其の九
――このまま戻るのは危険だ。
その何者かがこの子を狙っていたのか如何かは判らない。只の追い剥ぎか。或いは、この子の正体を知った上で利用しようとしたのか。自分の様に。
追い剥ぎや盗賊の類ならば・・・自分一人ならば如何様にも切り抜けられる。身体を使って。今まではそうやって生きてきた。それでも、今は一人ではないのだ。この近辺を根城にしている盗賊ならば早々に立ち去ったほうが良い。
この子の正体を知っている輩ならば・・・恐らくは探しているのだろう。諦めたのならば良いが、そうでない可能性の方が高い。
何れにせよ、このまま戻る事は出来ない。
「・・・今は兎に角、町へ行くわよ」
人込みに混じってしまえば見つかる事もあるまいし、仮に見つかったとしても、そうそう手出しは出来まい。
「・・・お母ちゃんは?」
人形が問う。
「今は駄目なのよ。あんたの事を狙ってる奴が居るかもしれないの。それに、あんたの母さんが無事なら――」
――無事ならば町へと向かっているだろう。
もしかしたら町へと逃げ延びているかもしれない、と思うだろう。それに娘が捕まっていたなら、と考えたとして、見世物にするとしても、或いは売るにしても人の居る所へと連れて行ったと考えるだろう。
無事ならば。
「せやけどぉ・・・」
人形は納得しない。
母はもう、死んでいると言っていたのに。
はぁ、と巫女が溜息を吐く。
「仕方ないわねぇ・・・」
もしかしたらまだ生きているかもしれない。
死んでいたとしても死体は其処にある。
人形にこれ以上何を言っても無駄だろう。
結局、戻るしかないのだ。
もし見つかった時は・・・その時はその時だ。
「行くわよ」
そう言って巫女が振り返り、歩き出そうとした時だった。
祖奴等は突然現れた。
二人。男、であろう。体格からそれが判る。全身を黒で覆い、頭に白い布、その真中には黒い十字。
そして一つ眼。
「その娘を此方に寄越せ」
布を着けている所為で声は籠もっている。
「・・・あんた達何よ」
巫女が人形の前に出る。見るからに怪しい。此処まで怪しいと逆に清々しいくらいだ。
答えは無い。
「もう一度訊くわ。あんた達誰よ」
恐らく無駄だろう。訊いて答える様ならば、最初から顔を隠したりはしない。
「そんな事は如何でも良い。早くその娘を此方に渡せ」
矢張り無駄だった。
「妾の・・・妹に何の用かしら」
取り敢えずそう言ってみた。これで誤魔化せるとは思っていない。
「妹・・・?それ(・・)がか?」
男の一人が馬鹿にした様に問う。
――矢張り・・・知っている。
「・・・他人の妹をそれ呼ばわりするなんて、親の躾がなってないわね」
「飽く迄も言い張るか。それとも知らないのか? それの正体を」
「・・・何の事かしら」
――知っている。知っていて、此処にこうしている。
「それはな、人形なのだ。人ではない」
――判っている。それでも。
「それは存在すべきではないのだよ。それに関わると不幸になるのだぞ」
「・・・如何なるのかしら?」
「邪魔をするならば容赦はしない」
――死ね。
男の一人が言うと同時に持っている錫杖を振りかざし、そして巫女へと振り下ろした。
それを間一髪で避けた巫女は足場の砂を掴み男目掛けて投げつける。
顔を隠しているので効果は薄いが、隙は出来た。その隙を見逃さずに巫女は人形の手を取り走り出す。
「待て!」
言われて待つはずも無い。一人と一体は必死で逃げた。道を逸れて森へと入り、道なき道を走り続ける。
このまま走っていてもいずれ追いつかれる。
取り敢えず追手から身を隠し息を潜める。しかし、此処もすぐに見つかるだろう。
ふぅ、と巫女が溜息を吐く。
巫女は懐から何かを出し、それを風呂敷の中へと入れる。そしてそれを人形の手に預ける。
そして微笑み乍ら――或いは、何かを諦めた様に――巫女が言った。
「隠れんぼ、しましょうか」




