悪役令嬢、高笑いが様になってる。
「信じられませんわ! 何をどうしたらこんなお怪我をいたしますの!」
学生生活が始まってからのさっそくの長期休み。
実家に帰ったその足ですぐに家を出た俺は、サルゼート伯爵家へと足を伸ばした。
事前に手紙をやったものの、アポイントメントの許可の有無を聞かぬままサルゼート家に押しかけた俺を、オーレリアが泰然とした淑女の笑みで出迎えてくれた……までは良いんだけど。
うっかり火傷が治っていなかった手でオーレリアの手を取ってエスコートをしてしまったものだから、オーレリアが目敏くその怪我を見つけてしまった。
そしてその第一声が、冒頭にいたるわけですが……。
「心配してくれるのかい? 嬉しいな」
「喜ぶ暇があるのでしたらお怪我を治しなさいませ」
キッと眼差し鋭く睨まれてしまう。
その怒った顔も、俺のことを心配してくれてのことだと思えば可愛く見えてしまうものだから、美少女って罪だよなぁ。
エスコートを拒否されたのにも関わらず、にこにこしていれば、オーレリアが手に持っていた扇で口元を隠しながら気味の悪そうな顔をした。
「わたくしは怒っていますのよ。どうしてアル様は笑っておりますの」
「それはもちろん、嬉しいからだよ。さぁ、僕の手を取って、僕の可愛い妖精さん?」
「あいにく、わたくしは醜いものには触れたくありませんの。本日は遠慮しておきますわ」
意訳。
エスコートをしたいのなら、早く怪我を治しなさい。
やっぱりオーレリアは可愛いなぁと思いつつ、僕はポケットの中から外出用の手袋を取り出した。
擦れて怪我の治りが遅くなるかなって思ってつけていなかったけど、やっぱりつけておくか。
それを見たオーレリアがパシンと手に打ちつけるように広げていた扇を閉じる。
「最初からそうしていればよろしかったのに」
「患部に触れるからあまり良くないかなと思って」
「包帯を巻けばよろしいではありませんか」
「利き手だから動かしにくいのはちょっと困るかな。君への手紙をかけなくなってしまうから」
「お手紙なんて不要ですわ。わたくしも忙しいので、そんなに頻繁にお手紙を寄越されても困りますのよ」
話しながらも屋敷の中へと通され、客間へと移動する。
ローテーブルをはさんでオーレリアと向かい合うようにソファへと座ると、サルゼート家の執事がお茶とお茶菓子を用意してくれた。
今日のオーレリアの装いは胸から裾にかけて青のグラデーションが綺麗な、オフショルダータイプのすらりとしたドレスだ。露出を抑えるためのトップスの白いブラウスで肌の白さが際立つ。胸元には赤い羽根飾りが飾られていて、袖や胸元も赤いリボンできゅっと絞られている。
今まで見てきた中で一番大人っぽい服装だ。
うっかり火傷の件でうやむやにされてしまったけれど、これに言及しないでいられるだろうか。否、言及させてほしい。
「オーレリア、それにしても今日はずいぶんと大人びたドレスを着ているね。海と空の境目のように果てのない青が、君の太陽のように輝かしい黄金の髪によく似合っているよ。さながら君は、壮大な世界を体現する美しい女神のようだ」
「そっ、そこまで褒めなくても、アル様のお世辞には聞き飽きておりますの! 言われずとも、わたくしの美貌に勝るものなどありはしないのですわ!」
扇を開いておほほほ! と高笑いするオーレリア。
うん、相変わらずのバ可愛いさ。
だけどさ、ちょっと待って。
「オーレリア、淑女がそんな大声を上げるなんてはしたないよ?」
「ほほほ、華麗に! 優雅に! 大胆に! 新・淑女のわたくしは、他の追随を許さぬ淑女になるべく日々精進しておりますのよ! わたくしこそが淑女! 淑女とはわたくし! そう、流行の最先端は大胆な淑女なのですわっ!」
待て待て待て。
誰だオーレリアによく分からない嘘を吹き込んだのは!?
なんだ大胆な淑女って!?
「オーレリア? まって? ストップして? 落ち着いて? もう一回。今の君は、どんな女の子だって?」
「おーっほっほっほ! 誰ぞと誰何されたなら、聞かせて上げるが世の情け!」
オーレリアがパッと立ち上がる。
これがやりたくてうずうずしていたのだろう、すすすと移動してちょっと広い所へと出ると、パンっと扇を打ち鳴らして広げ、顔を隠す。
「天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶ。美しきかんばせを袖に隠すは悪の所業。魅せてさしあげましょう、華麗に! 優雅に! 大胆に! 御前に参りますは大輪なるダリアの化身、サルゼート伯爵が一の姫、オーレリア・サルゼートでございますわぁ!」
すすすと扇から顔を出すか出さないかのところでゆったりと回転し、後ろを向いたオーレリアが腕を大きく動かして舞うような動きをする。
そして句切り良く三拍子でポーズを決める。
口上を述べ、名前を名乗ると同時にこちらに振り返ると、胸を張り、扇を閉じ、その扇で俺を指し示した。
一拍の間。
……なるほど、これが大胆な淑女か。
ドヤ顔しているオーレリアは、やっぱり今日もバ可愛い。
「可愛いオーレリア。そんなに声を大きくしなくとも、君の美しさと可愛さは皆が知っているとも」
「違いますのよ、アル様。わたくしが美しくて可愛いのは当然なのです。大事なのはそこではありませんの。もう一度いきますわよ」
そう言うと、オーレリアは腰に手を当て、扇を広げ、口元を隠した。
「おーほっほっほっ!」
高笑い。
そしてドヤ顔。
さらに。
「華麗に! 優雅に! 大胆に!」
決めポーズの三段活用。
そしてすすすと手を下ろして俺の方を振り向くと。
「分かりますか、この新たなる淑女のなんたるかが!」
「今日もオーレリアは可愛いね」
「当然ですのよ!」
ふあさーっ! とボリュームたっぷりの髪を手で払うオーレリア。
きらきらと髪の一本一本が宙に舞う。
それから胸を張ったオーレリアがドヤ顔で教えてくれた。
「そうではなく、新たなる淑女の第一歩……それは大胆さ! 殿方に従順でおずおずとするだけの淑女なんて従者と同義ですのよ。ならば我ここに在りと示し、声を大にし、我が道を突き進む……最先端の淑女はそうあるべきだと、わたくしは気づいたのですわ!」
どこから突っ込めばいいのか分からない。
今までわりと我が道を行くスタンスだったと思うんだけど……えっ? これ以上いったいどうする気なの。
久々のオーレリア節に面食らったものの、どういう成り行きでそうなったのかは聞いておきたいところ。
「さすがオーレリアだね。着眼点が素晴らしいよ。大胆な淑女……とてもかっこいいと思うけれど、どうして急に?」
「流行りのロマンス小説は強き女、ですのよ!」
オーレリアが目を輝かせる。
くるくるくるーとまるで踊るように浮き足立ったオーレリアは、ピタリと俺の正面で止まると、顔の横で景気良く手を打ちならした。
それを合図に扉が開いて、一人のメイドが本を両手に抱えて入ってきた。
メイドは机の上に本を数冊置くと、ささっと部屋を出ていく。
この間、わずか三十秒ほど。
無駄に洗練された動きだった。
「えぇと……?」
「アル様! こちらが件のロマンス小説ですわ!」
オーレリアがずいっと机に並べられた本たちを見せびらかす。
自分からすすんで俺の隣に座り直すと、そのうちの一冊を手に取った。
「こちらは男装の乙女が騎士を目指して奮闘するお話ですの。こちらのは異国の姫君が冷遇された王宮の中で自分の居場所を見つけるお話ですわ」
あれそれとおおよそのあらすじを教えてくれるオーレリア。
示された本たちのあらすじは、なるほど、女の子が好きそうな話ばかりだ。
今までオーレリアが読んできていたものは、シンデレラや白雪姫、オーロラ姫に似た、典型的な童話のお姫様が描かれていたお話ばかりだった。
それが大人の読み物に変われば、今みたいにキャラクター性の強いものになるのは頷ける。
でもそれがどうして大胆な淑女に繋がるのかが分からない。
確かにこういう小説の女の子って前向きでひたむきな子が多い気がするけど。
とりあえず、夢中で小説の展開やら登場人物やらを語りだしたオーレリアの唇を、ふにっとつまんでみた。
「ぷにゃ」
「オーレリア、お話してくれるのは嬉しいけど、これでは読む楽しみが無くなってしまうね」
「ま……ま、まままぁっ! アル様、読んでくださいますの!?」
恥ずかしいのか興奮しているのかよく分からないテンションで、頬を上気させながら話すオーレリアはいつも以上に可愛いい。
大人びたドレスを着ているのに、中身はどうしたって夢見がちな女の子のままだっていうのがたまらない。
「是非とも読んでみようかな。君が僕より夢中になる物語なんてとても興味深いよ」
「あ、アル様……っ!」
目を潤ませて感極まったように俺の手を握るオーレリアの手を掬い上げると、その指先に優しく口づける。
「君の好きな物語の人物のように、君にいつか愛を捧げられるよう、僕も勉強しなくてはならないからね」
「そんな不埒な理由でしたら結構ですの」
すんっと真顔になったオーレリアに、ペッと邪険に手を払われてしまった。
おやおやぁ~?
オーレリアさん、反抗期ですか?
「不埒な理由じゃないよ。僕は真剣さ」
「アル様は物語に出てくる素敵な殿方にはなれませんわ。おとといきやがれ、ですの」
おおっと、ロマンス小説からよろしくない言葉を学習したようだね、オーレリア?
それに俺が小説ごときのヒーローになれないだって?
オーレリアには言えないけど、こっちは乙女ゲームの攻略対象者だ。むしろ俺以上の天然物リアルヒーローなんていないと思うんだけど??
夢見がちなのはオーレリアのいいところだ。だけど、だからといって俺から目をそらして他の男にうつつを抜かすのは良くないな。
「僕が素敵な男になれないだなんて随分な言葉だね、オーレリア。僕のどこを見てそんなことを言うんだい?」
「すべてですのよ。すぐお怪我なさるし、すぐ破廉恥なことをいたしますし、いつもにこにこしていて気味が悪いですわ」
……へぇ?
「君、僕のことをそう思ってたんだ」
「そうですわ。アル様はわたくしの理想の殿方とはかけ離れておりますもの。まぁ、どこかの誰かにとってはアル様も素敵な殿方になれるでしょうけれど、少なくとも、わたくしの『素敵な殿方』ではありませんわ」
幼いながらもしっかりと自分の理想像を持っていたオーレリアから、手厳しい言葉をもらってしまう。
一瞬だけ嫉妬心がめらっと燃え上がったけれど、オーレリアの言うことは至極全うなことだったから、この沸き上がった嫉妬心はぐっと胸の内に収めておく。
人の好みのタイプはそれこそ人それぞれ。
当然、オーレリアにだって好みのタイプがあって然るべきだ。
でもさ、俺の知る限りオーレリアの好みのタイプは王子様に違いないはず。だから俺は前世で培ってきたザ・王子様キャラのイメージをかなり忠実に再現してきたつもりだったんだけれど……オーレリアの好みとは違うの?
怪我のことは別件として、オーレリアの言う破廉恥だってキス程度のこと。挨拶代わりの手へのキスや、スキンシップとしての頬のキスは王子キャラの専売特許では? それにいつも笑顔を絶やさないのだって、女の子の好きそうな白馬の似合う王子キャラのイメージだと思っていたんだけど?
押し黙るようにどれが駄目だったのかと悩んでいれば、オーレリアは自分から爆弾を俺に投げつけてきた。
「良い機会ですから、アル様にはお教えして差し上げますわ。わたくしの理想の殿方について」
「それは興味深いね。是非とも教えてくれるかい?」
悠々と足を組んでオーレリア見る。
俺の心臓バックバク。
オーレリアが俺の婚約者であることに変わりはないけれど、彼女も好きじゃない男に嫁ぎたくはないだりうからせめても理想の殿方を再現してやるくらいはしないとなーーーなんて、思っていた俺が甘かったのだろうか。
「無口で、己に厳しくて、不器用ですけれど優しいところもあり、たまのはにかむ笑顔がとても素敵な殿方……そう、ラスカー皇子のような殿方ですわ! ご覧なさい、わたくしの理想はアル様とはかけ離れている御方ですのよ!」
灯台もと暗しとはまさにこの事。
というかむしろ、オーレリアが理想の殿方を語るその瞬間の目は、まさしく恋をしている乙女のまっすぐな輝きで。
……リアル皇子と俺のイメージ王子の差は、果てしなく遠かったことを今更ながらに思い知らされた。
いつもお読みくださりありがとうございます。
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活動報告にアルフォンスとオーレリアのイラストを置きましたので、興味ある方はどうぞ。(2020/11/16)




