110話 参戦
同刻、第三王女周辺。
「はぁ、はぁ……!」
リリアーナが、ようやく訪れた一息つける瞬間を最大限利用して荒い息を吐く。
ひっきりなしに押し寄せる魔物の大群を兵士たちだけで捌くべく指示を出し続け、ようやく周辺の魔物たちを一通り追い払ったところだ。
(ローズ様が居なければ、全滅とは行かないまでも大打撃は十分あり得ましたわね……それに、あの魔物……)
得意の広範囲高火力で、戦場一角の掃討を単騎で担ってくれたローズの働きに感謝しつつ、それ以上に気になるエルメスとルキウスの様子も心配しつつ。
しかし……今はリリアーナのやるべきことがある。兵士たちの負傷、損耗確認もそうだし、何より──
「リリアーナ様。『例の軍』の長が面会を求めております」
「あ、受けていただけたのですか。……どうぞ、通してくださいまし」
そう。
例の軍──ここまであの魔物たちと戦っていた軍隊の長との面会だ。
素性は未だ不明だが、分かっていることは二つ。とにかく真っ向からあの魔物の軍隊を打倒しようとしていた高い貴族としての義務感を持つものであること。そして……今ある戦力だけでは、到底王都を守り切るには足りないということ。
故に、協力は必須。あの軍隊との連携が取れればこの異常事態もまだ対処の余地があるはずだ。
そのための面会。無論向こうの長が危険な人物である可能性もあるが……少なくとも軍隊の動きを見る限り怪しいところはなかったし、今はカティアが護衛についている。最低限の守りはできるだろう。
その保障をした上で、ある種の緊張感を持って兵士たちの中を歩いてくる人物が、姿を表すのを見て──瞠目する。
「あなたは……!」
「リリアーナ様! ご無事だったのですか……!」
リリアーナを視界に収めるや否や、堂に入った様子でその場に跪いたのは。
「リリィ様、お知り合いで?」
「は、はい! この方は王家……と言うよりは国王直属の、護衛部隊の隊長です!」
今度は問いかけたカティアが驚きの様子を見せる。
同時に、彼女が思い返すのは──王都を脱出する際の出来事。確か、国王直属の魔法使いの部隊は、当然あの政権簒奪の際それを止めるために動き出して。そして……
「ラプラスに全滅させられた、と聞いていましたが」
「それに関しては、その時王都に残っていた彼らの……ひいては彼らを鍛えきれなかった私の不徳の致すところです。申し訳ございません、ですが……」
「……もしかして、察するに。あなたたち、直属護衛の『本隊』が。この脅威に対応している影響で政権簒奪の時も居なかった、と……?」
この状況、隊長の様子。
そして──いくらラプラスが相手とは言え、国王直属があそこまでの短時間でやられたということに対する違和感。それら諸々を総合してのリリアーナの推察に、隊長は申し訳なさげに頷いて黙り込む。
……なるほど、と納得した。
同時に戦慄する。この問題は……想像を遥かに超えて根が深いらしいことに。
「っ、そうです! 我々の不甲斐なさに関してのお叱りは後程如何様にも、それよりもっ」
そこで、隊長がパッと顔を上げて。
「それよりも、リリアーナ様が真にご健在を判明した今、恥を偲んでお頼み申し上げたいことが! どうか──」
ここに来た真の目的を、切羽詰まった顔と共に、告げる。
「──どうか、あのお方をお救いください……!」
◆
「しぶといなぁ」
一方、エルメス、ルキウスの二人は魔物の少年──カルマとの戦闘を続けており。
……変わらず、劣勢に追い込まれていた。
戦って分かった。この魔物は……『魔法』そのものに対する適性というものが人間とは次元が一つ違う。
魔法を扱う際にも、難しい理論や複雑な思考など必要なく。魔法生物として自然に、あるがままに、それこそ血統魔法の持ち主以上に呼吸するように魔法を扱える。
今も、エルメスから真似た高機動魔法を下手するとエルメス以上に自在に使いこなし、加えて他の人間から取ったと思しき血統魔法を凄まじい威力で次々に扱い、高い身体能力と合わせて手がつけられないレベルで二人を圧倒していた。
(……さて、どうするか)
無論、だからと言って諦めるわけにはいかないのだが……正直今回ばかりは割と真面目にどうしようもない。
何せ、相手をしているのは今のところ完全にエルメスの上位互換と言って良いような存在だ。弱点も何も、基本性能が全て一回り自分を上回っているのだから始末に負えない。
いい加減、魔力体力もまずい。ルキウスと共に、冷や汗を流しつつどうにか突破口を探そうとしていた──その時だった。
別の、強大でどこか不自然な魔力が。急速にこちらに近づいてきた。
「む?」
「!」
「うぇ」
ルキウスは純粋な疑問。エルメスは覚えのある魔力に対する驚き。そしてカルマは、またか、とでも言いたげな呆れ。
三者三様の表情を浮かべ、魔力の持ち主に対して身構えて──そして。
「血統魔法──」
その、人影が。
両者の中間から現れて、カルマの方角に手元の杖を向け。
「──『白凪の大蛇』!」
瞬間、杖の先から放たれた真っ白な霧がカルマを包み込む。
そのまま瞬く間に、カルマをその周りの空間ごと氷漬けにした。
エルメス、ルキウスが目を見開く。
不意打ちからの大火力魔法。完璧なタイミングで命中し、凄まじい氷柱を顕現させて動きを封じた。まさか、勝っ──
「またこの魔法? きみのはいい加減涼しいだけで飽きたよ」
直後、氷が粉々に砕け散って。
中から出てきたのは、無傷のカルマ。
それを見て……人影が、分かっていたと言うように。悔しそうに、忌々しそうに唇を歪ませた。
……色々と、驚くべき出来事が一瞬の間に起こりすぎたが。
その中でも、エルメスにとって最大の衝撃は。
今、魔法を撃った人間。深い紺の髪と、淡い水色の瞳。怜悧な容貌と目の下に滲んだ濃い隈が目立つ青年。
直接話したことはないが……一度謁見したその容姿は、その立場も伴って。一つの……この場ではあまりにも多くの意味を持つ名前が、エルメスの中に浮かぶ。
その、青年の名前は……
「──ヘルク、第一王子殿下」
「……君は……ああ、リリアーナのところの魔法使いか。『奴』の噂を聞きつけてやってきたのか? まぁ、どんな経緯でここに来たのかはどうでもいいけど……一つだけ」
この騒動の大元である、政権簒奪を起こした張本人であり。王都での決戦の際に、対立しなければならないと思っていた人間の一人は。
冷たい瞳に、暗い覚悟を乗せて……エルメスにこう言い切る。
「……手を出すな。あいつは、僕の獲物だ」
何もかもが、イレギュラーだらけのこの戦い。未だ分からないことは多いが……
第一王子ヘルクの参戦。それをピースに、何かが繋がっていく漠然とした感覚だけは。その時エルメスもルキウスも、感じたのだった。
現王家、最後の一人がいよいよ再登場です。
次回以降、この騒動の謎に迫っていく予定ですので、お楽しみにしていただけると!




