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母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?  作者: 采火
学園生活編

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義弟、良い仕事ぶりだね。

 オーレリアの見送りを辞退した俺は、まっすぐ自分の屋敷へと戻ろうと思った。

 オーレリアの部屋を出た俺の口角は、蝋で固めたように上がっている。

 きっと今も、オーレリアが気味が悪いといった笑みが浮かんでいるんだろうな。


 ……前々から知っていたことだけど、オーレリアの「王子様」に対する執着心は並大抵のものではなかった。

 最初は幼心の憧れだった程度だったはずだ。それがいつしか、現実に近しいものだと気づいてしまったようで。

 僕が学園に通っていた数ヵ月で、オーレリアはラスカー皇子とかなり親密な時間を過ごしていたようだった。

 オーレリアの行動は随時、諜報部隊の『耳』に報告させている。

 報告を見る限りでは婚約者のいるオーレリアが子供とはいえ二人きりになるような場面はなかったはずだ。だけど人見知りを拗らせているラスカー皇子からしてみれば、学友だった俺の婚約者という立場の女の子は、共通の話題も出しやすくて親しみやすい子だったに違いない。

 オーレリアとラスカー皇子のお茶会での接触はそれなりにあったことは把握していた。

 これは完全に俺の采配ミスだ。

 ラスカー皇子に対して、恋する乙女の顔をしたオーレリア。

 二人を近づけさせ過ぎた。

 そのせいで、オーレリアの好意はラスカーに向いてしまった。

 つきん、と心臓に針で刺すような痛みが走る。

 オーレリアが、俺じゃない人間に好意を向ける日がくるとはなぁ……。

 あれだけ俺を意識するように構ってたっていうのにさ。

 これはいわゆる、ゲームの強制力ってものなのだろうか?


 そこまで考えてため息をつく。

 我ながら情なさすぎる。

 強制力なんてものはない。

 オーレリアの意思は何者にも左右されない。

 小さい頃、前世について父上と話した時に、父上が記憶を取り戻した母上に惹かれたことが強制力が存在しないその証明だと、俺は言った。

 だから強制力なんてありはしない。

 全ては因果応報、俺がオーレリアをなびかせられていないってだけの話。

 結構うまくいってたと思ったんだけどなぁ……周囲からのオーレリアのイメージは、ゲームの時ほど悪いものにはなってないし。

 でも、肝心の……俺との婚約だけを、未だにオーレリアは納得してくれない。

 だからといってオーレリアと俺の婚約が解消されることはないけどさ。

 俺たちの婚約は皇妃であるシンシア様という後見がついている。元々身分違いなのも相まって、ゲームのようにオーレリアがラスカー皇子の婚約者に選ばれることはないはずだ。

 ……それなのに、何故だろう。

 不安がずっとつきまとう。

 ぐるぐると胸の内で仄暗い感情が渦巻いている。


 ため息と同時に吐き出しながら歩いていると、行く手を遮るように一人の影が現れた。

 猫っ毛でゆるくウェーブのかかった金の髪に、親しみやすく智力を宿したエメラルドの瞳。

 人好きのする柔らかい笑顔で俺を待ち構えていたのは、サルゼート家長男、フランツ・サルゼートだ。


「こんにちは、義兄上(あにうえ)。ご機嫌麗しゅう存じます」

「やぁ、フランツ。久しぶりだね」


 やんわりとした人好きのする笑みを浮かべて、やや大仰に腕を胸に当てて腰を折った挨拶をしながら、フランツが声をかけてきた。

 廊下の真ん中で足を止めて、フランツと向き合う。


 フランツといえば『騎士とドレスとヴァイオリンと』の攻略対象の内の一人。

 平民出身で、婚約して家を出ることが決まったオーレリアのかわりにサルゼート家に引き取られてきた。ゲームではオーレリアを含むサルゼート家の一家に冷遇されていたけれど、定期的に俺がサルゼート家に裏から手を回してフランツの待遇の改善を図っておいた。その甲斐あってか、彼の勤勉さが功を成し、サルゼート伯爵を凌ぐ優秀さの片鱗がかいま見えてきている。

 そんな優良少年フランツは、目を細めて笑みを深めると、からかうように話し出した。


「首尾はどうですか? 可愛がってる猫に手酷く噛まれた気持ちは」

「……随分とよく知ってるようだね」


 思わず苦虫を潰したかのような顔になってしまう。

 フランツは口許に手を当てて、独特な笑い声を立てて笑った。


「フフ、短い付き合いですが、義妹は自分に正直すぎるきらいがありますよね。あんまりかまいすぎると逆効果ではありませんか?」

「ここ数ヵ月かまわなかっただけで噛まれたんだから、躾は必要だと思わないかい?」


 不敵に笑ってみせれば、フランツはやれやれといったように肩を竦めた。

 それからゆったりとした動作で俺の横を横切りながら、自然な手つきで俺の肩へと手を置いた。


「義妹の可哀想なところって、義兄上に目をつけられてしまったことですね。怖いくらいに一途な義兄上のそういうところ、ある意味尊敬していますよ」


 フランツはそう言って去っていく。

 俺はそれを笑みで見送った。

 だってこんなの、笑うしかないだろ。

 オーレリアが可哀想なんて、フランツも見る目がない。

 オーレリアを含め、この『騎士ドレ』の世界のキャラクターをシナリオライターの死亡フラグから救えるのは俺だけだ。

 真実を知れば、可哀想どころか感謝されるくらいでちょうど良いと思う。

 ま、フランツやオーレリアが、その真実を知ることは一生無いと思うけど……。

 フランツの去る足音を背中に聞きながら、俺はサルゼート家を後にした。






 リッケンバッカー家のお屋敷に帰ると、父上と母上への挨拶もそこそこに自室にこもる。

 さっきフランツと会った時に、彼がこっそり俺のポケットに忍ばせてきた小さなメモ用紙を取り出す。

 ベッドの縁に腰を下ろしながら、そのメモ用紙を広げてみた。


義父上(ちちうえ)がおかしな動きをしています。先日もマクベインという男と密談を。詳しくは不明ですが、義妹とあなたの婚約を破棄するべく動こうとしているようです』


 ふぅん……婚約破棄ねぇ。

 無駄なあがきだ。

 メモに目を通して、俺は鼻で笑ってしまった。

 マクベインという名前に何か既視感を覚えたくらいで、後はある意味想定内の内容だった。とりあえず密談をしていたというマクベインという男は『耳』にマークさせるとしよう。

 メモをもう一度折り畳み、ベッド脇のチェストの上に置いておく。

 それにしても……。


「さすがフランツ。良い働きをしてくれるね」


 フランツには裏で俺の息がかかってるから、こうしてサルゼート伯爵の弱味を探すことに余念がない。

 シナリオ通りにサルゼート伯爵に引き取られているフランツは、俺が気を回したお陰で冷遇こそ免れたものの、その養子縁組そのものは恨んだまま。

 フランツはよくあるように、昔、サルゼート伯爵が遊びで手を出したメイドの子だ。自分の子を身籠ったと分かったメイドをサルゼート伯爵は追い出し、さらにメイドの両親も不埒な娘につらく当たったため、メイドは生まれてきた子を一人で育てた。

 一人でひっそりとフランツを生んだ母親は産後の肥立ちが悪く、身体を壊しながらも、懸命にフランツを育てた。ようやくフランツがそんな母親を支えられるような年頃になり……それをサルゼート伯爵が半ば脅しのように無理矢理、彼ら親子を引き離した。

 サルゼート伯爵はフランツを連れていく際、身体の弱い母親を支援をしてやることをフランツに約束した。フランツもそれを飲んだからこそ、渋々サルゼート伯爵に従った。

 それが間違いだった。

 サルゼート伯爵は口ではそう嘯きながらも、いっさいフランツの実母へ支援なんてものはしなかったのだから。

 そのことを覚えていた俺は、手遅れになる前に先回りしてフランツの実母へ手を回しておいた。

 本来ならばフランツの実母はサルゼート伯爵の非道によって亡くなってしまうのだけれど……薬やら、介護やら、リッケンバッカー家の権力を使えば造作もないこと。

「婚約者の義兄だから、その実母も僕にとっての母ですよ」とゴリ押しして、フランツ母の救命プロジェクトは進めさせてもらったさ。

 その結果、フランツの中でのサルゼート伯爵の信頼は失墜、代わりに俺の株が爆上げになったわけだ。


 それにフランツは気づいているんじゃないかな。

 放っておけば、サルゼート伯爵が暴走し、サルゼート家が破滅に向かうだろうってこと。

 子供ながらに気になるところや違和感のあることを、フランツは俺へと教えてくれる。そうやって潰してきたここ数年のサルゼート伯爵の小さな悪事は片手じゃ足りないくらい。

 平民や貴族の価値観や倫理観なんて関係はない。

 道理としておかしなことを、フランツは俺へと教えてくれるだけだ。

 だけどそれで充分。

 大事なのは、サルゼート伯爵に逆らい、悪を悪だと断じることのできる強い意思だ。

 フランツはそれができる。

 学園に通って、今よりもっと色んな経験値を積めば、あの悪徳伯爵の地位に簡単にすり変われるだろうね。

 ま、それまでは俺の光源氏計画に……げふんげふん、もとい、死亡フラグ全力回避計画に協力してもらうけど。


 フランツの手紙をチェストに置いた俺は、そのまま書き物用の机へと向かう。

 引き出しを開けると、一冊のノートを取り出した。

 表紙に『騎士ドレ備忘録』と日本語で書かれているこれは、死亡フラグ回避のためのチャートをシンシア様と一緒に考えた人生の攻略本だ。

 これをもとに、現実で起きていることと照らし合わせながら、サルゼート伯爵家の細々とした悪事を潰してきたわけだけど……


「さすがにゲームになかった展開だからなぁ。俺との婚約破棄をどう動くかなんて書いてはないよな……」


 そもそもちょっと前にあったネヴィルのことのように、たまに抜け穴があるから当てにしすぎてもいけないし。

 ペラペラとページをめくりながら、気になる事が載ってないか目を通す。

 ん~、何度も読んでるから内容は分かりきってるんだけど……おや?


「オズワルド……」


 ラスカー皇子のルートでの黒幕になるだろう男の名前が目に入る。

 現皇帝の異母兄であり、前作のラスボスだった男は、シンシア様の話を聞く限り、現在かなり厳しい監視下の元幽閉されていると聞く。

 この世界は、シンシア様が前作の攻略対象だった現皇帝セロンという男のルートを攻略した後の世界だ。

 ゲームでは何も矛盾はなかっただろうことも、この世界の現実では大きな矛盾を生むことがある。

 それが、これ。


「もし、オズワルドがゲーム通りに反乱を起こそうと動くとして……幽閉されている今、どう動く?」


 協力者がいなければ、そもそも彼は身動きも何もできないはずだ。

 ここで小さなひっかかりを覚えた。

 オズワルドのビジュアルを思い出すと同じく、もう一人、前作セロンルートで出てきた悪役を思い出す。


「隠しキャラ、ユリエル……」


 シルクハットを目深にかぶった似非紳士風の立ち絵で、なかなかこ憎たらしい話し方をするオズワルドの第一騎士だったのは覚えている。

 登場シーンではバリバリの悪役だったけれど、このユリエルってキャラは隠しキャラでもあった。敵対する人間への恋愛ってのは確かにときめくだろうけど……俺としてはそのルート出しまでがめちゃくちゃ面倒だったことしか印象に残ってないな。

 まぁ、前世での攻略は置いておいて。

 何が言いたいかといえば、オズワルドの手下といえばユリエルのイメージが強いってこと。


「そういえばこいつ、母上達がセロンルートを攻略した時に逃亡したきり、行方が分からないんだったっけ」


 ふと顔をあげる。

 さっきのメモをもう一回手にとって広げた。

 読み返し、さらに学園から持ち帰ってきた荷物をひっくり返す。

 以前『耳』から届いた報告書を引っ張り出した。

 食い入るように文字を読み込む。

 そしてもう一枚、シンシア様から届いた手紙も。


『先日もマクベインという男と密談を』

『サルゼート領にて怪しき人物を確認。リッケンバッカー家を嗅ぎまわっている様子。深き茶の髪に狐のような糸目。サルゼート伯爵と接触』

『ところで私の義兄を覚えておりますか? 先日、彼の古い騎士を城下で見かけました』


 うぁ~……、まじかぁ。

 自分の愚かさに天を仰いでしまう。

 全部が、ようやく繋がった。


「ユリエル・マクベイン……!」


 シンシア様のじゃなくて旦那の方の兄かーーー!

 つうか『耳』! 『耳』の報告書読んで気づかなかった俺!! というかこいつシルクハットの印象強くて隠れ目キャラだと思ってたから、容姿なんて知るかよ!!

 手紙をもらったのはもう数ヵ月も前だ。数ヵ月も相手に猶予を与えるなんて……!


「オズワルドの反乱は三年後のはずだけど……下準備を始めたか!」


 唸りながら奴の考えるであろう筋書きを予想する。

 手始めにオーレリアと俺の婚約を破棄させ、ラスカー皇子の婚約者に仕立て上げる。そうすることで、イガルシヴ皇帝側に……、…………、………………?

 いや、待て。

 噛み合わない。

 既に婚約者のいる伯爵家の娘を、わざわざ皇子の婚約者にあてがう必要性はない。

 オーレリアとの婚約を破棄したところで、オズワルドやユリエルが利を得ることなんて何もないはずだ。

 それに『耳』からの報告だと、ユリエルはリッケンバッカー家を嗅ぎまわっている。何故?

 オーレリアの婚約破棄に関係するからなら分かるけど……何か違和感を感じる。

 何を企んでいる、ユリエル。

 何がしたい、オズワルド。

 どうにも向こう側の意図が読めなくて、俺は頭を抱えた。


 ……ともかくこのことは、早々に父上に報告しよう。



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