其の八
森の中、女が一人、彷徨い歩いていた。血の様な真っ紅な着物を身に纏った女だった。それは人形が探している母その人であった。
――真逆、こんな事になろうとは。
思いもよらなかった。
娘と二人であの家を出てから暫く経つ。娘は少しずつ言葉を覚え、動作もそれなりのものになってきた。普通にしていれば人間と変わらないだろう。けれど、それでも人の多い所に長く居れば不自然な部分も出てくる。そう思い、なるべく人目を避ける様にして何処か落ち着ける、二人で静かに暮らせる場所を探していた。
それが裏目に出た。
真逆、自分達に追手が差し向けられていようとは。そんな事は考えられなかった。それが判っていれば人込みの中に混じって行動していた。その方が余程安全だったろう。あの事は誰も知らない筈なのに。仮令後で判ったとしても奉行所が自分を追う事は在り得ない。
そう、相手は役人ではない様であった。
正体の判らないその追手は突然、自分達の前に現れた。何処かで娘の正体を知った何者かが放ったのか。そう思った。兎に角しつこかった。幸いにも娘は疲れると言う事を知らない。それに森の中である。走り続けていれば、いずれ追手は疲労し、自分達、否、娘を見失うだろうと思った。
しかし思った通りにはいかなかった。何処を如何走ったのかは覚えていない。気が付けば崖の上へと追い詰められてしまっていた。
相手は四人だった。
ほんの一瞬の出来事だった。
隙を突いて追手の一人が飛び掛って来た。その場の勢いで娘を突き飛ばす。それが拙かった。娘は崖から足を踏み外し、転落してしまった。幸いにも崖の下は川だったために何処かへ流されて行った様に見えた。頑丈に出来ているから、そう壊れる事は無いだろうが、それでも心配なのは変わらない。追手はそれすらも知っているかの様な素振りで、二人が落ちた娘を探しに立ち去って行った。残りの二人が母の前に立ちはだかる。そう、娘のみを追って来たのではない。自分もその対象であったのだ。相手には自分の姿が見えていた。
しかし其処までだった。女に迷いは無かった。女は二人を殺した。女にとってそれはもう、特別な事では無くなっていた。
既に残りの二人の姿は何処にも無かった。
――こんな事になるのならば初めから殺しておけば・・・。
女は初め、娘の手を掴み追手から逃げた。母として以外にも少しは人の心が残っていたのか、それとも娘の前だったからなのか。それを今になって後悔する。
――呪禁師、と言っていたか。
そう、言っていた。
それが何かは判らない。
黒い十字の真中に、眼の様な模様の入った布を顔に着けていた気味の悪い連中だった。
正体は判らないが、自分達にとって祖奴等は敵である事だけは判る。
兎に角、そんな事より今は娘を探す事の方が先である。
『繰子ぉ、何処やぁ』
大声で叫ぶ。娘が声に気付いてくれれば良い。仮令娘でなくとも、娘を追って行った二人が気付いて、此方に寄って来たならば始末すれば良いだけだ。けれど、もし既に娘が捕まっていたならば――。
不安になる。
そうして、母はまだ暫く彷徨い続けるのだった。




