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「……今日は、銭湯はいけないな」
蛇口をひねり、冷たい水でタオルを濡らした。固く絞ったそれを首筋に当てると、熱を帯びた皮膚がびりびりと震える。
サービスエリアの片隅。夜のしじまの中で、濡れたタオルで丁寧に身体を拭っていく。石鹸の香りもしない、無機質な水と布の感覚。
本当なら、湯船に浸かって手足を思い切り伸ばしたい。けれど、長距離という戦場を選んだ今の彼女にとって、この不自由さこそが「前進している」証でもあった。
身なりを整え、再びキャビンという名の「城」に戻る。
運転席に座ると、香はすぐにタブレットと運行表を開いた。目標の集積所までは、まだ距離がある。ここから数時間走り、ちょうどいい場所にあるパーキングエリアを見つけなければならない。
「ここで三時間の仮眠。逆算すると、出発は午前三時か……」
ルートをなぞる指先に、力がこもる。
長距離の走りに、無理は禁物だ。けれど、遅れはもっと許されない。
道路状況、工事の規制、そして自分の体力の限界点。それらを緻密に計算し、孤独なパズルのピースを埋めていく。
誰に相談するでもなく、自分一人で決める。この責任の重さが、香にとっては、他人の機嫌を伺うよりもずっと潔く、心地よかった。
よし、と心の中で呟き、エンジンをかける。
再び脈打ち始めた巨体。
香はギアを入れ、パーキングの出口へとゆっくり車体を滑らせた。
本線へと合流する加速車線。暗闇の向こう側に、また新しい夜が待っている。
数時間後の自分に、一番良い状態の「孤独」を届けるために、彼女は再び深夜のハイウェイへと飛び込んでいった。




