母上、監禁なんて人聞きの悪い。
リッケンバッカー家の玄関ポーチに馬車がつけられると、俺は速攻でオーレリアを抱き上げ、自室へと直帰した。
「アル?」
「オーレリアちゃん?」
あれ、仕事に出かけていたはずの父上もいる。先に帰ってきていた母上と一緒にどこかに行こうとしていたのか、廊下にいた二人とすれ違う。
「ただいま帰りました。それとしばらく僕の部屋は人払いしてください」
「えっ?」
母上が間抜けな声を上げてるけど無視。俺はすたこらとオーレリアを抱き上げたまま遁走した。
「アル様!! おろしてくださいませ!」
「だめ」
あいも変わらず抗議の声を上げるオーレリアに短く返して、俺は自室へと入る。後ろ手に扉の鍵を閉めるのも忘れない。
「アル様っ」
「君がちゃんと僕の愛情を理解するまで、この部屋から出さないから」
ぽっすんとオーレリアをベッドの上に置く。
そのまま、目を丸くしているオーレリアのドレスに手をかけた。
「あ、ああああアル様!!?!?!?」
「ドレスは没収」
悲鳴を上げるオーレリアのドレスを剥く。
抵抗はされたものの、するするっとオーレリアのドレスを脱がして、幼いのにガッチリと締められていたコルセットも外してしまう。
「きゃああああっ」
「アル!!?」
「出でこい、アルフォンス!!」
オーレリアの悲鳴を聞きつけたらしい母上と父上が部屋の扉をドンドンと叩いている。
チッと舌打ちして、俺はささっとクローゼットの方へと向かって、俺の大きめのシャツを一枚持ってくる。
それをシュミーズ一枚だったオーレリアに上からすっぽんとかぶせて着せた。
「靴も没収」
「アル様……っ」
こちらも抵抗されたけど没収だ。
よし、これでオーレリアは俺の部屋から出られない。
さすがにこの格好でオーレリアも外には出ようとは思わないはずだ。
没収したドレスと靴は、鍵つきのクローゼットの中へ。貴重品が入っているこのクローゼットの鍵を持ってるのは俺だけだから、誰かに開けられる心配もなし。
「これでよし」
「よくありませんわ!!! 帰してくださいませ!!」
ふう、いい仕事したぜ! っと腕を組んでクローゼットの前で一息つくと、ベッドの上でオーレリアが何か吠えてた。
そんなオーレリアに、俺は笑いかける。
「駄目だよ。オーレリアは今日からしばらく僕と一緒だ。さっきの言葉、撤回するまで」
「て、撤回しますわっ! だからっ」
「嘘をついたら駄目だよ。君が僕との婚約を納得しない限り、君はまた同じことを言いそうだからね」
それに。
「僕が君一筋だけだってこと、教えないといけないよね?」
ゆっくりとオーレリアのいるベッドへ近づく。
オーレリアが潤んだ瞳でこちらを睨みつけるのすら可愛くて、俺はそのオーレリアの顎へと指をかけた。
くい、とオーレリアの顔を上向けて、そのエメラルドの瞳をのぞき込む。
「オーレリア。可愛いよ。世界で一番、君だけが僕のお姫様だ」
ちゅ、とその幼い唇に、二度目のキスをした。
「っ、アル、さま」
「あは、オーレリアがあんまり可愛すぎるから、二回もキスしちゃった。もちろん、ユリアにはしたことないよ。オーレリアだけだ。オーレリアだけに、俺はキスをする」
そう言ってもう一度、キスする。
触れ合わせるだけの、幼いキスだ。
オーレリアの顔が、真っ赤に熟した林檎のように熟れる。これ以上やってはオーレリアに嫌われかねないので、俺は唇を離した。
「オーレリア、話をしよう。俺が君を好きな理由を百くらい挙げれば、君は俺を好きになってくれるかな」
オーレリアの結われていた髪を解いていく。ヘアピンも髪紐も、彼女の髪が傷まないように優しく外して、たっぷりとした金色の髪に指をくぐらせた。
オーレリアが視線をうろつかせる。何かを言いたげに口を開閉させているのをじっくりと見ていると。
「アル!! いい加減にしなさい!!!」
生まれてこの方見たことのないくらいのブチギレな大音量の怒声を上げる母上の声が、耳を突き抜けてくる。
あー、すげぇお怒りだ。たぶんさっきのオーレリアの悲鳴のせいだと思うけど。
騒がしい扉の方へと視線をやれば、オーレリアもまた救いを求めるように扉の方を見た。
それだけの仕草も気に食わなくて、俺はオーレリアを押し倒し、その体にシーツをばっさりと被せた。
「あ、アル様っ?」
「君は気にしなくていいよ、オーレリア。僕の声だけ聞いていればいい」
「ですが」
「それとも、僕の声しか聞こえないようにしてあげようか」
シーツの上から彼女の体に覆いかぶさり、オーレリアの耳元でそうっと囁く。
オーレリアが首筋まで赤く染めて、ぶんぶんと首を振った。
「け、結構ですわ!!」
「なら外は気にしないように」
「……」
「アルフォンス!! 扉を開けなさい!!!」
母上、めっちゃ元気じゃん。
そんな母上にチッと舌打ちして、俺はベッドから離れる。あんまり無視してると、側にいるだろう父上に扉をぶち壊されかねない。
「母上、開けますので離れてください」
声をかけてから外の様子を伺って、鍵を開けた。素早く。廊下へ出て、扉は閉める。
案の定、廊下では母上が顔を真っ赤にして、おかんむりだった。
「アル! オーレリアちゃんに何をしたの!」
「何もしてませんよ。というか人払いしてくださいってお願いしたじゃないですか」
「人払いも何も、あんな可哀想に、悲鳴をあげていたじゃない! いったい何を考えているの!」
「気のせいでは? いつものようにお話しているだけですよ」
「……アルフォンス」
声を荒げる母上にしれっと答えていれば、難しい表情をした父上も俺を見下ろしていて。
「部屋に閉じ込めた後は、どうするつもりなんだい」
「話をするだけですよ」
「何の話をするんだ」
「どれだけ僕が彼女を想っているのか……逃げることの無意味さを教え込むつもりです」
にっこりと笑って父上の金色の瞳をじっと見つめ返せば、父上は「はぁ」とため息をついた。
「……さすが僕の息子かな。変なところで僕に似てしまって」
「父上は僕のあらゆる手本ですからね。剣や貴族としての振る舞い方から、好きな女性の口説き方、振り向かせ方まで」
「アル!?」
母上が素っ頓狂な声出してるけど、そりゃ前世の俺は女っ気一つもなかったんだからさぁ、女を落とすテクなんてこれっぽっちもなかったわけで。運良く目の前に砂糖ざくざくな感じの良いお手本があったら参考にさせてもらうのは当たり前じゃん?
「……でもまあ家に連れてくるあたり、まだ子供らしくて安心か」
「別に隠れ家の一つや二つくらい用意するのは簡単ですけど、それだと警備やらなんやらの問題もありますからね。それにうちに連れてきたのは、サルゼート家に文句を言われ時には侯爵家の権力でゴリ押ししてもらおうって考えたからです」
「…………」
母上が完全に絶句した。父上も苦笑気味。いやでも、真面目な話、オーレリアを無断で拉致監禁はしないよ? 根回しはちゃんとするつもりだったから、この家に連れてきたわけで。
「この後、僕の方からサルゼート家に一報いれます。最低でも、三日は帰しませんから。学園も休みます。その後でもオーレリアを俺が説得できなかったら、学園の方には長期休暇の申請を入れますよ」
「説得……?」
母上が困惑したような表情になるので、俺は口元だけ笑みを作った。本当は、父上の目の前でこれを言いたくはないけれど、たぶん言わなきゃ納得はしてもらえないだろうからなー。
「罪人の子、とオーレリアは俺をそう言いました」
ひゅ、と息を呑んだのはきっと母上。
可哀想に青ざめて、口元を震わせながら、ルビーのように赤い瞳を揺らがせている。
それと同時に俺の身に降り掛かってきたのは、父上からの恐ろしいほどの殺気だ。さすが元騎士。すげぇ、膝が笑いそうなくらいに鋭い殺気に身体がすくみそうだ。
それでも顔を上げて父上を真っ直ぐに見据えれば、表情が抜け落ちた様子で父上は俺を見ている。
「……くだらない。まだそんなくだらないことを言う人間がいるのかい?」
「父上の手前言わないだけで、僕と母上だけだとよく囁かれますよ」
「……エレ、それは本当?」
「えっ、あ……は、はい……」
今まで内緒にしていたことがバレてしまったと言わんばかりの表情の母上に、父上は一度まぶたを閉じて、ため息とともに殺気を引っ込めた。
「噂が未だに根強く残っているのは知っていた。けれど、そうか。オーレリア嬢が」
赤の他人から言われることと、身内に言われることでは重みが違う。
そのことを父上は分かってくれたのか、少し逡巡した後に「アルの好きなようにするといい」と言ってくれた。
俺は言質を取れてひそかに心のなかでガッツポーズだけど、これにぎょっとしたのは母上だ。
「エルバート様!? いったい、どうしてっ」
「アルフォンスとオーレリア嬢には話し合う時間が必要だ。それもゆっくりとね。アルは、オーレリア嬢を逃がす気がないんだろう?」
「当然です。もし万が一の死亡フラグは全部へし折りたいので。僕のも、オーレリアのも」
そう言い募れば、父上は引き下がってくれた。その上、まだ何か抗議の声をあげようとする母上を抱き上げてしまう。
「ふぁっ!? え、エルバート様……!?」
「アル、ただし三日だ。それ以上は保護者としては看過しないからね。それと、わかっていると思うけれど、部屋にこもるのは許すけど、婚前交渉なんて以ての外だ」
「さすがに幼女に手は出しませんよ。犯罪です」
キスはしたけど。
でも婚約者だし、今はまだ子供同士のくくりで許される程度の触れ合いだ。そんなガッツリ犯罪者予備軍のロリコンにはならない。……ならない、はず、うん。
ちょっと今更だけど、オーレリアのファーストキスを奪ってしまった罪悪感みたいなのが湧き出てきてしまったかもしれない。いや、俺だって前世含めてファーストだったし、もうちょっとオーレリアのためにロマンチックなシチュエーション用意してあげるべきだったとは思うけど、だって、つい、衝動的に。
でも、それくらい、俺にとってオーレリアの言葉は衝撃的だったんだ。
馬鹿で可愛いオーレリア。
だけど本当は賢い君なら、その言葉の悪意を知らないわけじゃないだろうに。
それに、俺がユリアに想いを寄せてるという誤解も解かないといけない。
父上が喚く母上を回収していくのを見送って、俺は自室へと戻る。部屋に入って、扉に鍵をしっかりかけるとベッドの上を見た。
オーレリアが不安そうにそのエメラルドの瞳を揺らしている。
……俺だって不安なんだよ、オーレリア。




