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唯ちゃんと、シェアハウスの住人(18)【最終話】

最終話です。

 ところで唯さんの夫である本田さんが、俺が入社する会社のパイロットだと判明したのも、三島君が俺の部屋にやって来たその日のことだった。


 土屋さんの話が一段落した所で帰ろうとした三島君がふと、俺の机のデスクマットに挟んであるパフレットに目を落としたのだ。そして頓狂な声を上げた。


「あれぇ? 『新のにーちゃん』じゃん!」

「え?」


 彼が指差しているのは、自社パイロット募集要項に添付されたパンフレットのモデルだった。


『新のにーちゃん』?

と言うことはまさか……これ、『唯さんの、旦那さん』?!


 パンフレットの上でしっかりと前を見据えているのは、パイロットの制服をピッタリと着こなした精悍な容貌の男性だ。明らかにその容姿は、素人のものではない。だからてっきり最近売れているイケメン俳優か、モデルなのだろうと考えていた。

 ちなみに俺の部屋にはテレビは無い。ネットでドラマをチェックする事もない。つまり、最近のドラマの流行りとか人気のイケメン俳優とかそのような物には、かなり疎いのだ。だから、その男性が如何に有名であろうとも知らなくても当り前だと思っていた。


「そう言えば新のにーちゃん、航空大出てパイロットになったって聞いたな」


 それがまさかの、本物のパイロットだって! 芸能人じゃ無かったのか! 見覚えが無い筈だ!!

 けど、こんな冗談みたいにカッコ良いパイロットなんて、いるワケない。現実はもっと違うはずで、これは所詮イメージ画像だ。……などと自分に言い聞かせつつも、こんな風に颯爽と制服を着こなし、ジェット機の操縦桿を握りたいと、デスクマットに挟んだパンフレットを眺め自分を鼓舞して来た。


「えーと、こっちは……『自社パイロット募集要項』?」

「……」

「え? カケル! もしかしてカケル、パイロット目指しているの?!」


 俺は頷くことさえ出来ずに、その場に立ち尽くしていた。

 ここに来て、容赦ない現実を突き付けられたのだ。

 俺は後生大事に毎夜、唯さんの夫―――つまり恋敵の写真を拝んでいたのか? なんてことだ!!


 思わずガックリと机に手をつく。


 全身、敗北感で一杯だった。

 唯さんが結婚していると言う事実を知ったのは、ついさっきのこと。

 彼女のような素敵な女性を手に入れた男性は、一体どんな男なのか? 気にはなったが、失恋したてで傷口が生々しくヒリヒリする状態だ。三島君に質問を重ね、詳しくその内情を確認することは、出来なかった。なのに今、不意打ちでそんな残酷な事実が判明するなんて―――予想外過ぎて、言葉がでない。


 ここに来て俺は、無意識下で一縷の望みを抱いていたことに気が付かされた。

 例えば、万が一その男が『不動産屋の御曹司』という取柄しかない、大した事のない男だったら? 実力も無いくせに、親の金と会社を引き継ぎ安穏と暮らしている、おそらくまだ新婚と言えるような時期に、その女性を実家で働かせておいて遊び暮らしているケチな男だったら。

もしそんな事があったなら、みごと選考試験に合格した暁に諦めきれない俺が彼女に想いを告げる……なんて未来もあったかもしれない。


 だが彼女の夫は、俺が挑戦しその結果散ってしまった航空大に何年も前に合格していたのだ。しかも俺が今目指している航空会社に、既に入社している先輩だ。その事実だけでも、その存在に対して抱くのは尊敬以外の何物でもない。

 なのに更に唯さんの夫は……俺が憧れていたパンフレットの偶像そのもの! 現実の存在だったなんて―――!!

 ああもう、笑うしかない!!




「ふ……ふふふふ……ふふ……」

「ええと……カケル。大丈夫?」




 机に手をついて俯いたまま、突然肩を揺らして笑い出した俺を不穏に思ったのか、三島君はおそるおそると言った調子で声を掛けて来た。


「―――大丈夫だ!」


 俺は、しっかりと顔を上げる。

 だが三島君は、すっかりおかしくなったか? というような目で、不可解そうに俺を見つめている。

―――が、とんでもない。

 妙に、頭がスッキリしている。

 俺の心は、今決まったのだ。


 これは是非とも、直接会って確かめなくてはならない!

 彼女の夫が―――見た目も職業も生まれもパーフェクトな、あのパンフレットで涼し気な表情を惜しげもなく晒している、不遜なイケメンパイロットが。本当に唯さんに真実相応しい相手なのか、俺は見極めなくてはならない。


 それには先ず、ちゃんと選考試験に合格する事だ。

 同じパイロットとして―――いや、入社した時点ではパイロット候補なのだから、同じではなく、彼の後輩になるのだが。

 少なくともそのハードルを越えた上で、彼女の夫に対峙せねばならない。


 俺はやる……!

 最終選考を潜り抜け、みごと入社を果たす! そして唯さんの夫に直接会い、その真価を見極めるんだ……!!







 それからの俺は一転集中、邪な気持ちに惑わされることなく試験に臨んだ。いや、動機の一部は邪なのかもしれないが……彼女への恋心に振り回されることなく『まずは合格!』と、一心不乱に邁進することが出来たのだ。

 結果見事、合格を果たした。


……が、パンフレット掲載されていた写真よりも、現実に相対した唯さんの夫はずっとイケメンでカッコ良く。為人(ひととなり)も、素晴らしい先輩だった。


 お陰で、というか結果強制的に、じりじりと引き摺り続けた恋心に無事ケリをつける事が出来てしまった。


 だが現在、これまで無いほどに女性に言い寄られモテまくっている俺は、女性不信になりつつある。

 そしてそんな理不尽な目に合う度に―――菜園で微笑む、癒しそのものの唯さんの面影と、目の前の女性を比べてしまうのだ。

 なのに彼女は、人の妻。しかもその夫は俺など足元にも及ばぬ、完璧な男。虚しい……虚し過ぎる!


 まぁ、とは言え。

 パイロットになりたい、そのスタートラインに立ちたいと言う、俺の長年の夢は叶ったのだ。

 航空大を受験し、俺同様落ちた受験生達、それから選考試験に身を投じ、あと一歩で届かなかったパイロットを目指す同胞達。彼等がいて、今の自分がある。受かった幸運に感謝して、一人前のパイロットを目指す事に、これからも専心して行こうと思う。


 ただ、その隣に誰かいてくれたら。

 長いフライトの後、帰るべき場所、寄り添う相手がいたら、もっと幸せだろう―――と、やはり思わずにいられない。


 もしかするとこの先、本田さんが請け負ってくれたように、こんな俺にも、俺にとって最高に素敵な女性、しかも唯さんではない女性と出会う可能性が、本当にあるかもしれない。

 そんなこと絶対無い! なんて、言い切れるほど俺は世の中を知らないし、自分を知らないのだ。


 実際ここ数年だけでも、俺の周辺にはいろんな事があった。

 航空大の受験に失敗し、ガックリと落ち込んで。元カノに振られて、更にどん底に落ちた。だけどそれが切っ掛けで、もう一度夢を追い求めることが出来、心機一転移り住んだシェアハウスで唯さんに出会って、癒された。そして恋に破れ、だがしかし、そのショックで奮起し―――夢だったパイロットへの道が一気に開けたのだ。

 その他シェアハウスでは、親しく付き合える友人を得ることが出来た。英語面接を手伝ってくれたニックとか、ほぼ巻き込まれたようなものだけれども、三島君や土屋さんと交流(腐れ縁?)も続いている。


 悪い事が良い事のきっかけとなる事も、楽しい出来事があっという間に悲しい出来事に変わることもある。現実に選考試験をクリア出来たのは、唯さんへの失恋をバネにして努力した結果だった。

だから、あの初夏の菜園で。唯さんの横顔に感じたような甘い衝動を―――再び誰かの中に見つけることが出来る、その可能性はゼロではないかもしれない。


……その時が来るのが楽しみなような。

 来なければ来ないで、良いような。


 今はそんな曖昧な気持ちしかないのだけれども。絶望しきって頑なになるよりは良いんじゃないか? と呑気に考えてしまうのだ。










【唯ちゃんと、シェアハウスの住人 完】

お読みいただき、誠に有難うございました!


漸く完結まで辿り着きました。

忙しくて更新が間延びしてしまい、それにも関わらず読み続けて下さった方、またはチラっと何かの際に立ち寄りお読みいただいた方がいたこと、大変嬉しく思っております。

感謝、感謝です!


なお、流れに盛り込めなかった為やむなく落としたおまけエピソードがあります。

何かの形でおまけとして追加したいと考えておりますが、いつになるか目途はついていないので、取りあえずここで、完結表示とさせていただきます。


後ほどチラリと追加したら、また立ち寄っていただけると有難いです!

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