英語でまくし立てる日本人
祝日の当直というのは、平日とはまた違った独特の空気がある。
通常の平日は、外来も病棟もある程度予定通りに進むのだが、祝日は「予定外」の嵐が吹き荒れる。スタッフは必要最小限、検査技師や薬剤師も人数が絞られ、外来の患者はゼロの時間帯もある一方で、救急外来は突発的に忙しくなることがある。
その日の昼過ぎ、私はようやくコーヒーに口をつけた。カップが唇に触れた瞬間、救急隊からのコールが鳴る。
「こちら救急隊です。蕎麦屋の前から搬送要請です」
──蕎麦屋? 珍しい現場指定だ。だが、そこから先の情報が出てこない。
通常なら、「氏名・年齢・性別・主訴・バイタル(体温、血圧、脈拍、呼吸数、SpO₂)」の5点セットが返ってくるはずだ。ところが今回は違った。
「詳細はよくわかりません」
「よくわからないって……」
「興奮状態になっていて、警察と救急の両方が呼ばれたと」
「……それ、搬送判断できる情報ゼロですよ?」
救急隊も困っているのはわかる。どこかに収容しないと仕事が終わらないのだろう。
私はため息をつきながら、「しょうがない、来てください」と答えた。
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しばらくして救急車が到着。ストレッチャーは使われていない。車から降りてきたのは、夫婦と思しき二人。年の頃は50代半ば。見た目は完全に日本人。二人は日本語で激しく言い争っていた。
「大丈夫ですか?どうされましたか?」
私が声をかけると、女性が勢いよく振り向き、次の瞬間──
「What are you doing? Why am I here? I don’t need this!!」
怒涛の英語が矢継ぎ早に飛んでくる。それも、発音がやたらに流暢だ。
(……え?あなた、日本人ですよね?)
驚きつつも夫と思しき男性に小声で尋ねると、苦笑しながらコクンと頷いた。
話を聞くと、数日前から様子が変だったらしい。普段は穏やかで、地元の蕎麦屋にもよく出かけていたが、その日は蕎麦屋に着いた途端、興奮状態になり、店内の物を投げつけ、大声を上げた。周囲が驚き、店主が警察に通報、同時に救急要請もかかったという。
「英語で話している理由はわかりますか?」
「昔、英語の教師をしていて……。もしかしたら何かスイッチが入ったのかもしれません」
確かに発音はネイティブ並みだが、内容は怒りと困惑が入り混じり、こちらもなかなか聞き取れない。途中からは、こちらの日本語に対しても英語で返す完全二カ国語モードに突入した。
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祝日で精神科のある病院も限られる。さらに強制入院の可能性もあるなら精神科病棟併設の総合病院が望ましい。最終的に、大学病院の救急外来に受け入れを依頼した。神経内科・精神科の両方が揃っているためだ。
「大学病院に行きますよ」
「Why? I’m fine! I don’t need to go!」
英語の拒否は相変わらずだが、夫の説得もあり、ようやく搬送が決まった。
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後日、大学病院の友人に聞くと、入院当初も英語で話し続けていたとのこと。
本人はその間のことをほとんど覚えていなかったらしい。原因ははっきりしないが、何らかの精神的スイッチが入った可能性が高いとのことだった。
祝日の当直では珍しくない“予測不能”の一幕だが、この件は強烈に記憶に残っている。日本人相手に英語で30分以上まくし立てられたのは、後にも先にもこれ一度きりだ。
そして私は心に刻んだ──状況がわからない搬送依頼はお断りした方が良い。
これ、本当によくわからないのですが(原因すら)、その後どうなったのやら・・・。後日談はChat-GPTの創作です(救急搬送の救急隊困った、受けた側も困った、来たらびっくりした・・・が事実です)




