夜明け前に
あれは、もう20年近く前のことだったろうか。
G先生は、当時血液内科をローテートしていた研修医で、いわゆる“できる”医者だった。礼儀も丁寧で、説明もうまい。患者さんからの評判も良く、こちらとしても安心して仕事を任せられた。
……いや、安心しすぎたのかもしれない。
G先生が受け持っていた急性骨髄性白血病のPさん。もともと心不全の既往があり、寛解導入療法にはリスクがあるとわかっていたが、本人の強い希望もあって治療を開始した。予想はしていたけど、感染からの急変はあまりに早かった。細菌性肺炎から心不全が悪化し、人工呼吸器管理。ICUにも入れず、血液内科の病棟で対応するしかなかった。
G先生は、その晩からずっと病棟に詰めていた。
いや、“詰めていた”というより、“帰らなかった”。
当直明けも、仮眠室にも行かず、ナースステーションの隅でカルテを見返し、モニターをにらんでいた。
「G先生。……そろそろ、一度帰ったら?」
そう声をかけたのは、たしか3日目の朝だったと思う。
「僕がちゃんと見ていれば、こんなことには……」
そう言って、顔を上げなかった彼に、私はできるだけ静かな声で言った。
「違うよ。G先生はちゃんと診てた。たまたま、そうなっただけ。……だから、一回、家に帰って風呂入って、寝てきなさい。これは命令です。病棟にいても、今の君じゃ何もできないから」
その日は帰ってくれた。
それが、最後だった。
翌朝、G先生は出勤しなかった。
電話も繋がらず、ポケベルも反応がない。嫌な予感がした私は、同僚のE医師とともに、研修医寮へ向かった。寮の管理人さんに鍵を開けてもらい、部屋に入ると、目の前の光景に息が止まった。
テーブルの前で、正座をしているG先生。
窓もカーテンも閉まったままの薄暗い室内で、ただ一点、机の上を見つめていた。
「G先生……?」
応答がない。
こちらの存在にも反応せず、まるで人形のようだった。
その視線の先にあったのは、
古びた鏡と、柄が欠けた普通のカミソリ。
机の上には書きかけの診療記録が数枚。
そこに書かれていたのは、Pさんの入院経過ではなく、G先生自身の“考察”だった。
── 自分の判断は正しかったのか。
── この治療方針は、誰が決めたのか。
── 命を預かるとは、どういうことなのか。
── 血液内科医とは、何者なのか。
無雑医師はこの時はっきりと理解した。
G先生の中で、臨床医としての自己が崩壊しかけている。
そっと、カミソリをポケットにしまいながら、無雑医師はE医師に言った。
「……E先生。教授に報告して。研修はドクターストップで。一時入院させます。“医学的介入”が必要な状態だから」
その日から、G先生は病院に戻らなかった。
その後、噂で聞いた。
臨床医には戻らず、産業医になったという。
“人が壊れないように守る”側に回ったと。
今となっては、立派な選択だと思う。
でも、ふと夜勤のナースステーションで一人になるとき、今でもあの部屋の薄暗さと、G先生の無表情が、頭の隅をよぎる。
そして、気づくのだ。
燃え尽きるのは、いつだって真面目な医者。
それが血液内科という診療科の、静かな、でも確実な“業”なのかもしれないと。
血液内科医って真面目な人が多いせいか、燃え尽きる方も多いような気がします。
このエピソードは2人の研修医の先生のエピソードを混ぜているのですが、燃え尽きさせないように適度に・・・って思っています。休める時に休むのも医師の仕事だなと思います。




