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身分違いとなった貴方と私ーー再び出会うことができるまで  作者: ミソラ


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10/10

二人の距離

「だめです。いけません」

「どうしてですか? あの方はリートレ王国海軍の英雄なんですよ」

「でも一代限りの勲爵士じゃないの。侯爵家の娘が嫁ぐ家ではないわ」

「で、でも……」


 祝勝会の翌日、日当たりの良いデュヴァル家のアトリウムでアリアと両親、それから兄夫婦が机を囲んでいた。


 マルクが孤児院で一緒に育ったと言えば余計に反対されるだろう。両親はアリアが孤児院育ちだということを隠している。


「でも、なあに?」

「ひっ、一目惚れしたんですっ」


 両親と兄夫婦が黙り込んでしまった。アリアは膝の上で重ねていた手をぎゅっと握りしめた。


(ああ、幻滅させてしまったわ)


 貴族の娘がそんな安易な感情で相手を決めるなど、やはり孤児院育ちで平民として暮らしていたからだと思われているかもしれない。

 だが、そこで思わぬところから助け船が出た。


「でもお義母さま。シードゥス卿は今一番令嬢方から人気が高い殿方だそうですわ。ノイエ公爵家の後ろ盾がある英雄ですもの。昨日の祝勝会でも絶え間なく挨拶に訪れる方で囲まれていましたわ」

 ロイクの妻シェリアがおっとりと頬に手を当てる。

「お義母さまとアリアさんはすぐに退出なさったでしょう? あの後マーガス伯爵とご令嬢が話しかけておられましたわ」

 昨日、アリアは母親に引きずられるようにして早めに帰ることになってしまったので、あの後どんなことがあったのかわからない。シェリアによると今年十九才になるマーガス伯爵令嬢が父親とともにマルクに挨拶していたという。マーガス伯爵令嬢は昨年、婚約者を流行病で亡くし喪が明けたばかり。アリアと同じように結婚相手を探している。

 

「それに、今朝の新聞にも絵姿が載っていて、これから海軍本部には恋文が山のように届くのではないかしら」

 アリアはおほほと微笑む兄嫁をぱっと見た。

「なんですって!? 誰か新聞を持ってきて!」

 目の前に置かれた新聞の一面には、確かにマルクの絵姿がその活躍とともに載っていた。

(本物のマルクの方が素敵だけれど、こうしてはいられないわ)


「今一番結婚したい男性って書いてありますわね〜」

「お母さま、急がなきゃ!」

「え、ええ」


「勢いで丸め込まれたな」

 小さく男性陣の声が聞こえた。


 *


「シードゥス卿、今日の書簡です」

「ありがとう」


 ペンを走らせていたマルクの前に四角いバケツのような箱が置かれた。その箱の中にどっさりと封書が入っている。少し前まではトレイの上に二、三通だったのが、あの祝勝会から派手な色合いの封筒が増えた。


「……読まなくていいですよね?」

「そうだなあ、差出人の名前リストは作っておいた方がいいぞ。なんにせよカードの一枚でも送った方が無難だろうなあ」

 げんなりとした呟きに応えたエダンの経験者としての言葉は説得力がある。

 荒くれ者が集まる海軍の中でも理知的でありながらお洒落なエダンはアンベールが指揮する艦隊の中の一隻の艦長をしていることもあって人気が高い。だが未だ独身で自由恋愛を謳歌しているようだ。

(人は見かけによらないな)


「軍人のなにがいいんですかね? あまり綺麗な仕事ではないですし」

「身も蓋もないなあ。モテることはいいことじゃないか」

 マルクはため息をついて仕事の合間にリストを作ることにした。マルクは叙爵とともに海軍中尉となったため、アンベールの補佐官として仕事が倍増していた。果てしなく面倒だ。

 

 まずは仕事用とそれ以外の派手な封筒を分けていく。色々な香水の匂いが入り混じって鼻に皺を寄せる。すると、一見シンプルだが仕事ではない封筒があった。


 ガタッと音を立てて立ち上がり、周囲の視線が集まる。

「いや、なんでもないです」

「なにも聞いていない」

 アンベールが頬杖をついてにやにやと笑っている。

 マルクは素知らぬ顔をして、その封筒を軍服の内ポケットに押し込んだ。


 *


 夜、アリアは自室で頭を抱えていた。


 なぜあんなに焦ったのか。これではまるでマルクに恋をしているようではないか。

 物心つく前から一緒に育って、兄妹のような、そこにいて当たり前の存在であっただけなのに。


「……あんなに素敵になっているのが悪いのよ」


 ダンスを踊った後、人混みに紛れていったマルクだが、すぐに見つけることができた。群がる人たちより頭一つ背が高いせいだ。確かに女性が多かったような気がする。マルクはなんだか清々しい顔をしてグラスを傾けたりなんかしていた。

(そういえば孤児院でもバザーの時とか女の子に囲まれていたわね。八百屋のマーサとかパン屋のリーナとか)


 むかっ。

 不快感がせり上がってきた。


(なによ、あの貴公子然とした態度は。ひょろひょろなのに壁にカップをぶつけるような人だったのに! 私は知っているのよ。その人はひょろひょろな上に無口で言葉が悪い男なのよ! そして盗みを働いて逃亡してきた男なのよ!)


『アリア! あなた最初のダンスは今日の主役と踊ったのね。ほら、ほかの令息方もあなたを見ているわよ』

 ほくほくとした顔で近寄ってきた母に対し、アリアはマルクから目を離さずに言った。

『……お母さま。私、あの方がいいわ』


 決して好きだとか結婚したいとか思って言ったことはなかった。

 ただ、この四年間忘れたことはなかった。ずっと、あのスモーキークォーツのような瞳が恋しかった。ほかの殿方を見てもマルクと比べてしまい、ときめく出会いはなかった。

 そして、四年振りに再会したというのに、あの頃に戻ったように自分を偽ることなく会話をすることができた。


『アリアは今……、幸せか?』

『ごめんな』


 アリアはベッドの上で転がった。

「〜〜〜! うもぅっ! なんでかっこよくなってるのよ! ずるいわよっ。ひょろひょろだったくせに!」


 大きな手、がっしりとした体に見下ろす黄灰色の瞳。それから爽やかな柑橘系の香り。

 アリアは思い出してまた転がった。


 *


 数日後、マルクはデュヴァル家の庭園にあるガゼボに設られた席に座っていた。

 実は王都に用事があった時、この屋敷を外から眺めたことがある。今、こうやって高い塀の内側にいるのは夢のようだと感じる。


「……お待たせいたしました」

 マルクはその声に立ち上がり、貴族の礼をする。アリアはその姿に少し不満を持った。

「座って」


 侍女がお茶を淹れて離れた場所に下がる。

「この度はお招きいただきまして……」

「昔のように話して、マルク」

「シードゥス卿とお呼びください、デュヴァル嬢」

「大丈夫なんだったら。ほかの人には聞こえないから」

 マルクは視線を下げた。


「海軍に入って、思い知らされたんだ。……身分というものを。艦の上でも陸の上でも。ましてや君は侯爵令嬢だ。失礼があってはならない」

 身分というもの以外にも艦での自分を顧みる。血の臭い、火薬の臭い。仲間の叫びと敵の血飛沫。

 祝勝会で美しく着飾ったアリアを見た時、自分はアリアの側にいてはいけない人間だと思い知った。

 

 アリアはその言葉には反応を見せず、話題を変えた。

「先日、話していたことだけど、なぜランドールを出奔したの?」


 しばらくの静寂が訪れる。風が花を揺らす。


「アリアが、リートレ王国に渡ったと聞いて心配で……」

「え? まさかそれで盗みを働いて国を出たと言うの?」

「いいんだ。警備隊は辞めたかったし。海軍の方が数倍きついんだけどね。でも、アリアが幸せだってわかったから、……いいんだよ」


 再び二人の間に沈黙が落ちる。

 俯いたアリアが呟くように言った。

「あの後、誰かと踊った?」

「踊ってないよ。踊れないから」

「……マーガス伯爵令嬢とか」

 マルクが一瞬きょとんとするが「ああ」と声を出した。毎日のようにリストに追加される名前だ。

「挨拶したな」


 再び静寂が訪れる。


「私、年増なの」

「……は?」

「貴族は幼い頃から婚約者が決まっていて、だいたい十六から十八で結婚するの。……私、結婚相手が見つからないの。将来有望な独身の海軍士官じゃないと相手がいないの」

「ちょ、いきなりなに?」

「このままじゃ幸せな結婚ができないの。マルクは、私のためにランドールを出て過酷な海軍で頑張って勲爵士を得て会いに来てくれたんでしょ!? だったら責任取ってよ!」


 なにをめちゃくちゃな、とマルクはぽかんとしたが、アリアの言葉を咀嚼してカッと赤くなった。

 アリアも真っ赤な顔をしてこちらを見ている。目は座っているが。


「俺、来月また出航するんだよ」

 アリアの座っていた目が見開く。

「今回は出撃命令じゃなくて出航命令なんだけど、海上のことだからどんな不測の事態が起きるかわからない。だから海軍って独身が多いんだよね」


 アンベールのように高位貴族は多分に漏れず既婚者であるが、一年のほとんどを軍で過ごし、海に出ればいつ命を落とすかわからないような状況では、家庭を持つ決断をする者は少ない。


「陸上勤務……とかは?」

「はは、俺は英雄だぞ? 海に出て闘うことを望まれているんだ」


 マルクは組んだ指先を見てぽつりとこぼした。

(血に塗れた俺は)

「結婚する気は、ないんだ」


 アリアはもうなにも言えなかった。眉間に皺を寄せ口をへの字にしているアリアに向かって、マルクは視線を上げ黄灰色の瞳を細めて微笑んだ。

(泣く寸前の顔は子どもの頃のままだな)

 アリアは変わらない。変わったのはマルクだ。


「アリアの幸せを祈っている」


 *


 軽く頭を下げて去っていくマルクの後ろ姿を見送る。


 このままじゃ幸せな結婚なんかできないって言ったのに。幸せを祈られたって無駄なのに。


 心の中に沈む大きな喪失感。

 マルクの背中を追いかけて『離れたくない』と叫びたくなる。


(ああ、そうか。私はたぶんきっと。初めて会った時からマルクが好きだったのかも)


 ぽつんと壁際に立っている小さなマルク。寂しそうな黄灰色の瞳を見て、アリアもまだ二才だったというのに『側にいなきゃ』と決めた。

 細かな記憶はないが『ずっと側にいる』と、その時決めた。

 

 けれど、アリアが自分の気持ちを自覚した途端、するりと指先から離れてしまった。


 私はあなたのことが好きなのに。あなただって私のことばかり想っているくせに。だから罪を犯してまでここまで来たんでしょ……?


 言葉が叫びとなってこぼれ出しそうになる。けれど、今この場でそんな無様な態度は侯爵令嬢として許されない。


 これが、身分というものなのだ。

 アリアは侯爵令嬢という枠にはめられ、マルクは海軍士官という枠にはめられている。

 ランドール王国の食堂での夜よりも、今の方が絶望を感じるアリアだった。

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