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身分違いとなった貴方と私ーー再び出会うことができるまで  作者: ミソラ


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アリアとマルク

新連載です!

二話投稿しています!

「うるせぇ! そんなことが聞きたいんじゃねえっ!」


 その怒鳴り声と同時に木のカップが壁に打ち付けられて中身が飛び散る。先ほどまでざわついていた食堂はしんと静まり、皆がこちらを注視している。

 アリアは目を丸くして固まり、カップを壁に打ち付けた張本人のマルクはいたたまれなくなったのか「くそっ」と小さく呟いて店から飛び出して行った。


「大丈夫かい? アリアちゃん」

「……うん、ごめん大丈夫。あ、カップにヒビが入っちゃった」

 木のカップには縦にヒビが入っている。もう使い物にならないだろう。

「弁償するわ」

「そんなのマルクの野郎にさせるさ」

 食堂の店主が飛び散った飲み物が入ってしまった皿を片付け机を拭いていると、他の客たちも「そうだそうだ! 町一番の美人であるアリアちゃんと一緒に飯が食えてるっていうのに怒鳴るなんて、何様なんだ」と騒ぎ出す。それを聞いたアリアが眉を下げて笑うと、またわあっと騒ぎ出した。

 

「で、なにがあったんだい?」

「んー、マルクが仕事で嫌なことがあったらしくて愚痴ってて……私が余計なことを言ったみたい」

「はあ? それだけのことかい。けどまあ、あいつらしくはねぇよなあ」

「おとなしい奴が怒ると怖いってやつか」

 それを聞いたアリアは(そうなのよね。滅多に怒らないマルクを怒らせちゃった)としゅんと俯いた。


 *


 ランドール王国南部の貿易都市カーリクス。多くの人種が入り混じり、賑やかで陽気な街でアリアとマルクは育った。

 

 二人は孤児で、時期は異なるがともに孤児院の近くに捨てられていた。小さな教会に併設された孤児院はそれほど豊かではなかったが劣悪でもなかった。優しい二人のシスターが面倒を見てくれ、神父が読み書きを教えてくれた。

 教会では手伝いに来てくれる信徒たちから手仕事を学び、十四になると働きに出て十六になると孤児院を出て独り立ちをする。

 アリアは手先が器用で仕立て屋の刺繍担当の仕事を、マルクは警備隊の下働きとして仕事を得た。そして同い年の二人は十六才になると近くに住まいを借りて生活を始めた。


 警備隊は街の治安を守る仕事で、マルクは基地内で雑用をこなす役割をしている。孤児院出身にあてがわれる仕事としてはいい方だが、マルクはいつもぐったりしていた。

 滅多に弱音を吐かないマルクが「もう無理かも」とこぼすのを心配したアリアが聞き出したところによると、警備隊の中でも下級貴族出身の新米兵士がマルクに対して当たりが強いらしく、色々と理不尽な目にあっているようだ。けれど、弱い者がさらに弱い者を攻撃するのは孤児院でもあったこと。そんな時はシスターが攻撃する子どもにとことん話を聞いていた。

 だからアリアは「上官に訴えてみたら?」と言ってしまったのだ。


 *


「いつも家までマルクが送って行っていただろ? 一人で帰るのは危ないから家内に送って行かせるよ」

 食堂の店主が心配そうに提案してくれる。

「それじゃ、女将さんが危ないじゃない」

「あいつには一番でかいフライパンを持たせるさ」

「女将にフライパンは魔王に魔剣よりこえぇな!」

 どっと笑いが起きると「うるさい!」と恰幅のいい女将が厨房からフライパンを片手に出てきた。食堂の中は笑いで包まれる。


 アリアの気持ちが少し上向いてきた頃、ぎぎっと音を立てて扉が開いた。マルクが戻ってきたのかと皆が振り返ると、そこには場違いな紳士が立っていた。


 艶やかな繻子織の黒いコートを身に纏い、白髪混じりのダークブラウンの髪の毛はきっちりと整えられている。男はゆっくりと店内を見渡した。


 先ほどまでの大騒ぎとは打って変わって静寂に包まれた中、店主がおずおずと前に出た。

「い、いらっしゃいませ。あの……?」

 紳士がゆっくりと口を開いた。

「アリアという女性がここにいると聞いたが?」

 視線が今度はアリアに集まる。それに伴い男の視線もアリアに向いた。


 *


 マルクは食堂から二ブロック先の角を曲がった所で立ち尽くしていた。

 マルクは警備隊で毎日雑用をこなしながらも新米兵士たちのストレスの捌け口になっていた。彼らもまた先輩たちのストレス発散の相手としてしごれていた。だから殴られても蹴られてもマルクは納得していた。自分はそういう立場なのだと。けれどそれが毎日だとさすがに疲弊する。

 

 『上官に訴えてみたら?』

 

 兵の下っ端よりもさらに下の雑用係など、隊の上の方と口がきけるわけがない。隊長はじめ幹部は貴族だ。内部のことなんて知らないくせに、マルクの立場を理解していないくせに、と頭に血が上った。


 アリアに当たるつもりはなかったのに、正論を言われてカッとしてしまった。

 愚痴ったのは自分だ。アリアに甘えてしまったのだ。情けない。


 マルクはぐしゃぐしゃと両手で黒い髪の毛を混ぜ返した。それから、ばんっと勢いよく手を下ろして大きく息を吐いた。

「……アリアを送らないと」


 アリアは美人だ。柔らかい金髪をポニーテールにしてぱちりとした大きな青い瞳は美しい。道ゆく人が振り返るほど綺麗で、シスターたちはいつも心配していた。

 アリアはマルクたちと同じ孤児院育ちだというのにどこか品がある。朗らかできびきびと小さな子どもたちの面倒も見て勉強も頑張り、今では貴族向けの仕立て屋で刺繍の仕事をしている。


 シスターたちによると、アリアを養女にという申し出は何度かあったらしい。その度に教会を通じて相手を調査し断っていた。美しいアリアに目をつけた良からぬ輩たちだったようだ。

 十六が近づいた頃、シスターたちはアリアを心配して、そのまま修道女にさせようかと悩んだが、アリアが環境が良く賃金の良い仕事を得たことで規則通り独り立ちさせることになった。アリアが人並みの幸せを得ることができるように願った結果でもあった。

 

 そこで、シスターと神父は同じ年のマルクに頼んだのだ。アリアが危険な目に遭わないように守ってくれ、と。

 独り立ちするために孤児院を出る時、改めてシスターと神父から『アリアをよろしく』と頼まれた。マルクもそれを自分の役目だと思い『絶対に守ります』と神父たちに誓った。


 アリアはマルクにとって眩しすぎる。無自覚であるが、マルクはアリアに対して守るべきであって気安く接してはならない存在になっている。今更ながら爆発してしまったことに羞恥心を感じていた。

 

 マルクは踵を返し、食堂への道を戻っていった。


 *


 食堂に近づくと、大きな黒い馬車が見え、その周りに人だかりができていた。


「どうしたんだ?」

「あっ、マルク! アリアちゃんが……」

「……! ちょっ、ごめん!」


 マルクが人混みを掻き分けて馬車に近づくとぐいっと腕を引っ張られた。

「離れろ! 無礼である!」


 警備兵よりも立派な軍服を着た男たちに腕を掴まれずるずると後ろへ引きずられる。痩せぎすのマルクがもがいたところでびくともしない。


 離れた馬車の窓の向こうに柔らかい金髪が見える。

「……アリア!?」


 馬車の後ろに男が二人立ち、御者台からは掛け声とともにぴしりと手綱が打たれる音がする。

 馬車がゆるゆると動き出した。


「アリア! アリア……っ! どこに行くんだ!? 行っちゃダメだ……!」


 馬車が見えなくなる頃、ようやく軍服の男たちがマルクを解放した。

「お嬢さまの知り合いか。心配するな小僧。お嬢さまは元の場所に戻るだけだ」

「……は?」


 マルクが混乱している間に、男たちは馬に乗って馬車が向かった方向に走っていってしまった。


「どういうことだよ? アリア……」


 *


 馬車が去った後の食堂はお通夜のような雰囲気になっていた。

 青い顔をして俯くマルクに食堂の店主が声をかけた。

「……アリアちゃんは隣国の貴族の娘だったんだと。赤ん坊の頃に誘拐されてこの国で捨てられたんだそうだ。アリアちゃんが持っていたペンダントが決め手になったって迎えに来た男が言っていた」

 マルクも見たことがある『アリア』と彫られたコインのような丸い銀色のペンダントトップ。

『これがあったから私はアリアって呼ばれるようになったのよ』と笑っていた。


 アリアは赤ん坊の頃、籠に入れられて孤児院の前に捨てられていた。一緒に入っていたペンダントを頼りに教会は父母を探したが見つからなかったので、そのまま孤児院で育てられることになった。

 しかし、実は隣国で誘拐された貴族の娘で、この国まで連れてこられて捨てられたのだという。教会の調査は他国までは及んでいなかったのだ。


「今更……なんでだよ」

 マルクが小さく呟いた。

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