其の六
「・・・何処で、覚えたの?」
平素とは逆に巫女が聞く。
「お母ちゃんが教えてくれたんよ」
人形は誇らしげにそれに返す。
そう、人形は逸れた母親を探しているのだ。それは何度も聞いた。けれど、その言葉は巫女の耳には届いても内には届かなかった。今になって漸く、其処に言葉が届いた。
巫女は思う。人形の母親の正体は一体何なのだろうか。矢張り人形なのか。
「ねぇ、あんたの母親って――」
聞いてみる。聞いた所で如何なるわけでも無いが。
「ん?もう死んでもうた」
あっけらかんと人形は答える。
「死んだって――」
――それでは、逸れたのではなくて死に別れたのではないか。
「早よ探さんとなあ」
言っている意味が判らない。恐らく、この人形には死というものが能く判っていないのだろう。母がもう何処にも居ないにも拘らず、一人で捜して、一人で彷徨っていたのか。
哀れだ、と巫女は思う。死の意味が判らずに彷徨う人形もそうではあるが、自分が死んでも娘に泪一つ流されない母親が、とても哀れであると。矢張り、常識は通用しないのか。否、親が死ねば子は泣くものだろう。それは人でなくても、犬であれ猫であれ、他の何であれ――仮令それが化け物であれ――同じではないのか。それとも、そう言うものなのか。だから人形なのか。所詮、人の形を真似ているだけであって、人ではないからか。生き物ではないからなのか。・・・考えたところで判らない。
巫女がそんな事を考えていると人形が欠伸をする。
能く能く考えれば人形なのに眠くなるのが不思議である。
「・・・もう、寝なさい」
巫女が言った。
寝ている人形を見る。手は焦げたままだ。
胸が痛い。これは・・・罪悪感、とでも言うのだろうか。果たして自分にそんなものがあるのか如何かは判らない。けれど、他に言い様が無かった。
――絡新婦。
自分で言っておいてよく言ったものだと思う。
それは、昔話で聞いた妖の名だ。その妖は男を喰らって生き永らえるのだそうだ。
正に、自分の事ではないか・・・。
ふと思う。人形の母親ではないが・・・自分が死んで、誰か泣く人間がいるのだろうか。
――莫迦な事を。
ふふっと哂って巫女は瞼を閉じた。




