其の五
夜。樹の陰で獣避けの火を焚く。
人形はじっと炎を見ている。
風で樹の葉が揺れる。炎も揺れる。
少し肌寒い。隣の人形は如何なのだろう。
「・・・寒くはない?」
一応聞いてみる。
「寒いて何やの?」
矢張り常識は通用しない。眼は見えている様であるが、この子にはその他の五感というものが無いのだろうか。
「なあ、何やの」
自分の知らない事を聞いたらそれを知らないと気がすまないのか、こういう時の人形はしつこい。
答えようにも旨く説明できない。普通は教えられなくともそれがどんなものなのか感覚で判る。しかし、その感覚がこの子には無いのだ。だから答えられない。けれど人形は詰め寄ってくる。
「・・・熱いの反対よ」
少し頭にきて冷たくそう言った。言ってみて拙いと思う。そう言えば人形の次の行動は決まっている。
「熱いて何?」
思った通りだ。
聞かれても答えられない。
「なあ、なんやの」
此方の顔色を伺わずに人形はさらに詰め寄る。ついに巫女の苛々(いらいら)は頂点に達した。
「――こういう事よ!」
言った瞬間、巫女は人形の手を掴み、目の前の炎に当てる。
人形は何の反応もしない。
はっと我に返る。慌てて火から人形の腕を遠ざける。自分の行動が自分でも理解出来なかった。そして何か、言い知れぬ気持ちになる。
「・・・何?」
人形はきょとんとしている。自分に何が起こったのか能く判っていない。あ、と人形は自身の手の甲を見て叫ぶ。
「黒なった!」
驚いた様に言った。人形の手の甲はほんの少し焦げている。
「これが熱いんかぁ」
何処か嬉しそうに見える。無知な人形は自分の知らない事を知って嬉しいのか。けれど。
――それは――!
巫女が言おうとした時、人形は再び炎に手を近づけようとする。
「止めなさい!」
叫ぶと同時に巫女が腕を掴む。
「そうじゃない・・・そうじゃないの!」
腕に力を込める。ぽかんとする人形を見ていると先程の気持ちがより強くなる。
「・・・違うん?」
人形が聞き返す。
「それは違うのよ・・・」
俯き乍ら巫女が言う。じゃあ何なんと問い詰める様に人形が詰め寄る。勿論人形にそんな気は無いのだろう。只純粋にその感覚を知りたいだけなのだろう。しかし巫女には人形のその純粋さが今は何よりも恐ろしかった。
「それは・・・また今度、教えてあげるから・・・今は・・・」
巫女は眼を合わせない。
「しゃあないなあ。約束やで」
言って人形は小指を差し出す。指切りの積もりだろう。指から繋がるその手の甲は焦げている。
それを見て巫女はさらに追いつめられる様な感覚になる。
「・・・指切り、知らんの?」
戸惑っている巫女に人形が問う。
答えを聞かずに人形は巫女の腕を掴み無理矢理小指を立てさせる。そして、こうするんやと自分の指と巫女の指を絡める。
「指切りげんまん嘘吐いたら針千本の飲〜ます!」
指切った、と勢い良く指を離す。その顔は何処か誇らしげだった。
「なぁんや、かのえでも知らん事があるんやなぁ」
嬉しそうに言う。他人に何かを教えると言う事が余程うれしかったのだろうか。
「・・・そう、ね」
その笑顔を見た巫女は、そうとしか答えられなかった。




