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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第164話:『ゆるせない誠実ー 02/06 20:10 執行開始』

第3部:ゆるせない誠実


「そこ、座り」

 

 金本が近場の円卓に視線を投げる。レオンは言い返す言葉が見当たらず、吸い寄せられるように黙って席についた。

 座り慣れた椅子のはずなのに、これほど座り心地の悪い、そして「逃げ出したい」椅子は初めてだった。


「ほら、味見や。原価の分際で、原価の味も知らんのは滑稽やからな」


 ドン、と目の前に置かれたのは、カフェテリアの白い陶器ではなく、どこか煤けた無骨な木椀だった。

 波打つ黄金色のスープ。そこから立ち上るのは、エルフの洗練された食文化には存在しない、強烈な磯の香りと、鼻の奥を焼くようなスパイス、そして――圧倒的な「生命」の匂いだ。


「……金本さん。私は、食欲があるわけでは……」


「ええから飲め。あんたのその整合性やらで冷え切った腹、これ一杯で沸騰させたるわ」 


 レオンはおそるおそる、震える指で木椀を取り上げた。

 一口含んだ瞬間。暴力的なまでの「旨味」が、彼の思考を真っ白に塗りつぶした。それはロジックでも、契約でも、経営戦略でもない。

 ただただ、「生きている」という事実を胃の底から突きつけられるような、濃厚でドロドロとした熱。


「……っ、げほっ!」 


 あまりの熱さと濃さに、レオンは咽せた。涙目になりながら木椀を握りしめる。金本はそれを見て、愉快そうに笑った。


「どや。……だいぶ、重いやろ」


 レオンは涙と鼻水をそのままに、金本を見つめていた。

 何が起きているのか理解できないまま、それでも視線だけは外せなかった。


「……何を、言いたいのですか。味付けが……過剰です」


 金本はズ、と自分の木椀のなかの出汁を啜り、満足げに鼻を鳴らした。


「過剰でええねん。商売なんてなぁ、途中で味は変わるし、無理やり足すし、薄めて伸ばすし、余りもんまで再利用してナンボや。

 予定通りのレシピなんか、一番最初につまみ食いされて消えるもんやで」


 金本は自分の鼻の頭を掻きながら、レオンの木椀を指差した。


「レオンちゃん。自分は『失敗したから、このスープは全部捨てます』言うて泣いとるけどな。

 ワイから見れば、それはただの『熟成』や。不純なもんが混ざったおかげで、ようやく売りもんの深みになってきたんちゃうか」


「……料理は、そうかもしれませんけれど」


 レオンはまだスープの残る木椀を見つめたまま、ぽつりと呟いた。膝の上に置いた拳が、かすかに震えている。


「不純なものを混ぜて、それでも『正しく』あれる方法なんて……私には、まだ、形が見えません」


 唇から漏れたのは、あまりに幼く、無防備な告白だった。


「せやろな。レオンちゃん、自分は頭が良すぎて、逆にアホになっとるわ」


 しばらくの間、レオンは木椀にこびりついた油膜を見つめていた。自分の指先を見て、油で濡れているのを確認する。


「……私は」


 レオンは指先を親指の腹でそっと擦ったあと、静かに呟いた。


「……私の、力になってくれると言ってくれたあなたに」


 指を曲げる。

 

「ちゃんとしたものを提供できなかった自分が、ゆるせなくて」


 金本はそれを聞いて呆れたようにため息を吐く。その音を聞いて、レオンの長耳が下がった。叱られ待ちの子どものように、目を伏せる。

 金本はそんなレオンを見下ろして、大げさに腰に手をあてる。


「ええか。正しさなんてのはなぁ、後から帳尻合わせればええねん。

 ……今はただ、その胃袋に溜まった熱、冷まさんようにしとき」


「……」


 金本は自分の腹を叩いて見せる。服の上から叩いたのに、やけに小気味よい太鼓のような音が響いた。


「ま、レオンちゃんが動かんかったら。

 祭りの準備は、ワイが全部やっといたる。利息は高うつくけどなぁ」


 ガハハ、と笑って金本は腹を何度か叩いた。

 レオンはしばらくその揺れる腹を見上げたあと、ようやく口を開く。


「……だめです。金本さんは、想定外のことばかりするから」


「なんやと! そこは『お任せします』やろがい!」


 金本の怒号が、静かなカフェテリアに無作法に響き渡る。

 レオンは眉を寄せ、鼻を啜りながら、空になった木椀をそっと円卓に戻した。木椀の熱をまだ指先で感じている。


 レオンは、立ち上がる。カウンター越しに、保留にしたはずの報告書を一度だけ見た。

 報告書は、ただの色のついた紙切れになっていた。


 空間の輪郭が曖昧になる。空席ばかりのカフェテリアの中で、金本だけがやけに現実に見えた。


 整合性も、リスクも、終わりの合図も。

 それを考えきる前に、椅子が小さく鳴った。

 腹の底には、まだ、ひどく熱いものが居座り続けていた。



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