109話 生態
「エルメス君、君は後衛に下がりなさい」
とは言え、引く訳には行かない。
ルキウスが、素早い判断と共に指示を下す。
「基本の攻めは全て私が行く、君はそのサポートを。加えて君も分かっていると思うが……」
「はい。……今見せた二つの魔法以外は、絶対に使いません」
当然の判断だ。
あの少年の言動、生み出した魔法、それが引き起こした結果。
誰がどう見ても──魔法を真似されたことは明らかで。他の魔法でもそれをされない、という保証はどこにもない。
故に、少なくともこの少年と対峙している間は。今見せた『魔弾の射手』と『無貌の御使』以外の魔法を使うわけにはいけない、という縛りをされた状態で戦う必要がある。
……だが、ここに居るのはルキウスとエルメス。この二人が揃って戦えるなら、最低限突破口くらいは見つける必要があるだろう。
その決意の元、ルキウスと改めて息を合わせ。戦闘を再開し──
──そして。
「つまんないなぁ。最初のは面白かったのに、それ以外の魔法を持ってないの?」
何も、できなかった。
「というか、人間ってみんなそうだよね。なんで馬鹿みたいに一つの魔法しか使わないの? しかもその割には使い方も下手くそだし。もっといろんな魔法を使えた方が楽しいのに、どうしてそうしないのかなぁ」
「……っ」
「く……」
手合わせして分かった。
この、眼前の少年は──確かに魔物だということを。
実は、人間の扱う魔法にはある種の限界がある。人間が人間である以上避けられない、身体的な機能、制約に関連する『頭打ち』の分野があるのだ。
それが特に顕著なのが身体強化系魔法。自らの肉体の性能を上げる類の効果は、端的に言えば『人間には物理的に絶対不可能』な挙動をさせることはできず。エルメス及びルキウスも、その頭打ちに近いレベルにまできており。
来ているからこそ……よく分かるのだ。あの少年に、それが適用されていないと。
魔物は、魔法生物。
魔力に引き寄せられる性質を持ち、強力な個体は固有の魔法を持ち。
そして……魔法に対する適性自体も人間より遥かに高い。
恐らく、魔法の強化に合わせて肉体自体も変質させている。それによって強化魔法に最適な肉体を生成し、際限なく強化の恩恵を受けられるようにしている。
そうでなければ、説明できない。
そうでなければ。
ルキウスと真っ向から戦闘をしておきながら、一太刀もかすることなく純粋な身体挙動だけで彼を圧倒し。
的確に差し込んだはずのエルメスの援護射撃にすら対応し、あろうことか素手で全部弾き返し。
一方的に負傷し疲労した二人を前に、無傷で悠然と佇むなんて芸当、出来るはずがない。
「つまんない、つまんないよ。きみたちのこと、もっと知りたいのに」
一方で、気になるところは。
それほどの力を持っていながら……当人の気質自体は、全体的に稚気が強めということだ。
戦闘中にもこちらを興味深げに観察する体をとっていたし、今も追撃の絶好の機会であるにも関わらずその場で立ち止まったまま不満を露わにし。
動き等を考えても……戦闘の達人であるようにも見えないし、戦闘時の心構えだってできているようには思えない。
にも拘らず、実力自体は桁外れで。こちらに対する確かな殺意だけはひしひしと感じるあたり不気味さが際立つのだが……
……付け入るとすればここかと。エルメスは、呼吸を整えて言葉を発する。
「……そんなにこちらのことを知りたいのなら、少しお話でもしますか?」
「え? んー、まぁいっかな。どうぞどうぞー」
極めて軽い調子でたった今殺し合いをしていた相手との会話を了承する少年。ちぐはぐさが尚更恐ろしいがともあれ、と思考を整理し。向こうのいくつかの質問に対して極力影響のない範囲で答えたのち、問いかける。
「ではこちらからも。まず──貴方は、魔物ですよね?」
「その『マモノ』ってのはよく分からないけど……少なくともきみたちが、僕の仲間たちを指してよく呼んでいるのと同じものかって意味ならそうかな」
「仲間、と呼びましたね。……この周りの魔物たちはやはりあなたが指示を出しているということですか?」
「うん。よく分かんないけど生まれた時からぼくの言うことを聞いてくれたよ」
「……あなたと同種の、僕たちと同じ人の形をした魔物は、他に居るのですか?」
「それも分かんないや。今言った通り、ぼくは気がついたら居たから」
今のやりとりだけでも、極めて有用な情報が大量にある。
まず、眼前の少年が魔物である裏付けをとれたこと、そして少年のような存在が他にいるという最悪の可能性は少し低くなったこと。
そして……『他の魔物に言うことを聞かせる』という、この状況の要となっている能力について。
口ぶりからするに、少年の魔法である可能性は低そうだ。となると……彼に生来備わっている能力──これは推測だが、『人型』の魔物になった時点で自動的に習得する能力の可能性もあるかもしれない。魔物の中にも、実力による序列のようなものが形成される例は存在するため、その関連か。
……そこで思い出すのは、以前第二王子アスターと対立していた時。
カティアとの逃避行、そしてアスターとの対決の最後。あの、規格外の幻想種が現れたこと。
あれは思い返せば──あまりにもタイミングが良すぎた。
加えて、今の他の魔物を操作する能力。
何かきな臭いものを感じるが……少なくとも、この少年と直接の関係がある可能性は低そうだ、と意識を切り替える。
……そして、考えているうちにとあるアイデアが浮かんできた。
単純な話だ、今までの魔物と違って言葉が通じるのであれば……もしかすると、交渉の余地があるのではないか、と。
その考えのもと、エルメスは続けて……見極めるように言葉を発する。
「では……貴方の目的はなんなのですか? 何のために、このように王都を取り囲んで──人を襲う、人を殺しにかかるのでしょうか?」
問いに対して、少年は。
一度目を見開位たのち……首を傾げて。
「え。とくに理由はないけど?」
「──」
「何となく……っていうか、『とにかく殺したくてたまらないから殺す』って感じかなぁ。なんていうか、頭のすっごく奥の方からずっとずっとずーっとそういう気持ちが湧き上がってくるんだよねぇ。ふしぎふしぎ」
魔物の生態について、詳しいことは未だ判明していない。
ただ、唯一分かっていることは……奴らは人を執拗なまでに襲うということ。
その、原点は。ひょっとすると──
「多分だけど、きっともう『ぼくたち』が生まれた時点で。
──そういう風に『魔法』で決められてたんだと思うよ?」
…………あまりにも、恐ろしい何か。
「逆に聞くんだけどさ。
きみたちは……これまで何かを考えて『魔物』を殺してきたの?」
世界の底の底にある何かを、垣間見たような感覚。
「ぼくもそれと同じだよ。今はきみたちの魔法が気になるから放っておいてるけどさ、もし本当の本当にこれ以上魔法がないっていうんなら……」
殺す、と。
何の衒いも偽りもない、純粋な殺意──それこそあの時のケルベロスから感じたものと同種の、それでいて質は桁違いの。彼らですら身が竦むほどの意志を真っ向から浴びる。
「ていうか何だろ、話してたらだんだん腹立ってきたなぁ。
ねぇ、ほんとにもう魔法見せてくれないの? なら正直人間たった二人なんてどうでも良いからさぁ……もう、いいかな?」
まさしく、子供の気まぐれの如く。
それでいて、表情と発する魔力を豹変させる少年。
これ以上の時間稼ぎは不可能。
そして──交渉の余地も、絶無。
そう瞬時に判断した、できてしまったエルメスは。最後に、必要というわけではないが……一つの礼儀として。
「では、最後に一つ。
……貴方の名前は、何ですか?」
「ナマエ? ああ、きみたちがお互いを指して呼ぶ変な言葉のことか。ぼくにそういうのはないんだけど……生まれた時から頭の中にあった言葉なら、一つ」
問いかけたエルメスに、白い魔物の少年は殺意に満ちてかつ凪いだ表情で。
「──『カルマ』」
何処か重奏的な響きと共に、その言葉だけを告げる。
「きみたちがぼくを『ナマエ』で呼びたいなら、勝手にそう呼んでよ。……まぁ、どうでもいいけど」
宣言通り、その問答を最後に。少年──仮称カルマが、再び桁違いの魔力を纏って飛び掛かってくる。
……この世界の、とても深くおそろしく、どうしようもない法則。その存在を感じつつ。
全く勝ち目が見えないまま、ルキウスと共に戦闘を再開するのだった。
次回、一旦リリアーナサイドのお話になる予定。
この騒動の原因に迫ることを語るかもです、お楽しみに!




