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『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
【シーズン1:バルナザール決算編】Q1

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『初春の影、聖者の在庫』④

第4部:魔王本社、傲慢なる決算報告


 悪魔界、魔王本社、バルナザール執務室。


 重厚な黒檀の机を挟んで向かい合うバルナザールは、傲慢な微笑みを浮かべながら、ヴァルプスが提出した魔法端末の「真っ赤な数字」を見つめていた。


「……で、ヴァルプス。この目も当てられん赤字の羅列、どう説明するつもりだ?」


 バルナザールの指先が、端末上の『ポータル維持費:前月比140%増』という項目を不機嫌に叩く。


「現世の魔力インフレに伴うライセンス料の未払い。

 これは我が社の債権回収規定に抵触する。支払い能力がないと言うなら、即刻、不良債権と化したレオン・ド・ラ・ノワールを悪魔界の底に回収し、その霊魂を解体して資産を補填するが?」


 ヴァルプスは深く頭を下げ、冷や汗を拭うこともせず、静かに自身の影から「あの瓶」を取り出した。


「……滅相もございません、閣下。

 数字の件は、すべて計算通りです。現世の過酷な環境を逆手に取り、レオンの『固定資産』を流動化させ、ついに『これ』を吐き出させました」 


 バルナザールの眉がピクリと動く。ヴァルプスが恭しく掲げたのは、深い闇を湛えた『血色のワイン』だった。バルナザールは椅子を鳴らして身を乗り出し、瓶をひったくるように奪い取った。


「ほう……。レオンくんが肌身離さず持っていた勝利の証か」


 バルナザールの目に一瞬の興奮が走る。その目つきは値踏みをしながらも、どこかに熱を帯びていた。

 彼がまだ若き悪魔だった頃の記憶が脳裏に蘇る。かつての支配者たちにとって、「過去の栄光」を手に入れることこそが支配力の象徴だった。

 バルナザールもまた、その絶対的な価値を知っていた。


「レオン・ド・ラ・ノワール。あの男が保持していた『勝利の証』か。

 私も若い頃、数多の悪魔たちがこの『過去』を奪い合い、引き裂き、求め合ったものだ。

 これこそが、悪魔界における真の支配の象徴。過去の栄光を制する者が、未来を制す。

 ……だが、レオンはそれを切り売りしてしまったか」 


 バルナザールは瓶を西日に透かしながら、目を細める。


「……あの頃を思い出すな。私もかつてはこの血色のワインを手に入れたくて、どんな手段でも使った。

 そしてあの時、私はその『勝利の証』を手にして、次の時代の支配者となったのだ。

 だが、今のレオンは違う。彼は自らの過去を切り崩し、現世の不況に魂を売ってしまった。

 それこそが弱体化の証であり、私にとっては、あれが男の終焉の兆しに見えるな」


 一瞬、バルナザールは真顔になった。


「……早く堕ちてこないものか」 


 ヴァルプスはその間も、表情一つ変えずに言葉を続けた。


「……閣下。これ一本の魔力的価値は、悪魔界オークション『ヘルスカー』の昨年度落札相場に照らせば、現行の未払いライセンス料の三倍──すなわち、数四半期分の予算を優に上回ります。

 算出上、ボクのQ1上納金の3.2倍相当です」 


 バルナザールの表情の変化を見逃さず、ヴァルプスはさらに声を落とす。


「さらに、これは単なる液体ではありません。かつての英雄の『勝利の記憶』が封じられた、唯一無二の触媒。競合他社の幹部連中が喉から手が出るほど欲しがる、極めて政治的価値の高い戦略的資産です。

 もしこれが他社に流出すれば、父上の支配領域のシェアに多大な影響が出る可能性すらあります」 


 バルナザールは封蝋を舐めるように見つめ、鼻で笑った。

 ヴァルプスは冷静に、かつ狡猾に言葉を重ねる。


「レオンは今、現世での平穏を繋ぎ止めるために、自らの過去という『資本』を削り始めました。これは奴の弱体化、すなわち支配の完成を意味します。

 ですから今回の上納金は、この『現物支給(アセット)』をもって相殺とさせていただきたく。

 ……さらに、経営合理化の提案がございます」


「まだコストを削るつもりか」


「レオンはもはや、過去を切り売りする抜け殻。現状の『特級監視体制』はオーバースペックです。

 監視ランクをディスカウントし、浮いた管理コストを現世での『新規開拓(魔力ロンダリング)』の初期投資に回す許可を。

 そうすれば、Q2の報告書では魔力に依存しない純利益をお見せできるでしょう。

 これは、完全なる勝者となるためのポートフォリオの再編なのです」


 緊迫した沈黙が執務室を支配する。

 バルナザールはワインの瓶を静かに机に戻すと、冷ややかな笑みを宿らせた。


「……口が回るようになったな。

 いいだろう。この資産の市場価値と、お前の言う『政治的リターン』の可能性に免じて、今期の赤字は不問にしてやる。

 監視体制のダウングレードも承認しよう」


 バルナザールは目を細め、獲物を定めるような冷徹な視線をヴァルプスに突き刺した。


「だがヴァルプス。これは『融資』だ。Q2で期待以上のROIを示せなければ、次はワインでは済まん。

 ……お前の影という名の『担保』、そのものを差押えしてやる。……レオンごとな」


 ヴァルプスは深く息を吸い、その冷徹な宣告を真っ向から受け止めた。

 その目に一瞬の躊躇もなければ、言葉に一切の感情もない。


 「……御意。期待以上の成果をお見せしましょう」


※2026/05/24 大幅修正をしました。

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