其の四
「仕事って何やの」
「それは・・・」
巫女が口篭る。
「なぁ、なんやの」
「・・・男を喰ってんのよ」
本当はその内容については語りたくなかった。。否、仮令人形であっても子供に言える様な仕事ではないのだ。けれど、余りにもしつこい為に頭にきたので、ぶっきらぼうにそう言った。
「・・・本当?」
聞いて人形は身を引く。
「勘違いしないで。別に殺す訳じゃないわよ。只少しだけ栄養を分けてもらうだけよ」
人形の怯えに気付いた巫女はとっさに言い訳をする。これで逃げられたら計画が台無しである。
――自分も化け物の癖にね。
「・・・人間じゃないんか」
巫女の言葉を聞いて安心したのか、じゃあ、正体はなんやのと巫女に詰め寄る。巫女と違い、人形にとっては人間でないから怖い、という考えはなかった。只、人を喰うという言葉が怖かっただけである。
「なぁ、教えてやぁ」
人形はしつこい。
「・・・そうね・・・あんたが生き人形なら――」
言い乍ら巫女が立ち止まる。
――私は絡新婦ってとこかしら。
「くも? 蜘蛛って、あの脚がいっぱいあるやつか」
両手を合わせて指先を蜘蛛の脚の様に見立て乍ら問う。
指をぞわぞわと動かす。
「・・・そうかもね」
迂闊にも一瞬その仕草が少しだけ可愛らしく見えてしまった。しかし巫女は、すぐにそ
の考えを打ち捨てる。
――そうだ、自分はこの子を利用しようとしているのだ。
余計な情などうつせば、それが出来なくなる。だから嫌われない程度に距離を置かなくては。
巫女は人形を見世物にしようと考えていた。そうすれば今よりももっと楽に金が稼げると思ったのだ。
巫女には別に目的がある訳ではなかった。何かをするために金が欲しいとか、誰かの爲とか、そういう訳ではなかった。勿論、食べる為に金は必要である。けれど生きる為、というのも違う気がする。それが生きがいではないが、兎に角、今よりももっと楽に生きる為に金が欲しかった。気がつけば体を売る事が当たり前になっていた。それが一番手っ取り早い。貞操観念とか、そういった類のものは遥か昔に何処かへ行ってしまった。着ている巫女服ですらその為の道具に過ぎない。いつの世にも好き者は居るのだろう。否、神聖な、普通ならば手の届かない存在だからこそ、馬鹿な男には受けるのだろう。そう考えて神社から勝手に拝借したのだ。
巫女はそうやって生きてきた。けれど、廓の中に入ろうとは思わない。中の奴らは所詮、飼われているに過ぎない。
自分は自由なのだ。
夢と希望はかつて失った。
夢も希望も無いけれど、自由だけは持っている。只それだけが誇りだった。
そんな生き方をして何年経つだろう。五年だろうか、十年だろうか。いつの日にか数えるのを止めてしまった。どうせ無駄だから。
そうして巫女は人形と出会った。
それから二日程経っただろうか。
巫女が仕事をしている間、人形は隠れて待っていた。それが決まりだった。巫女が自分を見つけ出すまで只何も知らずにじっと隠れて待っていた。
巫女は如何やらすぐに人形を見世物にする気は無い様だった。
どうせなら、人の多い場所で見せたかった。その方がより多く稼げるし、何よりも小屋も何も無い所で見せればいつ盗まれるのか判ったものではない。そんな事を考えていると切が無いが、少しでも憂いは無い方が良い。
決して一緒に居て情が移った訳ではない。
そう巫女は自分に言い聞かせた。
――もうすぐだ。もうすぐ大きな町に着く。其処で小屋を借りて、この子を見世物にすれば・・・そうすれば今よりももっと楽でもっと自由に暮らせる。
そう思い乍ら横目で人形を見る。ふと頭に別の思いが過ぎる。
――でも、それじゃあ、この子の自由は・・・?
そんな時、道端の石に躓いて人形が転ぶ。捲れた着物の裾からは人とは違ったそれ(・・)が見える。
辺りには人は居ない。
「・・・気をつけなさい」
それを見て思った考えを打ち消す。所詮は人形なのだ。道具に過ぎない。何を遠慮する事があるのだ。金さえあれば欲しいものは何でも買ってやれる。この子にとってもその方が幸せなのだ。
巫女はそう思う事にした。




