電波
外来の待合室は、いつものように人でいっぱいだった。
番号を呼ぶと、背の高い五十代の男性が静かに立ち上がり、診察室へ入ってきた。
カルテをめくると、そこには検査結果が貼られていた。
白血球 40,000/µl。
ヘモグロビン 6.8 g/dl。
血小板 2.0万/µl。
さらに末梢血には芽球が九割。
(これは……急性白血病だ。特に急性リンパ性白血病の可能性が高い)
私は心の中でため息をついた。重い病気だ。しかし、今は迷っている場合ではない。できるだけ早く大学病院に転院してもらわなければならない。
「Mさん、検査結果を拝見しました。かなり重い血液の病気の可能性が高いです。急性白血病の疑いが強いので、大学病院での精密検査と治療が必要です」
そう切り出すと、Mさんは頷き、落ち着いた声で口を開いた。
「先生、実はね。これと同じことを、別の病院でも言われました」
「……そうでしたか」
「ええ。“急性白血病だから、血液内科に行きなさい”って。だけど私は、どうしても納得できなかったんです」
私は首をかしげた。納得できない理由とは――。
「……カルテがね。電波で書き換えられたんじゃないかと思ったんですよ」
診察室の空気が一瞬止まった。私は思わず聞き返す。
「で、電波で……ですか?」
「そうです。データが全部電波に操られて、本当の私の血液じゃないんです。だから、この病院で再検査を受けて、本当の数値を見たかったんですよ」
そう言うと、Mさんはカバンをごそごそと探り、茶封筒を取り出した。
そこには、しっかりと大学病院の宛先が記された紹介状が入っていた。
「大学病院への紹介状は持っています。なので、これで行きますね」
Mさんは立ち上がり、丁寧に一礼をして、そのまま診察室を出て行った。
残された私は、しばし呆然。看護師と顔を見合わせた。
そして思わず苦笑いがこぼれる。
「……いやいや。電波で血液データは書き換えられないだろう」
診察室には、いつもより少しだけ柔らかい空気が流れていた。
実際にあった話ですが、大学病院ではなくて市中病院での話です。思わず・・・「は?」と。




