り込んだ。

 乗り込んだ場所には、様々なトリガーやハンドルが取り付けられていた。どれも特殊な金属を組み合わせただけのものなのだが、これを駆使して魔導機兵を操るのだ。

「…………」

 試しに何度か機器を弄るが、動く気配はない。金属質な乾いた音が、空しく響くだけだ。

 動かない原因は解っていたのだが、シユウの表情は優れなかった。それどころか、疑いとも取れるような視線を、何やら話し合っている兵士達へと向けている。

 シユウの視線に気付いたのか、ルートヴィヒが魔導機兵の方へと歩いてきた。

「セイヴァル准尉、作業の方はどんな感じかな?」

 やや高めの――澄んだテノールの声で、ルートヴィヒが魔導機兵の上で作業に当たっているシユウに尋ねる。

「…………」

 シユウの視線は、再び機器へと戻されていた。聞こえていないのか、ルートヴィヒの問いかけにまったく応える様子は無い。

 本来ならば、上官の問いかけを無視することは、失礼にあたる。場合によっては、軍規違反として懲罰を受けてしまうこともあり得るのだが、それを知らないのか、あるいは知っていて無視しているのか、シユウは黙々と作業を続けている。

「ええと、セイヴァル准尉?」

「申し訳ありマセン。ご主人サマは一度作業を始めると、このように周りが見えなくなってしまうのデス」

 流石にマズいと思ったのか、申し訳なさそうにレティシアが弁解する。

「あー、いや、忙しいのに声をかけたこちらにも非があるからね」

 ぽりぽりと頭を掻くルートヴィヒ。

「でも、相変わらずというかなんというか」

「やはり、昔から無茶をなさる方だったのデスカ?」

 レティシアはビスケットを齧りながら、不安そうな表情を浮かべるルートヴィヒに尋ねた。

「無茶というか、なんていうのかな。一つのことに集中すると、ついつい周りが見えなくなっちゃうんだよ、シユウ君は。努力家なのは解るんだけどさ」

「本当に、ご主人サマはこれだから……。以前も、大怪我した時にお世話になったみたいで、ウチのご主人サマが申し訳ありマセン」

「いやいや、戦神シャール様の神官として、当然のことをしたまでだよ。まあ、僕のような神官の出番がないのが一番なんだけどね」

 レティシアに向けて、ルートヴィヒは微苦笑を浮かべた。

「もう、いつまでお待たせする気デスカ、ご主人サマ。本当にいつもいつも……」

 不機嫌そうに愚痴を漏らしながら、レティシアはシユウが作業に当たっている魔導機兵に乗り込もうとした。

「ああ、悪い悪い……じゃなくて申し訳ありません、アルトマン大尉」

 レティシアが乗り込もうとしたのを見て、ようやくシユウは顔を上げた。

 少し前に、礼儀のことでレティシアに鉄拳制裁を食らったばかりなので、シユウは一旦作業を中断して、魔導機兵から飛び降りた。

「ちょっと、聞いても良いですかね?」

 やや慇懃無礼な感じになってしまうのは、シユウの性格のためなのだろう。しかし、そういった礼儀に対してはあまりうるさくないのか、ルートヴィヒは気にした様子は無い。

「何かな?」

「確認みたいなもんですよ。この魔導機兵は、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも……、地下遺跡で発掘されたものだよ。大戦時のものだって言われているみたいだけどね」

「大戦時? そりゃおかしいですね」

 シユウの表情が、鋭くなる。

 ルートヴィヒは彼の視線に、思わず身を縮ませた。初めはしがない技師にしか見えなかったが、これ程まで真剣な表情を見せるとは思ってもいなかったのだ。

「これは《スルト》って型で、火炎放射機能を搭載した、殲滅を重視した型です。あと、拠点防衛にも使えます。まあ、型の名前や使用用途は一先ず置いておきましょうか」

「どういうことだい?」

 ルートヴィヒは焦りとも思えるような表情を見せたまま、シユウに尋ねた。

「大戦時には、こんな型の魔導機兵は無いんです。比較的新しい型なんですよ、こいつは。此処二、三年で作られたものってところですね」

「それは……」

 シユウの洞察力に唖然としたのか、あるいは慣れない魔導工学の知識についていくのが厳しいためなのか、ルートヴィヒは言葉を詰まらせた。

 しかし、そんなルートヴィヒを気にした様子も無く、シユウはさらに話を続ける。

「そもそも、何故最近の魔導機兵が、こんな辺境の遺跡にあるのか。これが、第一の謎なわけです」

「他にも何かあるのかな?」

「魔物ですよ。此処に来る途中、ゴブリンの襲撃を受けたんです。確かに奴らは集団行動をとりますが、あまり賢くは無い。それにしては妙に連携が取れていて、クロスボウなんかも器用に使ってきたんですよ。冒険者などから奪ったとも思えますが、装備品を見ると妙に新しくてね。おかしいと思いませんか? これが、第二の謎です」

「ああ、こちらも魔物の討伐に追われているからね。最近、妙に動きが活発なんだよ」

 ゴブリン相手に手を焼いているらしく、ルートヴィヒは額に指を当てて首を横に振った。

「俺は技術部の人間なんで、魔物の生態とかには詳しくはないんですけどね。中には人間と親しい――まあ、傭兵とかそんな感じで働いているようなヤツがいてもおかしくないんじゃないかと思うんです。そして、何者かが魔物に武器を提供しているとか」

「何を……」

「それと、汽車の中で妙な噂を聞きましてね。貴方達は知りませんか? 帝国に対する、反乱勢力の噂も聞きました。友人として、あまり疑いたくはないんですが……」

「よしてくれ。僕も、シュタイナー殿も、反乱を企てようだなんて思ったことも無い」

 シユウの言葉を遮るように、ルートヴィヒが口を開いた。

 今までの焦ったような表情とは打って変わって、何処か不満げな――見方によっては静かに怒っているかのようにも見える表情を露わにしている。

「は?」

 突然の豹変ぶりに、シユウは呆けたような声を出してしまう。

「君の今までの言葉を聞いていると、どうもね」

 ただ、淡々と。

 ルートヴィヒはシユウに真っ直ぐと視線を向けて、言葉を続ける。

「我々も、帝国軍人だ。国家に対する忠誠は、機械ばかり弄っている君達よりは強いと自負しているよ」

「何を――」

 エリート意識という奴だろうか。その手のものが嫌いなシユウは思わず反論しようとしたが、傍らにいたレティシアが無言で制する。この場で事を大きくしたくないということと、シユウの身を案じてのことだ。

「さっきも言ったけど、この遺跡調査は魔物の討伐がメインなんだ。ラウル周辺で魔物の動きが活発になったという報告が入っていてね。それで、バーンシュタイン地方の領主であるユリウス・シュタイナー少将が、独自に軍を動かしたんだ。君の言っている通り、妙に装備品の優れた獣人が多いというのも気になってね」

 それが真実かどうかは解らない。勿論、シユウの疑念も推測にすぎないわけなのだが――

「何より、僕は戦神シャール様の神官でもあるからね。シャール様の名に誓うよ」

「……ああ、そうか」

 すっかり忘れていたが、このルートヴィヒは敬虔な神官でもあった。

 かつて世界は神々が統治していたと云われており、信仰しているのはその内の一柱である戦神シャールだ。確か、シャールの教義では、義に反する行為は禁じられているのだ。つまり、国家に対する不義である反乱は、シャールの信徒にとって最も忌むべきことのひとつだ。

(今じゃあ神々に対する信仰も薄れつつはあるが、こいつはオフの時は、しっかり礼拝行ってたっけか……)

「ご主人サマ。この人、嘘言ってマセン」

 成り行きをずっと見守っていたレティシアが、ついに口を開いた。

「アルトマン大尉が敬虔な信徒であることもありマス。でも、ご主人サマが作業をしている時に、色々と話を窺いマシタ。アルトマン大尉が、周囲の魔物に対して、魔導機兵を上手く使えないものかと話し合っていたのデス。それに――」

「それに?」

「瞳を見れば解りマス」

 改めて、シユウはルートヴィヒに視線を移す。

 やはり、真剣な表情だ。ただ、真っ直ぐと――シユウへと視線を向けている。

「…………」

 ああ、本当だ。

 まだ確固たる根拠はない。それでも、シユウは改めて認識させられた。この人物が、偽りなく話しているということを。

「いや、なんか悪かった……じゃなくて申し訳ありませんでした」

 今までの非礼を詫びようとしたが、つい素が出てしまい、シユウは慌てて言い直す。

 尤も、シユウとしてはまだ不満が残っているのだが――

「ああ、口調はいつも通りで構わないよ。それに、君が敬語を使ってるのを見ると、どうも不自然だよ」

 ルートヴィヒもまた、態度を和らげる。

「でも、何でお前達だけで調査に当たろうとしたんだ、ルートヴィヒ。魔物の討伐だけならともかく、情報部の奴らに力を借りた方が、効率いいだろ?」

「僕もそう思うんだけど、けじめってやつだと思うよ。嫉妬をしているように思われも仕方が無いけど、最近は平民出身の者達が台頭してきているだろ? 貴族にはネームバリューみたいなものがあってね。ある程度の功績を残さなければ、示しがつかないんだ。シュタイナー少将はあの性格だから――」

「あのオッサンやる気だけはあるからな」

「本当だよ……」

 つまり――

 平民から舐められないように、また、帝国貴族の威厳を守るために、自分達だけで動こうとしたのだ。それは自己中心的にも思えるが、理に適っているともいえる。国を思う気持ちは同じなのだ。

「なるほどな。お前の言ってることが全て正しいとは思えないけど、何となく解るよ」

「ある程度の上下関係がなければ、国は成り立たないからね」

 度の過ぎた実力主義は、国を滅ぼすこともあり得る。全ての者にチャンスがあるということは、裏を返せば完全な弱肉強食の世界となる。そこにあるのは、血で血を洗うような戦いだ。

 だからこそ、ある程度の上下関係を作り、国を安定させているのだ。その中で上に立つ者が功績を残さなければ、下々の者から舐められてしまう。実力主義であるが故に、上に立つ者として功績を残すのは、彼らの義務とも言えるのだ。

「それより、さっきこの魔導機兵が最近の型だと言ったね?」

 何かを思い出したかのように、ルートヴィヒが口元に手を当てて考え込む。

「ああ。そのことについては、疑って悪かったよ」

「いや、そうじゃない。さっき言ってた魔物の件や、反乱勢力の噂というのが気になってね」

 もし、実際に反乱勢力が動いているとするならば――

「レティシアさんが言ってた通り、恐らく、というより十中八九君をよこしたのはシャルフェン中佐だろう。魔導工学に関して詳しい君をよこしたのは解るけど、それ以前から周囲の調査を彼が行っていたことを考えると、何者かが動いていてもおかしくない」

「ご主人サマ」

「だな」

 レティシアと考えていることは一緒だった。

「俺達が行ってみるしかないか」

「待ってくれ、遺跡の奥に行くのかい? 流石にそれは……非戦闘員の君達を行かせるわけには行かないよ。現場責任者として、そして神官として。そして、友としてね」

 ルートヴィヒは慌てて、二人を止めようとする。

「非戦闘員って……。こう見えても、腕には自信あるんだけどな」

「怪我を治す方の身にもなってくれよ。以前、君が事故を起こした時、治療がどれだけ大変だったか」

「あの時は悪かったよ。でも、安心しな。こう見えてもコイツは結構やるし、守ってもらえる。女の子に守ってもらうってのはちょっと気が引けるけどな」

 シユウはニヤリと笑みを見せながら、レティシアの頭に手を置いた。

「それに、魔導工学を悪用しようとする奴らを、この手でぶちのめさないとな」


 2


 翌日、シユウとレティシアは、ルートヴィヒの許可を得て地下遺跡の調査にあたっていた。

 魔導機兵の修理も済んでいた。修理と言っても、動力となる魔力が完全に切れていただけのため、動かなかったのだ。

 そして、修理の段階でシユウは確信した。何者かが水面下で動いているということを。

 まず、シユウが修理に当たった魔導機兵が新型のものであること。そもそも、魔導機兵がこのような場所に配置されていること自体が不可解である。

 次に、スクラップと化していた魔導機兵だ。それも尋常ではない壊れ方をしており、単に老朽化、あるいは戦闘による破損では有り得ないような有様となっていたことだ。

 それが何者なのかは解らない。しかし、シユウにとって、好ましくない者達であることは明らかだ。

「さて。此処から先に行った班が帰ってきてないんだよな」

 薄暗い地下遺跡を進んで三十分以上は経過しただろう。

 途中で魔物の襲撃が何度かあったが、何とか奥へと進むことが出来ている。また、ところどころに魔導機兵のスクラップも散乱しており、最深部に何かがあるのは間違いないことを示している。

 二人の目の前には、金属製の扉が佇んでいる。古代の遺跡のものにしては妙に新しく、錆びや汚れなどがあまり見られない。

 手に持っている地図で現在地を照らし合わせるが、この場所から先はマッピングがまだ済んでいないようだ。そのような場所に兵を向かわせていたのだから、戻って来られないのは無理も無いだろう。この先に危険が待ちかまえていることは、明らかだ。

 引き返すべきかもしれない。しかし、シユウにはその気は毛頭なかった。

 何故、自分でもこのようなことをしているのかが、シユウには解らなかった。一種の探究心なのかもしれない。

「レティシア、怖くないか?」

「大丈夫デス。ご主人様がいるノデ」

「ははっ、それじゃあ俺が張りきらないとな」

 そう言ってシユウは前に出ようとしたが、それはレティシアによって制された。

「いえ、ワタシが前衛を務めマス」

「そりゃあ、そっちの方が合理的だけどな」

 少しは格好つけさせてくれ、とシユウは心の中で思った。

 レティシアはシユウの前に立つと、金属製の扉に手をかけた。何処か不気味な音を立てて、金属製の扉がゆっくりと開く。

「…………」

 扉の先には、まだ道が続いていた。先の様子は暗くて見えないものの、この地下遺跡が相当な深さまで続いていることを充分に証明している。

 レティシアはブロードソードを両手に構え、シユウは魔導銃をいつでも撃てるようにホルスターから取り出した。そして、二人はゆっくりと慎重に、扉の奥へと向けて歩き始めた。

「悪いな、前を任せちまって」

 申し訳なさそうに、シユウはレティシアの背中に声をかけた。

「いえ、ご主人サマを守るのが、ワタシの務めデス」

 振り返って、レティシアは可愛らしい笑顔を見せた。

 シユウとしては大切な相棒であるレティシアを危険な目に遭わせたくないのだが、彼女が前衛を務めた方が合理的なのだ。

 まず、二人の得意とする得物だ。レティシアが近接武器を使うのに対し、シユウは銃器を使う。そのため、シユウは必然的に距離を取る必要があるため、後方にいた方が上手く立ち回れるのだ。

 次に、レティシアが魔導人形であることだ。魔導人形には、人間よりも遙かに優れた感覚が備わっており、特に暗視の能力に長けている。そのため、このような暗い場所では、彼女を先頭に置いた方が、より安全に探索することが出来るのだ。

「止まってクダサイ」

 レティシアはそう言うと、その場で立ち止まった。あまりに突然のことであっため、シユウは思わず足を躓かせそうになった。

「っと、どうしたんだ?」

 シユウは怪訝そうに、レティシアに尋ねた。

「侵入者用の罠デスネ」

「どれだ?」

 レティシアが指差した先――そこは、地面だった。

 特に何も無いように思えるのだが――

「落とし穴デス」

 レティシアはブロードソードの切っ先で、地面を軽く突いた。すると、そこの部分が大きな穴がぽっかりと口を開けた。そこから見下ろすと、鋭利な棘のようなものが配置されているのが確認できた。

「うわ、冗談きついぜ」

 落とし穴から立ち昇る異臭に、シユウは思わず口元を覆った。

 遺跡にトラップが仕掛けられていることは珍しくないのだが、これは明らかに最近作られたものだ。というのも、剣山に串刺しになった兵士達が十人以上いるのが解る。その死体のすべてが、白骨化すらしておらず、ついさっきまで生きていたのは明らかだ。

 もし、レティシアがいなければ、自分もこの兵士達と同じ目に遭っていたかもしれない。そう思うと、シユウは背筋が凍りつくかのような感覚に見舞われた。

 落とし穴は何とか飛び越せるほどの大きさだったため、二人は先に進むことにした。

 面倒な任務になることはある程度予想で来ていたが、まさかこれ程までのものだとは、シユウは思ってもいなかった。

「機械ばかり弄ってる……か。確かに、常に危険なところにいるような奴から見れば、忠誠もクソもあるようには思われても仕方ないか」

 昨日の友人の言葉を思い出す。さり気ない一言だったのかもしれない。勿論、悪気があって発した言葉でないのは解る。だが、確かに彼の言う通りなのだ。

 シユウ自身は、自分を受け入れた帝国に対しては感謝しているが、命を張ろうなどとは持っていない。この任務も拒否権があったのだが、ただ単に、ちょっとした好奇心や探究心で就くことになったのだから、そう思われても仕方ないだろう。

 確かに、技巧に関してはシユウはかなりの腕を持っているし、それを自負していた。しかし、戦闘や危険が絡むであろうこのような任務になれば、どうだろうか。結局、レティシアがいなければ、自分はただの技師に過ぎない。

「でも、ご主人サマはワタシを救ってくれマシタ」

 レティシアは背中を向けたまま、そう呟いた。

「レティシア」

 シユウは、レティシアと出会った時のことを思い出した。

 それは、自分がまだ軍部ではなく、ギルドに所属していた時のことだ。帝都アルクのはずれにあるスラムに、レティシアが打ち捨てられていたのを見つけてから――

「凍て付いたワタシを温めてくれたのも、ご主人サマデス」

 レティシアは振り返ると、シユウに向けてそう告げた。

 大きなルビーの瞳は、曇りひとつなく澄んでいた。

「ご主人サマは、ご主人サマデス。そうやって悩んでいるのは、ご主人サマらしくないデス。変に気取らずに、普段通り、自分の好きなように振舞っていいと思いマス」

 普段通りで良い。シユウはレティシアの発したその言葉を聞くと、心の奥で引っ掛かっていた何かが、少しばかり取れたような気がした。

「普段通り、自分の好きなように……か」

 前日、シユウは同じようなことを、アリカに言っていたのを思い出した。

「少しは、礼儀というものも学んで欲しいデスガ。あとは、集中すると周りが見えなくなってしまうのもいただけマセン」

 何処か意地の悪い笑顔を見せるレティシア。

「そこは気をつけるようにするさ」

 暫く歩いていくと、道が二手に分かれていた。

 片方が表面に砂の浮いた石造りの壁が続いているのに対し、もう片方は人工的な作りをしている。石の上に鉄板を打ちつけたかのような構造だ。

 マッピングの済んでいない場所だが、明らかに誰かが通ったような形跡がある。

 分かれ道であったが、進むべき方向はすぐに決まった。

 しかし――

「ご主人サマ!」

 レティシアが叫ぶと同時に、シユウの身体を突き飛ばした。突然の行動にシユウは対応できずに、地面を転がっていった。

 次の瞬間、轟音が響き渡り、周囲が強く揺れたのだ。

 いったい何が――

 だが、すぐにシユウは自体を把握した。地面から起き上がると、あまり受け入れたくない現実が待ちかまえていたのだ。

 そこには、レティシアの姿がなかった。あるのは、通路を丸々と覆うほどの巨大な鉄の壁だ。天井を見上げると、この部分がシャッターとして機能していることが確認できた。

「レティシア!?」

 思わず声を上げるが、返事が無い。通路ばかりではなく、音まで遮断されてしまっているようだ。戦闘経験の浅いシユウにとって、このような場所で分断されることは、致命的とも言える事態だった。

「どうすんだよ、これ!」

 何とかして、シャッターを壊せないだろうか。

 シユウは魔導銃を構えると、シャッターに向けて何発も発砲した。だが、銃弾はシャッターを貫通することも無く、そのまま地面に転がり落ちただけだ。このことから、ただの金属製のシャッターでないことを表している。

(面倒だな。恐らくは、魔術で強化してやがる……)

 それならば――

 シユウは懐を漁り、銃弾を探した。魔術による障壁ならば、魔導銃で充分に対応できる。こちらも魔術を使えば手っ取り早いのだが、生憎シユウには魔術の才能は無かった。

 銃弾を消費する羽目になるが仕方が無い――

 シユウは魔力解除の呪文、《ディスペル・マジック》を封じ込めた銃弾を取り出し、魔導銃に充填した。

 だが――

 シユウの視界に、先端の尖った銀色に輝くものが映った。

 それが鋭利な刃物であることを察知するのに、時間はかからなかった。そして、自分が身動きを取れないような状況に陥っていることも。

(しくったかな、これは)

 一応、こちらは武器を持っている。銃弾は既に込めてあり、実弾モードのために振り向きざまに撃てばこの状況を打開することも可能かもしれないが――それはあまりにも危険な賭けだ。

 やるべきか?

 シユウは身体を動かさずに、顔だけゆっくりと後ろを振り向いた。

(ああ、これは駄目だな)

 振り向いて、シユウは悟った。此処で無駄な抵抗をするべきではない、と。

 シユウの背後には、彼の動きを拘束している者を含め、五人の武装した魔導人形が待ちかまえていた。どの個体も、レティシアと同じような、可愛らしい少女の姿をしている。しかし、宝玉のような瞳には、まるで生気が宿っておらず、ただ目標であるシユウが妙な動きを見せぬように、いつでも襲いかかれるように構えている。

 魔導人形とはいえ、此処まで冷たい印象を受けたのは初めてだった。

 まず、剣を突きつけている魔導人形が一名。中距離には、ショートスピアを構えた魔導人形が一名。その後ろには、銃を構えた魔導人形が三名だ。素人目に見ても、まったく隙が無かった。力ずくに突破しようと思っても、後方からの銃弾の餌食になるだろう。前衛が巻き添えを食らわないように、しっかりと狙っているのも解る。

 この時点で、シユウには勝ち目はなかった。人間と魔導人形では、身体能力は勿論のこと、身体の耐久性にも大きな差がある。それこそ、銃弾の一発や二発を撃ち込んだところで倒すことなど出来ない。

「武器を捨てなさい。抵抗するのならば、命の保証はしません」

 剣を突きつけた魔導人形は、淡々とした口調でそう告げた。

 此処で抵抗するほど、シユウは愚かではなかった。軽く舌打ちをすると、魔導銃とショートソードを地面に投げ出した。乾いた音を立てて、シユウの武器が石畳を転がっていく。

「連れていって。ただし、手荒に扱わないこと」

「了解」

 仲間同士のやりとりも、実に淡々とした――いや、殺伐としたものだった。魔導人形達はシユウに駆け寄っていくと、妙な動きを見せないように彼の両脇と後ろについた。

 レティシアのことが気掛かりだが、此処で下手に抵抗して死んだら、元も子も無い。シユウはおとなしく、無機質な少女達に従い歩き始めた。


 3


 本来ならば、自分の仕事ではないのかもしれない。

 しかし、まだ気掛かりなことがあっため、アリカはその日も書斎に籠り情報を収集していた。

 そして――

 何よりも、現地に赴いた兄――シユウのことが気掛かりであったから。

「兄さん……」

 冷めたコーヒーを喉に流し込み、アリカは一息ついた。

 仕事とはいえ、一度火がつくと周りが見えなくなってしまう兄が不安だ。もし、戦いに巻き込まれるようなことがあったらと思うと、不安で押し潰されそうになる。

 だが、今は自分のやるべきことをやらなければ。

 アリカはすぐに気持ちを切り替えると、再び膨大な量の資料に目を通し始めた。

「…………」

 資料に記されていたのは、帝国内で起きた過去の反乱事件についてだ。

 一部の獣人が絡んでいるというのは、今までの整理で確認済みだ。そして、その獣人が大陸各地で活動しているということも、明らかになってきている。目的は定かではないが、各地に獣人の集落のようなものが点在しているらしい。

 彼らに共通して言えることが、他の獣人よりも知性が高いということだ。ゴブリンやコボルトといった知性の低い者達でも、妙に連携の取れた動きをしている。

 それはつまり、力のある何者かが指揮を執っている可能性があるということだ。また、彼らに対して何かを提供しているということも疑うべきであろう。国防の根幹に関わることであるのは間違いない。

「…………」

 空になったコーヒーカップを片手に、書物のページを捲るアリカ。

 彼女の目に飛び込んできたのは、『アイアン・ハート事件』の文字だった。

(これって……?)

 何者かが指揮を執っているであろう魔物の動きばかりに気を取られていたのだが、重大なことを見落としているような、そんな気がした。過去の反乱事件において、魔物の傭兵が雇われていたというのは間違いない。確かに、これは今後の国防において非常に重要なこととして関わっていくのは明らかだ。

 これも些細なことかもしれない。だが、如何に小さなことでも、大局に影響を及ぼすことは充分に有り得るのだ。

「そんな……、こんなことが?」

 アリカは思わず、コーヒーカップを落としそうになった。慌ててソーサーに置くと、そのまま書物の字面に顔を近づける。

 そこには、かつての反乱事件について書かれていた。そして、それに魔導工学が大きく絡んでいるということが。

(十年前に帝都で起きた事件ね。私と兄さんが、帝都に入ったのはその翌年か)

 アークヴァイス帝国の外部には漏れていない事件のようだ。当時の世界情勢が不安定だったというのもひとつの要因だろうが、あまり帝国にとって触れられたくない事件なのだろう。

(アルケディオス暦七二〇年。一部の技師が、魔導人形と魔導機兵の部隊を作り、破壊活動を行った? 首謀者は、フランツ・フェルマー。職業は、軍やギルドには所属していない、自称魔導工学技師……)

「そうですね。然程大きな規模ではありませんでしたが、『アイアン・ハート事件』として我が国の歴史書には記されています。まあ、それを知るのはかなりの少数――事後処理などは秘密裏に行われたため、一般市民には知れ渡っていないんですけどね」

 背後からの聞き慣れた声に、アリカは振り返った。

「中佐?」

 何も無かった場所から、突然キールが姿を現したのだ。しかし、特にアリカは驚いた様子は無い。キールは魔術を駆使し、この場に現れたのである。

 初めは理解できなかったが、《テレポート》の術を使えば、ある程度の距離ならば瞬時に移動が出来るのだ。その分、かなりの体力と魔力を駆使するのだが、キールは特に疲労した様子は無い。彼は優れた魔術師でもあるのだ。

「今までどちらに?」

「セリアン共和国のリュミエに赴いたユーディさんと、通信魔術でお話ししていました。無事、到着したようですね。あちらも色々と大変だそうですが」

「そうですか……」

 所属する課は違うが、ユーディはよく付き合っている仲間だ。数週間前から、セリアン行きの話は直接聞いていた。

 仕事内容までは教えて貰っていない――というよりも情報部内でも極秘の内容らしい。しかし、ユーディほどの実力を持っていれば大丈夫だろうと、アリカは考えている。だから、仕事内容は問わず、快く見送った。それでも、暫く会えないことを考えると少し寂しい気もした。

「寂しいですか?」

 まるでアリカの心の内を見透かしたかのように、キールが問いかける。

「え、ええ。ユーディは、異民族の私にも優しく接してくれたので。勿論、他の人達も優しくしてくれていますが、初めて声をかけてくれたのは彼女なんです」

 少し恥じらいながらも、アリカは笑顔を浮かべて応えた。キールの前では、自分の気持ちを隠し通したところで無駄だと思ったのだ。

「そうでした、この『アイアン・ハート事件』というのは――」

 本題に戻ろうと、アリカは再び文献に目を通し始めた。

「戯曲のタイトルにもなっている通り、人形を愛してしまった技師の起こした、悲しい反乱事件ですよ……」

 何処か物悲しい表情を浮かべて、キールは天井を見上げた。

「魔導工学が発現してから数年――魔導機兵の技術が生み出されてから間もなくのことですね。コッペリウスという一人の魔導工学技師が、偽りの生命を作り出しました。それが、今の魔導人形の始まりと言われています」

 キールは帽子を直すと、書斎をうろつきながら話を始めた。話の始まりは、帝国の技師ならともかく、一般の歴史書にも記されているようなものだ。

 いったい、彼は何を話そうとしているのだろうか。気になったアリカは、彼の話をよく聞くために、立ち上がった。

「今でこそ信じられませんが、当時の魔導人形というのは、ただの道具に過ぎなかった。戦乱の激しかった時は魔石の採掘も滞っており、戦場に送ってはそのまま破棄……というような、使い捨てのような存在だったのです」

 魔導人形も、魔導工学の歴史においてはやや古い。

 今は人間と同じように暮らしているが、当時は奴隷として扱われていたのだ。

「そこで、立ち上がった人達がいるのですよ。魔導人形とはいえ、心もある。彼らにも人権を与えるべきだという声を掲げてね」

「それは特に問題ないことなのでは?」

 被支配階級の者達にも、立ち上がる権利はある。それによって独裁政権を打倒したり、新たに国家を築き上げたりと、歴史上にそういった例はいくつもある。

 そうでなければ、今の魔導人形の立場は無かったのだから。

「ええ、それだけならいいのです。それだけならね。実際、八世紀に入って戦乱が落ち着いてからは、アークヴァイスでの民衆の力も上がりつつありましたからね」

 何度か本棚の周りを回った後、キールは書斎の外へと足を踏み出した。話の続きが気になったので、本を広げたままアリカは彼に従うことにする。

「いるんですよね、たまに過激なことを考えてしまう者達が。彼からすれば。魔導人形達を救いたかっただけなのでしょうが――」

 キールの言葉で、アリカは悟った。

「力の示し方を間違ってしまったのです、彼らは」

「…………」

「さて、バーンシュタイン地方での反乱の色がかなり濃くなってきたみたいですよ」

 それはまだ推測にすぎないだろう。

 だが、それでも国防のためならば、動かなければならない。

「シャルフェン中佐、どちらへ?」

「野暮用ですよ。技術部の魔導工学課にね。アリカさんにはお留守番をお願いしたいのですが」

「私も行きます」

「いや、別にお手伝いをしていただくようなことはありませんよ? 無駄足になってしまいますが、それでも良いと言うのでしたら構いませんが」

 キールの言葉に、少しの間黙りこむアリカ。そして、ポケットに入れてあった、宝石を取り出し、それをちらりと見る。シユウが出発する前夜に、お守りとして渡したものと同じ形のものだ。

(兄さん……)

「やれやれ。では、すぐ出発するので、お手洗いは早く済ませてくださいね」

 そう言うと、キールはにこやかな笑みを浮かべた。


 4


 とても狭い部屋だ。周りを見渡しても特に目ぼしいものは無く、粗末な寝台とテーブルが申し訳程度に置いてあるくらいだ。

 すぐそこにある通路とは、扉ではなく鉄格子で隔てられている。そのことから、此処が牢屋といっても差し支えのない部屋であり、自分が捕らえられているということを、シユウは改めて思い知らされた。

 鉄格子には魔術による強化が施されたおり、力ずくで突破するのは不可能だ。仮に魔術が使えたとしても、魔術師を捕らえる場合は、猿轡を噛ませたり、封印の魔術を施したりすることで、詠唱が出来ない状態にするのが定石だ。どちらにしろ、シユウに逃げ場はなかった。

 当然、自慢の得物の魔導銃と接近戦用のショートソードは取り上げられている。このことから、相手は捕虜の扱いをよく解っていることが窺える。素人ではないということだ。

 また、通路にはシユウを捕らえた魔導人形達のうち、銃器を持っていた二人がうろついている。警備まで徹底されており、まるで隙が無かった。

(畜生っ)

 あまりにも浅はか過ぎる己の行動に、シユウは苛立ちを隠しきれなかった。近くにあった粗末な寝台を、思い切り蹴飛ばした。だが、粗末な割に丈夫に作られているのかびくともせず、無駄に足に痛みが走っただけだった。

「おとなしくしろ!」

 寝台を蹴飛ばした音に気付いたのか、二人の魔導人形が銃口を向けてきた。

 撃つ気はないのだろうが、狙っている場所が腹だ。このことからも、彼女達がプロであることが解る。

 頭を狙えば一撃で仕留めることが出来る。しかし、面積の広さを考えると、頭よりも胴を狙った方が格段に命中率が高い。致命傷を与えられないにしても、戦意を喪失させるには充分すぎるのだ。

 下手に刺激をして撃たれたら堪らない。シユウは軽く舌打ちをすると、そのままベッドに身を投げ出した。固い感触が、外套越しに伝わってくる。自室にあるものよりも、質の悪いものだ。こんなところでは、とてもではないが寝られたものではない。

 未だ、相手の素性も解らない。敵対者であるのは間違いないが、彼らがいったいどのような目的で動いているのか、どのような動機があるのかが解らない。

 解るのは、魔導工学をよからぬことに使おうとしていることだ。それは、此処まで連れてこられる中で見た、スクラップになった魔導機兵や、身体の一部が欠損した魔導人形を見ればすぐに解った。

 どうすべきか。相手のことも気になるが、何とかしてこの場から逃げ出さなければならない。ずっとこの場所に留まっていても、何の進展も無いからだ。

 シユウは改めて、牢屋の中を見渡した。

(ああ、これは駄目だな)

 地下遺跡の一角に作られた牢屋のためか、当然窓は無い。力ずくで突破するにしても、解呪の魔術も使えなければ、武器も取り上げられている。素手で挑んだところで、二人の魔導人形に返り討ちにされるのがオチだ。

 色々と不満はあったものの、シユウは半ば諦めて深い溜息をついた。

 彼としては、自分の身よりも気掛かりなことがあったのだ。

「レティシア……アリカ……ルートヴィヒ……」

 シユウは天井を見上げながら、かけがえのない相棒、唯一の肉親、命の恩人である友人の名を呟く。

 もし、この場にレティシアがいれば、強行突破も容易かっただろう。しかし、彼女がいなければ、自分は戦いにおいて無力である。相手の罠に嵌められたとはいえ、レティシアは物凄く怒っているのではないか。そう思うと、心が締め付けられるような気分だった。

 妹のアリカのことも思い出された。あれだけ心配されておきながら、このような状況に陥ってしまっているのだ。万が一、この場で朽ちてしまうようなこととなったら、悲しませてしまうどころでは済まないだろう。プライベートで会う機会が減っており、それについての相談に乗ったばかりだというのに――

 彼女達だけではない。ルートヴィヒに顔向けが出来ない。あれだけ、強気の発言をしておきながら、彼の足を引っ張ってしまっている。

「何で俺って奴は……」

 自分の無力さと不明さが招いた結果なのだろう。

 一度火がつくと、周りのことが見えなくなってしまう。何度も指摘されてきたが、なかなか直せずにいる自分が許せなかった。

 やがて、見張りの魔導人形達とは別に、何者かの足音が聞こえてくるのが解った。明らかにこちらに向かっているのが解る。

 シユウはベッドから身を起こし、鉄格子越しに見える通路を凝視していた。

 がちゃり、と金属質な音が鳴り、鉄格子が開く。現れたのは、細身の男性だった。

 三十歳前後といったところか。とりわけ美しい顔立ちではないが、何処か落ち着いており穏やかな印象を受ける。ただ、少し痩せこけており、何処か影を感じさせるような男である。長めの前髪が、それを助長させている。

 シユウはこの男と、なるべく距離を取るようにした。何処となく、危険な感じがしたからだ。

「こんな場所に閉じ込めて申し訳ない。魔導人形達に手荒なことはされなかったか?」

 特に特徴が無いが、優しげな――だが、何処か淀んだような口調で若い男はシユウに尋ねてきた。この態度がまた、シユウの気に触れた。

「ああ。捕虜の扱いには慣れているようだな」

 シユウは侮蔑を込めて、男に向けて吐き捨てた。

「で、こんなカビ臭いところに来たってことは、用があるんだろ? そのご自慢の魔導銃で、俺を蜂の巣にする気か」

 男のホルスターにある、拳銃タイプの魔導銃を指差す。

 シユウの内には、恐怖心や不快感といった感情が渦巻いていた。しかし、己の弱さを見せまいと、何とか虚勢を張ってみせる。

「貴様、少しは口を慎んだらどうだ!?」

 男のそばにいた魔導人形の一人が、再び銃口をシユウへと向ける。だが、先程までの事務的な態度とは異なり、感情を露わにしているのが解る。

 このことから、この男性が彼女達より上にある存在であることを、シユウは確信した。

「いや、いい。お前達は下がってろ」

 男は淡々とした口調で、魔導人形達を制した。

「しかし……」

「一部の魔導機兵を持ち去られたことと、遺跡の正面の入り口を帝国軍に抑えられたのは想定外だったが、計画は順調に進んでいる。お前達は、準備にかかるんだ」

「はい、解りました」

 少し不満げな表情を見せるも、魔導人形達はその場から去っていった。狭い牢の中には、シユウと男だけが取り残される。

「いったい何のつもりなんだ、お前は」

「私はオーギュスト・エリオ。といっても、解らないだろうけどな」

 オーギュストと名乗った男は、不気味な笑みを見せた。

「ああ、解らないな。名前も聞いたこともないし、何故こんな辺鄙な遺跡の奥に引き籠ってるかってこともな」

 まずは、この男の素性を探るのが先決かもしれない。

 身体の内から込み上げてくるものに耐えながら、シユウはジッとオーギュストを睨みつける。

「そんなに怖い顔をするな、シユウ・セイヴァル君。我々は、君を歓迎しているのだから」

 武器と一緒に手帳も取り上げられたので、自分の名がオーギュストに知られていたようだ。

 軍人失格かもしれない。シユウは自嘲的な笑みを一瞬浮かべるが、すぐに弱みを見せまいと取り繕った。

「歓迎? 随分と暴力的な歓迎だな。途中で魔物の群れに何度襲われたことか。ご丁寧にトラップまで用意してやがる」

「あれは帝国の犬どもに差し向けたものだがな。君のような逸材がいると知らなかった故、巻き込んでしまったようだ。そのことについては謝ろう」

 オーギュストの言動から、彼が帝国に対して良い感情を抱いていないことを、シユウは悟った。恐らくは、噂に挙がっていた反乱勢力と見られる人物だろう。

「単刀直入に言おう。我々『アイアン・ハート』に協力してほしい」

 意外な言葉だった。

 シユウも、生まれは違うとはいえ、アークヴァイス帝国の人間である。それも、軍に所属している身だというのに、オーギュストは協力を求めてきたのだ。

「……何を言っている?」

「我々は昔から、魔導工学について研究をしていてな……。ついてきてほしい」

 オーギュストはそう言うと、シユウに背を向けた。

 付いていくのは気が引けたが、何か解るかもしれない。そう判断したシユウは、不本意ながらもオーギュストに従うことにした。


 5


 両手にブロードソードを携え、レティシアは部屋の中を駆け巡っていた。

 人工的な造りの通路の先には、何かの研究室とも言えるような広い部屋があったのだ。そこには、大勢の魔導人形が待ちかまえており、レティシアに向けて襲いかかってきたのだ。

 トラップによってシユウと分断されてから、然程時間は経過していない。

 しかし、やはり彼のことが気掛かりである。戦闘慣れしておらず、一人で突っ走ってしまうような性格のため、何かあったらと思うと気が気ではない。

 X字を描くようにブロードソードを振るい、前方から斬りかかってきた魔導人形を仕留めた。服を斬り裂かれ、その下にある肉も抉られる。夥しい量の『血液』を噴き出しつつ、そのまま魔導人形は地面に崩れ落ちた。

 魔導人形達にとっては血の役割をしているのだが、正確には血液ではない。魔力を液状化させたもので、脳や運動機関――つまりは、生命の維持には欠かせないものだ。その分、肉体は人間よりも遙かに強力に作られており、少しの衝撃では傷付くことも無い。

 自分も同じ存在でありながら、何処か現実味が無い――レティシアはそう思いながら、倒れた魔導人形の心臓部に剣を突き立てた。

 如何に人間より優れた身体能力を持っていようとも、急所を破壊されれば、魔導人形は停止――もとい、死を迎える。魔力切れでも同じような事態に陥るため、ある意味では、人間よりも脆い存在と言えるのかもしれない。

「ご主人サマ……」

 背後から大鎌を振り翳してきた魔導人形に、振り返りざまに蹴りを入れる。そして、怯んだ隙を突いて、鋼鉄の双刃を埋め込む。

 急所を仕留められた魔導人形は、糸の切れた操り人形のように、転がり落ちた。数秒遅れて、得物の鎌が空しい音を立てて転がる。

「く、こいつは手強い……。一人で此処まで暴れるとは」

「この乱戦では、銃器を扱うわけにはいかないからな。応援を求めるべきか?」

 魔導人形達は、狼狽していた。

 まさか、一人を相手に此処まで苦戦するとは思ってもいなかったのだ。他の侵入者である兵士達は容易く仕留められたのだが、まさか敵方にも魔導人形が、それもかなりの実力者がいたというのは、想定できなかった。

 しかし、一騎当千の働きを見せているとはいえ、レティシアも無傷ではなかった。衣服のところどころが裂けて、そこから切り傷が顔を覗かせている。

「はぁ……はぁ……」

 息も上がりつつあった。

 前日、魔力を供給したとはいえ、此処までの戦闘は想定していなかったのだ。まだ余裕はあるものの、今後のことを考えると、あまり此処で消耗したくはなかった。しかし、それでもレティシアは怯まずに戦った。

 二人がかりで、魔導人形が襲ってきた。共に武器は持っていないが、軽い身のこなしで間合いを詰めてくるのが解る。

 レティシアは二人を懐に潜り込ませないように僅かに距離を離し、放たれた拳を回避すると、ブロードソードを振り上げて腕を斬りおとした。腕を切断された二人は、絶叫を上げて傷口を抑え、地面をのた打ち回る。

「いぎゃあああああああああっ――!!」

「ひあああああああああああっ――!!」

 やはり、現実味が無い――

 とはいえ、レティシアは罪悪感に苛まれた。

 たとえ、作り物であっても、痛みは感じるのだから。

 それに、今まで斃してきた魔導人形にも、大切な人がいるに違いない。その者達の未来を、奪っているのだから。

「…………」

 だが、それでも――レティシアは躊躇しなかった。

 自分の大切な人のためには、どのような罪でも背負う気でいるから。

 レティシアの赤い双眸には、迷いは無かった。

「ご主人サマ、すぐに向かいマス」


 6


 話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。

 そして、それを今、利用しているということも――

 想像以上のものだ。勿論、これが優れた魔導工学技師の努力の結晶であるというのは解っているのだが、彼女にとっては拷問以外の何物でもなかった。

「いぃぃぃやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――! ちょ、ちょっと、シャルフェン中佐!? もっとスピードを落としてくださいっ――!」

 全身に吹き付ける強風に煽られながら、大粒の涙を浮かべてアリカは絶叫した。柱に抱きつきながら、前方にいるキールへと抗議する。普段の落ち着いた印象を受けるアリカの面影は、最早何処にもなかった。

「おやおや。無理についてくる必要は無いと言ったはずですよ。態々あなたが危険な現場に赴く必要はありません。それに、与えられた仕事を終えた、あなたはオフのはずなんですけれどね」

 キールはまるでアリカをからかうかのように答える。

 二人は今、文字通り上空にいた。そして、上空を駆け抜けていた。

「いきますっ――! でも、まさか飛空艇を使うなんてっ――!」

「飛空艇ならば、すぐに着きますからねぇ。鉄道を使うよりも合理的ですよ」

 キールの前には、船を操る際の舵やら、何かの炉を思わせるかのような物体やら、曲がりくねったパイプやらが設置されていた。

 小型飛空艇である。通称、《スプライト》――小妖精の名を冠するには、少々無骨な外見ではある。

 普通、飛空艇は都市間を結んでおり、専用の乗り場で乗り降りをするのだが、この小型飛空艇はその限りではない。その名の通り機体が小さく面積を取らないために、平坦な場所ならば、何処でも離着陸可能な設計なのだ。

 二人の行き先は、バーンシュタイン地方である。

 キールが行動を起こした要因は、アリカの意見だった。

 アリカはシユウが現地に赴く前日に、ある装備品を渡していた。それが、魔術の力を駆使したものだったのだ。魔導工学とは別に、魔術の装備品は歴史が古く、今でも多くの魔術師達が身につけている。

 その魔術の装備品は、通信系の魔術と捜索系の魔術を封じ込めたものだ。つまり、アリカは密かにシユウの動きを探っていたのだ。ただ、未完成の装備品故に、大きな精度は期待できないのだが――

 このことに、キールは素直に感心した。

(なかなかの逸材ですね。研究課に置いておくのが惜しい……)

 アリカの才能は目を見張るものがあり、魔術にも優れている。欠点があるとすれば、今回のように感情で動いてしまうことがあることだろうか。

 アリカがわざわざついてきた理由は、キールには充分に解っていた。現地に赴いているシユウのことが心配なのだろう。

 そもそも、この飛空艇もキールが勝手に拝借したものだ。

 魔導工学課の工場に無断で忍び込み、地下に置いてあった整備済みの《スプライト》を起動させたのだ。勿論、その場を見られないように、周囲の者達を眠らせたのは言うまでも無い。

 何処までも勝手な人だ。アリカはそう思った。

 だが、それでも兄さんの元にいけるのならば――

 異変に気付いたのは、つい先程のことだ。シユウに渡した筈の発信器から、動きが無くなったのだ。壊されてはいないのだが、どうも不自然だ。あまり考えたくは無かったが、彼の身に何かが起きたというのは間違いない。

 だが、今のアリカは、キールの荒々しい運転についていくのがやっとだった。高い場所が苦手なのだ。

「さあ、飛ばしますよ! 落ちないように、しっかりと掴まっていてくださいね! ああ、久々に運転するとやはり楽しいですね!」

「はひぃぃぃぃっ」

 本当に勝手な人だ。涙目になりながら、アリカは近くの手すりをありったけの力を込めて握りしめた。


 7


「何だよ、これ」

 連れてこられた部屋を見て、シユウは思わず声を上げた。

 部屋の中には、様々な機械類や工具などが散乱している。実質、シユウが勤めている魔導工学課の工場と大差ない作りをしている。違いは、規模だろう。この部屋は、工場と比べるとそれの二倍はあるであろう大きさだった。目立つのは、魔導機兵だ。原形を留めているものもあれば、スクラップとなってしまっているものもある。

 不可解だった。このような地下遺跡に工場があるということもだが、彼らが何をしようとしているのかが解らない。

「先程手帳を見せて貰ったが、どうやら君は優れた技師のようだ」

 オーギュストは立ち並ぶ魔導機兵を前に、不敵な笑みを浮かべた。

「何のつもりだ?」

「先程も言ったが、我々は君に協力を求めているのだよ」

「まずは、お前達が何を考えているのかを教えて欲しいな」

 シユウは忌々しげな表情を露骨に表わしながら、オーギュストに向けて言った。

 勿論、シユウとしては彼らに協力する気などは毛頭ない。何処の何者かも知らぬ人間に手を貸そうなどとは思ってもいないからだ。

「君の想像通りだ」

 オーギュストは振り返って答えた。彼の瞳は混濁しており、良からぬことを企んでいるのは明らかだった。

 そう、つまり――

「まずは手始めに、この地域をロイエン側のものにしようと思ってな」

 下卑た笑みを浮かべながら、オーギュストは話を続けた。

 なるほど、とシユウは思った。

 世界情勢には然程詳しくないが、ロイエン王国の人間がアークヴァイス帝国に対して良からぬ感情を抱いているのは、想像に容易い。ちなみに、ロイエン王国は、アークヴァイス帝国の北西部にある国家だ。かつては大陸の大半を統べる大国であったが、先の戦いで敗戦が続き、今は新興のセリアン共和国とアークヴァイス帝国に挟まれた小国と成り果てている。

 今までの歴史を見ると、アークヴァイスとロイエンの間では、幾度となく紛争が繰り広げられてきている。此処バーンシュタイン地方はよく戦いに巻き込まれ、二国の間で収奪が繰り返されてきた。国境付近にあるため、それは致し方のないことであろう。

 だいぶ落ち着いてきたとはいえ、アークヴァイス帝国は一枚岩ではない。当然、皇帝に対して良からぬ感情を持っている者も少なくないのだ。バーンシュタイン地方のように、過去は他国の領土であった場所ならば尚更である。

「なるほどな、反乱を起こそうと、こんなカビ臭い場所で兵器を生産してたワケか。周囲に徘徊していた獣人共も、お前らが傭兵として雇ったってところだろうな。恐らくは、外部に注意を向けさせるための陽動ってところか……」

 バカバカしい。そう思いながら、シユウは自分の推論を纏めて、オーギュストにぶつける。

「反乱とは人聞きの悪いことを。我等には偉大な目的があるのだよ」

 考えようによって、いくらでも己を正当化できる。考えの食い違いがあるから、今までの歴史書に記されてきたような戦いが起こるのだ。

「帝国側の人間である君に言うのも少々気が引けるが――、別に君は、アークヴァイスに対して特に忠誠を誓っているわけではあるまい」

 オーギュストはシユウを試すかのように問いかける。その問いにどのような意図があるのか、シユウには見え見えだった。

「レイファン生まれの異民族で、特にアークヴァイスに忠誠を誓っているようには見えない。それを見越して、俺に協力してほしいって頼んでるってところか」

「そういうことになる。どうだ? 我等の専属の技師として、来る気はないか? それ相応の待遇と出世は約束する」

 確かに、美味しい話かもしれない。

 オーギュストの話から察するには、どうやらロイエン側では魔導工学の技師が不足しているようだ。様々な理由があるが、つい最近まで、魔導工学に対して否定的な国家であったというのが大きいのだが――

 ライバルが少ないため、出世は容易いだろう。だが、たとえ破格の待遇があったとしても、シユウはオーギュストに協力する気など無かった。

 ロイエン王国について、シユウはあまり良い噂を聞いていない。盗賊ギルドの活動を黙認しているということや、戦略級の魔術の実験も行っているという。また、古代文明の兵器を復活させようとしているという噂もある。

 今日でも、直接的な戦争までには至っていないが、アークヴァイスとロイエンの間は冷戦状態にある。表向きの国交も断絶しており、この二国間においては飛空艇も運航されていない。鉄道は運行されているが、途中の駅で厳しい検問が待ち受けている。そのためか、両国の冒険者達も苦労することが多いようだ。

 それに、オーギュストがロイエン側の人間だという保証もない。彼が名乗ったという『アイアン・ハート』という名を、シユウは聞き逃さなかった。

(確か、俺が帝都入りした翌年だったか? 何か事件があったらしいが……)

 しかし、シユウにとっては、そんな国の情勢よりも気にすることがあった。レティシアやアリカといったかけがえのない者達を置いていくなど、考えられないのだ。その他にも、誘いを断る理由など、挙げていけばキリがない。

 そもそも、自分の居場所はアークヴァイス帝国――帝国軍技術部だ。自分の存在を認めてくれる人間の集まる場所だ。

「折角の誘いだが、お前達に協力する気は無い」

「家族のことならば、心配はいらないぞ。歓迎するし、安全は保障する。それに――」

「なんだ?」

「私が興味があるのは、君が連れている魔導人形のことだ」

 オーギュストの言葉に、シユウは思わず息を呑んだ。

「レティシアがどうした? あいつは俺の相棒だ」

「……ふん、あの事件から逃げ出したと思ったら、お前のところにいたワケだ」

「おい、何を言ってやがる」

 いちいち言葉が気に障る男だと、シユウは思った。

「あの人形は、我々が造ったのだよ。我々と言っても、今は亡き『アイアン・ハート』の首領であるフランツ・フェルマーの作品なのだがかなりの力を秘めているのは間違いないだろう。どうだね、彼女の力もあれば――」

「断る。何処の馬の骨かも解らない、お前みたいな胡散臭い野郎に協力する気は無い」

 だから、シユウは断った。

「ほほう……? 協力はしない、と言いたいのか」

 しかし、そんなシユウの答えを予測していたのか、オーギュストは驚いた様子も無い。まるでネコ科の猛獣のように目を細める。

 少しの沈黙の後、オーギュストはぱちん、と指を鳴らした。

 すると、武装した魔導人形達が通路から次々と入り、シユウに対して武器を突きつけた。それだけではなく、オーギュストの後方にあった魔導機兵も起動し、銃口をシユウへと向けている。

 オーギュストもまた、魔導銃の銃口をシユウへと向けて、いつでも撃てるようにトリガーに指をかけている。

「我々の誘いを拒否する……か。それは結構だが、シユウ君。君は自分の状況を解っていない」

 オーギュストのその言葉に、シユウは自らの状況を改めて思い知らされた。

 今、自分は捕らえられているのだ。頼みの綱の武器も取り上げられており、魔術を使うこともできないため、此処で抵抗することすら許されていない。

(こういう時に何も出来ないのかよ、俺は)

 暴れてやりたい気分だが、それすら許されない無力な自分が憎らしかった。

「我々も鬼ではない。もう一度、牢屋にて頭を冷やすのだ。明日までにな」

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