107話 不気味
突如として、第三王女陣営が劇的に慌ただしくなった。
斥候の報告及び超速で状況を伝えにきたアルバートからの第二王女側の報告を統合するに──
「……数日前から、『丁度王都を囲むように』魔物の大群が展開されてる、と」
偶発的な集団が現れたならともかく、王都を囲むように──というのが完全におかしい。
まず、魔物の基本的な習性は『人を襲う』の一点。その原理に従うのであれば、この近辺で最も人が多い王都に殺到しない理由がない。
おまけにその影響で、現在完全に王都の中とそれ以外の交通が遮断されているとのこと。言い換えれば、王都に入ることも王都から出ることもできない状態。
つまり──これから王都で『何か』を起こすだろう組織の人間にとっては、この上なく都合の良い状態。
(……嫌な予感しかしない)
が、それに関して考えている余裕は最早無い。
いずれにせよ、ここから先エルメスたちは王都に乗り込んで、組織との決戦に挑まなければならない状況。王都がこの先戦場になることが確定している以上──背後に敵を残した状態で挑むわけには到底いかない。
それに、自分達の立場的にも、危機に陥っている王都を見逃しにする選択肢はあり得ない。今のところこの魔物の大群にはいくつかの軍や王家直属の魔法使いたちがあたっているそうだが、それだけでは到底手が回らないほどに追い詰められているのが現状であることも既に分かっている。
結論、この場でこの魔物の大群を殲滅──は厳しいとしても、ある程度は減らして最低限王都周りから追い払うまではしなければならない。
そこまでは、緊急の会議で速やかに決定した。
ならば後は、戦力をどう割り振るかだが……
「……師匠。一番きつそうなところ──単騎でお願いできますか」
「おお、任せろ。元々あたしの魔法は軒並み対多数向きだ、逆に味方の兵士を近づけてくれない方がありがたい」
「助かります」
こういう場合に、ローズはこの上なく心強い。
彼女が居れば、魔物の多くは任せておいて問題ない。これだけで大分楽になる。
更には、それ以外の戦場にも基本的にはエルメスら、単騎で優れた魔法使いたちを優先して向かわせることにした。
理由としては……単純に、今は兵士の数を減らすわけにはいかないからだ。
戦力は可能な限り、王都決戦のためにとっておきたい。であれば、無闇やたらに軍隊をぶつけて摩耗するよりも強力な魔法使いを向かわせてそれを中心に戦った方が良いという判断。
「だ、大丈夫なのですか? だって……」
それに対して、リリアーナはとある懸念から声を上げ、その懸念を説明するが。対するエルメスはそれを受けた上で、『それなのですが……』と一つの案を告げて。リリアーナは聞いた上で驚きを見せたが、すぐに『そういうことなら』と覚悟を決めた表情で頷いて。
時間がない。その理由で素早く解散し、各々がそれぞれの戦場に速やかに向かっていった。
──そこからは、一挙に『戦場』らしい空気が辺りを包み始めた。
総大将であるリリアーナの元に、ひっきりなしに兵士が報告に訪れる。
「リリアーナ様! 第二小隊の元に魔物の大群が迫っております!」
「一旦引いてくださいまし! そちらにはカティアがもうすぐ向かいます、カティアを援護する形での展開を!」
「リリアーナ様、第六小隊も現在強力な魔物に襲われて戦線が崩れかけております!」
「そこも撤退で! とにかく、この戦場はあなたたち軍隊戦力を減らさないことが最優先ですわ! 戦闘不能にだけはならない軍の動きを意識して!」
リリアーナも王族だ、多少はこういう軍の動かし方も……ほとんど独学であるが学んでいる。
だが──これは流石に忙しすぎる。ほとんど遭遇戦に近い状況だったから仕方ないとは言え、次々訪れる兵士たちの報告を聞いて、それを元に戦場を把握、指示を繰り返す。事前に聞いていたエルメスの方針をなぞっているだけでも、これは慌ただしさが極まっており。聞いて、返事をして、対応する。それだけに意識が割かれていって。
故に。
「リリアーナ様! 第八小隊、指定された一帯の魔物を全て撃破!」
「はい、お見事ですわ! それではそのまま西の援護に!」
「リリアーナ様! 南側から新しい魔物の援軍が!」
「はい、把握しておりますわ! 下がりながら迎撃、ニィナ様の到着をお待ちになって!」
「リリアーナ様! 殺していーい?」
「はい──」
「──────え」
「ほんと? やったぁ」
何も。
何一つ違和感がないまま、誰一人それに気づかないまま。
兵士の一人──否、兵士の一人の格好をした何者かが、無造作に他の兵士の前に出て。
そのまま、目にも留まらぬ勢いでリリアーナの首元目がけて腕を振りかぶり──
「──予想」
「通り、ですね」
その、寸前。
まずはリリィの眼前に『保持』しておいた『精霊の帳』が展開され、直後間に入り込んだルキウスが襲撃者の手を剣の腹で止め、一瞬後に背後から挟み込んだエルメスが魔弾を撃ち放つ。
「!」
襲撃してきた人影は、そこでも咄嗟に凄まじい反応を見せ、その場から飛び退いた。
兵士たちが驚きと共に、その人影から距離を取った上で一斉に取り囲む。
「……魔物たちの急激な組織だった行動。そしてただの集団とは違う、『軍』でしかあり得ない動き」
「『指揮官』がいるのは明白でしょう。……申し訳ございませんリリィ様、囮に使うような真似をして。お怪我はありませんか?」
「……ええ。これが最も手っ取り早いことは理解していましたし、ちゃんと完璧に守れる位置に控えていたのは感じておりましたので」
そういうことだ。
魔物たちに何らかの──極めて知能の高い『指揮官』がいることは早々に見抜いていた。よって手早く片をつけたいエルメスたちは『指揮官』を炙り出すために敢えてリリアーナの周辺を、無論完璧に安全確保はした上だが表面上無防備に見えるようにした。それが、先ほど言っていたリリアーナの懸念であり咄嗟の作戦だ。
それで釣り出されないまでも、リリアーナの周囲で怪しい動きをしている存在があれば特定できる可能性がある程度の狙いだったが……よもやこんな見え見えの罠に引っかかってくれるとは。
だが、有難いことは間違いない。
人影に剣を突きつけ、ルキウスが声を発する。遠くに見えるが、この程度の距離は彼にとっては一足一刀と何ら変わりない。
「さて──顔を見せろ、不届き者」
まず間違いなく、眼前の存在が魔物たちの『指揮官』だろう。
十中八九、かつて戦ったクライド・フォン・ヘルムートと同種の魔物を操る系統の魔法の持ち主。これほどの使い手が未だ無名で隠れていたのは驚きだが、少なくとも敵陣の真ん中でこうまで囲まれて無事でいられるとは思えない──
「……んー、しょうがないなぁ」
──その予想は。
あらゆる意味で、外れた。もう一度言う──あらゆる意味で、だ。
気だるげに兜を脱いだ襲撃者。
そこから現れたのは、目に痛いほどの白の髪と、非常に整った目鼻立ちが特徴の……裏を返せばそれ以外は特徴のない普通の少年、に見える。
だからこそ、異常だった。
だって。
エルメスも、ルキウスも。即座に魔力感知で気づき、目を見開いた。
だって、それは、その存在は。
絶対に──『人の姿で見えてはいけない』存在だったからだ。
「リリィ様」
「は、はい!?」
「今すぐ撤退してください。この場から、兵士たちを連れて、できる限り遠く」
「え、え!? な、何が──」
「兵士たちも! 直ぐにそいつから離れろ、悪いがそいつ相手は──お前たちでは障害にすらなりはしない!」
未だ気づいていないリリアーナも、兵士たちも困惑しつつ。
しかし──続けてのルキウスの声で、完全に空気が変わる。
「……魔物だ。
そいつは──人の形をしているだけの魔物だ!!」
ざわり、とどよめきが広がり。
しかし、その情報だけで脅威度は解らずとも不気味さはこの上なく理解したのだろう。何より第三王女軍で最強格の二人の言うこと、迅速に言葉に従って一斉に中央の少年から距離をとり始める。
そして、正体を看破された当の少年は。
「え、もうバレるんだ。すごいな、『あの王様』を参考にして気配も魔力の感じもできる限り人間っぽく仕上げたつもりだったんだけど……んー、きみたちが特別すごいのかな? どっちも超強そうだし」
さらりと。
何でもないかのように肯定し。この場においてはある種無邪気とも呼べるような立ち振る舞いでエルメス、ルキウス両名を興味深そうに観察し。
「ま、何でもいっか。とりあえず、正体見破られた上に逃げられるとかちょっとシャクだから……」
にっこりと、年相応に、爛漫に──故にこそ、不気味極まりない可憐な笑顔で。
「……数百人くらいは、この場で殺しても良いかな?」
「ルキウス様」
「ああ、まず私が突っ込む。合わせてくれるか?」
「了解です、というか合わせられないとまずいでしょう、意地でもやりますよ」
「だな、恐らくあの少年──私たち二人がかりでないとまず勝てない」
その会話を。
聞いてしまったものは、不幸だっただろう。
二人の近くに居たリリアーナは、その一人で。
「うそ……でしょう……?」
その場を離れながらも目を見開き、愕然とする。
エルメスと、そしてルキウスが。ローズという規格外を除けば間違いなく現第三王女派閥では別格の最強二人が。
それでも尚……二人がかりでないと勝てない相手、だって?
何故、そんな存在がこの王都近くにいるのだ。
人の姿をした魔物とはなんだ、どうしてそんな存在が今まで出てこなかった。
そして何故、今このタイミングで出てきたのだ。
……この国に。
否、ひょっとすると。
『この世界』に──今、何が起こっている?
「どういう……事ですの……」
あまりにも恐ろしい予感に、身震いを止まらなくさせながら。
それでもリリアーナはやるべきこと果たすべく、二人の武運を祈り……己のやるべきことへと集中していくのだった。
三章再起編。
恐らく本エピソードは三章の中でも特に──『三章以降』にも繋がるお話です。
世界の謎にも迫るここからのお話、楽しんでいただけると幸いです!




