奇跡
~HUがもたらした静かな贈り物~
夜のカンファレンス室。
無雑医師、E医師、Y医師、そして看護師長Tが、コーヒー片手に昔話をしていた。
無雑「そういえば……“奇跡”って呼ぶしかない経験があったんだ。もう15年くらい前かな」
E「奇跡……ですか?」
Y「先生の口から出ると、逆に本当にあったっぽい気がしますね」
無雑「いや、ほんとにね。HUだけで、完全寛解になった人がいたんだ」
第一の奇跡
75歳の女性患者。
白血球は5万、血小板は5万、ヘモグロビンも7~8。
無雑「ご家族は治療を希望してたけど、ご本人が“私はもう十分。孫も成長したし、辛い治療は望まない”って言われてね。HUと輸血だけで始めたんだ」
芽球は消え、血小板が上がり、貧血も改善。
骨髄検査をしてみると、完全寛解。
「嘘でしょ?」と思ったその瞬間の驚きと、患者の笑顔は今も忘れられない。
彼女はその後、1年半も穏やかに過ごした。最後は脳梗塞で亡くなったが、その1年半は家族と過ごした豊かな時間となった。
第二の奇跡
80歳の男性。
白血球3万、血小板2万、Hb 7。
無雑「合併症も多くて、当時はベネトクラクスもアザシチジンもなかったから、HUと輸血と、熱にステロイドを少し。それだけだった」
ところが彼も完全寛解に入り、以後も再発せず。
「先生、また来月も頼むよ」と笑顔で外来に通い続けた。
第三の奇跡
85歳の男性。
非常にしっかりした方で、病名を告げた時にこう言った。
「私のために医療費を多く使わせるのは申し訳ない。
ただ、身辺整理をするまで、少しだけ生きさせてください」
HUすら使わず、赤血球輸血中心のケアを選択。
なのに病状はなぜか進まない。
白血球は1万前後で安定、血小板も2万のまま止まり、輸血だけで過ごせた。
1年が経ち、手紙をくれた。
「身辺整理が終わりました。輸血ももう大丈夫です」
そうして、穏やかにホスピスに移った。
エピローグ
無雑「3人とも、本人が死をしっかり受け止めていて、家族も支えてたんだ。だからなのかな、HUだけで説明できない“奇跡”が起きたんだと思う」
しばし沈黙。
T師長が小さく笑った。
T「ねえ先生、それってきっと“医学の枠を超えた部分”よね。人の生き方とか、覚悟とか……そういうものが、体に力を与えるんだと思うの」
E「……それ、論文に書けないやつですね」
Y「でも一番大事なことかもしれない」
無雑「うん。僕らはただ、それを“奇跡”と呼ぶしかないんだよ」
これは本当に論文とかにもできないのですが、なぜか長期生存されたんですよね。共通項を考えていますが、HUがたまたま効いたくらい・・・。




