106話 試練
「師匠、一つお聞きしてよろしいですか?」
王都へ向かう道程も、半分が過ぎた。
ここまでは順調だ。ライラ発案の『貴族たちを意図的に対立させ、それぞれ別々のルートで王都を目指させる』作戦はこの上なく功を奏している。
ライラの巧みな情報操作に、サラの名声と性格、機動力に長けたアルバートを用いての迅速な情報伝達。それら全てを駆使した結果、貴族たちに全く気づかれることなく効率的に戦力を運用することに成功し。ここまでは組織の軍による妨害も然程の手間なく撃破し、戦力を温存したまま道のりを踏破できていた。
……ただ、一方で気になることもそれに関連した件含めいくつかあり。
それを解消するためエルメスは休憩時間、同じく休憩に入っていたローズに問いかける。
「んー? どうした愛しの弟子よ、改まって。あたしに答えられることなら一つと言わずなんでも聞いてくれ!」
ローズはリラックスした様子で、いつも通りの調子。その言葉に甘えて──しばし何から問いかけるか考えたのち、まずはこう口火を切った。
「──『巫女』という言葉に聞き覚えは?」
「…………詳しく聞かせろ」
……どうやら、初手から当たりを引いたらしい。
即座に真面目な表情を浮かべたローズに向かって、エルメスは説明する。秘匿聖堂での出来事、資料室で意味深な記述を示した資料を見つけ、そこに書かれている内容が現在の王国に蔓延る常識とは真っ向から食い違っていたこと。とりわけその中でも目を引いた一文が……
「……『王家の人間であるにも拘わらず一切の血統魔法を持たぬ者が現れた場合、その者は真に神に愛された神子であり巫女である。王よりも丁重に扱うべし』ねぇ。……なーるほど、きな臭い気配しかしないな」
「はい。なので、唯一知らなかった『巫女』という単語が鍵になるのかなと思いまして。文脈から察するに、何かしらの立場か役職辺りを指す言葉ですよね?」
エルメスの疑問にローズも頷く。
「ああ、あたしも詳しくは知らないが別の国の役職だな。まぁウチで言う神官の一種みたいなものらしい、主に神様と人とを繋ぐことを役割として、できることの内容としては……」
そこから、いくつか『巫女』が果たすべき役割を語る。
聞くところによると、ローズは王家にいた際にちょくちょくその『巫女』という単語を耳にしていたらしい。一方で、王家を出た以降はとんと聞いたことがなかった。つまり……
「多分、王家に詳しく関わることなんだろう。それ以上はあたしも知らん」
「……師匠でも、ですか」
「ああ、あたしは王族だったが実際に王になったわけじゃないからな。だから、可能性としては二つ。王家の中にだけ伝えられる実態のない伝説か、或いは──」
そこで、言葉を区切って。
「──王になった奴だけが知ることのできる何か、というパターンだ」
「そんなものが、あるんですか」
「こいつも眉唾物だがな。まぁつまるところ、具体的にどういうものかは……」
「実際に王都に行って、王様に聞いてみないことには分からない、と」
恐らく現王は立場的にまだ殺されてはいないだろう、とのローズの推察だ。
ならば、尚更王都に行く理由が増えただろう。そう結論付けるエルメスだったが、そこで。
「……そう言えば。現王について、あたしも気になることがあったんだ」
ローズが、続けてそう切り出してきた。
「気になることとは」
「いや、今の王ってあれだろ、フリードの兄貴だろ。あいつは堅物で精神も弱いが、能力的には十分高かったし何よりクソ真面目な奴だ。
……にしちゃあ、国の内側のこと放ったらかし過ぎな気がするんだよな」
「!」
「あいつがちゃんと王様やってんなら、少なくとも……えっと、アスターだったっけか? いくらそいつに目をかけてたとしても一介の王子にあんな暴走を許すはずもないし、貴族どもの手綱だってもうちょっとちゃんと握れていたはずだ」
「……つまり、何かそうできない理由があったと?」
「だな。政治的な理由でがんじがらめになってたか、もしくは……」
疑問を受けてのエルメスの問いに、ローズはしばし考えるそぶりを見せ、告げる。
「そんなことをしていられないほどの、何かの非常事態に手を焼いていたか」
「あ──」
それを聞いて、エルメスは思い出す。
そうだ、今ここでローズに聞こうとしていたことのもう一つ。
ここ最近……否、ひょっとすると政権簒奪で王都を追い出されてからずっと。
覚えていた、この国全体に蔓延る言いようのない違和感。
「師匠」
最近ようやく言語化できたそれを、ローズに告げようとしたその直前。
急激に、馬車の外が慌ただしくなった。
程なくして、馬車の扉が開き。慌てた様子で飛び込んできたのは……剣を構えた銀髪の少女。
「休憩中ごめんエル君、ローズ様。緊急事態」
ニィナが、彼女にしては珍しく相当に焦った様子で。
──エルメスが、今言おうとした予感通りのことを、告げてきた。
「……魔物だ。
尋常じゃないくらいの魔物の大群が、この先で暴れてて……王都への道が、どこもかしこも完全に塞がれてる」
そう。
王都から脱出する時も、北部反乱に向かう時も、教会本部に移動する時も。
決して少なくない距離を移動したはずなのに……明確な障害となったのは、いつだって人の軍隊や魔法使いで。
つまり、王都を出て以降、この瞬間まで。
──魔物の妨害が、異常なまでに少なすぎたのだ。
その理由。その原因。たった今ローズに聞こうとして……しかしその直前に違和感の皺寄せが眼前に現れてしまった。
なぜ、このようなことが起こったのかはさっぱり分からない。いくつか考えこそあるものの、現状ではどれも推論の域を出ない。
しかし、確かなことは。
王都に辿り着くためには、ここで一つ。
最悪に近い、極大の試練を──乗り越えなければいけなくなったことである。
第三章サードエピソードのメインイベント、始まります。お楽しみに!




