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エピローグ

「今、右足に重心が乗ってるの分かります?だから、この方向に力を加えると崩れます。その際に筋力ではなく、自分の体重を乗せる感じにすると技がかかりやすいですね」

 ソウタが白い制服の若者の手首を軽く捻ると、若者は転げるように転倒した。

 周りを同じ制服を着た者達が熱心に見守ている。

「一つ質問いいですか?」

 周りの一人が手を挙げた。

「どうぞ」

「なぜ筋力を使わない方が、技がかかるんでしょう?」

「いい質問です。ちょっと来て私の手を握ってください」

 ソウタは質問をした若者が来るように促して、握手の形をとる。

「例えばこうして引っ張ります。耐えてください。耐えられますよね」

 ソウタは握手をした手を引っ張った。若者は耐える。

「これは、私の姿勢や重心、手の力の入り方等から力の方向が予測出来るからです。予測出来たらその反対の方向に力を加えれば当然耐えられますね。筋力を使うとこうなりやすい。でも・・・」

 若者は突然膝を着いた。

「おおーっ!」

 と歓声が上がる。

「筋力を使わないと、力の方向が予測されにくいのです。予測できない重心の変化に人間はとても弱い。だから、技がかかりやすいんです。別に予測さえされなきゃ体重である必要はないのですが、体重乗せるのが一番簡単なんです」

 ソウタはチラっと道場の入り口を見る。

「では、今までのところをペアを作って練習してください」

 そう言って、ソウタはその場を離れ、入り口に向かった。


「お久しぶりです」

 ソウタが挨拶した相手はユーリだった。

「お久しぶりです。大人気ですね」

「おかげさまで」

 ソウタ、およびスティールワスプ社は、教会の警察隊のフィジカル、体術コーチを請け負うようになっていた。もちろん、ユーリの口利きである。

 今日はユーリは斡旋担当者としての視察に来ていた。


「機械に頼りすぎて人類の知力、体力が低下した・・・それが計画的文明退行の発端だったんですけどね。皮肉にもそれを管理する教会の人間の能力、特に体力の低下が顕著になっています。当たり前ですよね。我々だけ文明を享受してるんだから。お恥ずかしい話です」

 ユーリが言った。これに関する話をする時、ユーリはいつも沈痛な顔をする。

「まぁ、すぐ追いつきますよ。みなさん熱心ですから」

 ソウタはユーリの表情を戻したくて、お世辞でごまかした。

 率直に言うと、現状の彼らは銃火器等を持たないと無力だ。

 初めてコーチをした時は、どうしたものかと全社をあげて議論になったものだ。

 筋力等はトレーニングする習慣があるとのことで、そこまで悪くは無い。だが体の使い方が全く出来ていない。端的に言うと器用じゃないのだ。体術のような対人技術になるとそれが顕著に表れる。

 それ以上に問題なのは、痛みや苦しみに対する耐性が極端に低いことだ。打撃を伴う自由組手をすると、数発の突き蹴りを貰うだけで、すぐに戦意喪失してしまう。

 これは実際に痛みや苦痛を伴う鍛練をして慣れていくしかないのだが、そういう鍛練に対しては彼らはかなりの抵抗感があるようだ。

 まだまだ課題は山積みなのだ。


「スティーブは仕事してますか?」

 あまり掘り下げられても回答に困るので、ソウタは話題を変えた。

「してますよ。当然です」

 答えたのはユーリの腕時計型のデバイスだった。

「なんだ、スティーブ、そこにいたのか」

「はい。秘書ですから」

「そうか」

 ソウタはネズミ達の研究の進捗を聞こうと思ってやめた。この話題になるとスティーブは長くなるからだ。


「そうだ。ユーリさんってやっぱり有名人だったんですね。知り合いだと言うと、色んな人に驚かれます」

 これは事実だ。驚かれるだけでなく羨望の眼差しで見られる。『お近づきになりたいから繋いでくれないか』と頼まれることも1回や2回ではない。もちろん、全て丁重にお断りをしているが。

「いえ、有名なのは父ですから。私はまだまだです」

 ユーリが謙遜する。彼女の父は世界政府議員だと言う。詳細な数値は民間には明かされていないが、今は議員のほとんどはAIで、人間の議員はとてつもないエリートとのこと。

 彼女は父を見ているため、自己評価が低いのだとソウタは分析していた。

「確かにまだまだですが、着実に進んでますよ」

 スティーブが割って入る。

「お前が『まだまだ』とか言うなよ」

 ソウタが呆れ顔で言う。一方でユーリと随分距離が近いコイツが羨ましくもある。

「ホントよ。でも、進みます。私はやっぱり世界政府は無くなるべきだと思ってますので」

 ユーリが決意表明のように言った。

「そんな過激なことを口に出して大丈夫ですか?」

 ソウタは件のネズミを生み出した科学者のことを思い出した。

 ここは教会の敷地だ。どこにどんな耳があるか分からない。

「大丈夫です。手段さえ適切であれば思想は自由です。あの科学者とは違いますよ」

 ユーリはソウタが懸念したことを察して言った。

「良かった。でも、なんでユーリさんは世界政府を無くしたいと思うんですか?」

 ソウタが尋ねた。こうしてユーリと会う機会は時折あるので、ユーリの思想は何となく知っていた。ただ、その理由を聞いたことは無かったからだ。


「最初は漠然としてたんですけどね。何かが違うと思っていただけで・・・」

 ユーリが口を開く。

「あの遺跡で分かりました。マークとスティーブに守られ管理されて生きるネズミ達。特定の建物の中だけで生き、一見繁栄しているけど、何かの拍子でその建物を出てしまったら、とても危うい・・・似てると思いません?今の人類に」

「なるほど。確かに似てますね。そうか。そういうことか」

 ソウタは急に腑に落ちた。

「もちろん今の政府に敵意はありません。千年の安定をもたらしたのは間違いなく彼らなのですから。でも、そろそろ次の千年を考える時期に来ているのだと思います。私はその第一歩を踏みます」

 ソウタはユーリの横顔を見た。

 遺跡でのユーリのそれと、重なるようで重ならない。それが眩しくもあり、寂しくもある。

「どうしました?」

「凄いな、ユーリさんは・・・って思ってました」


「はっ?」

 ユーリは怪訝な顔をした。

「凄い?私が?」

 この男は何を言いてるんだろう?

 マークの機体を調査した研究者は、これを人間が素手で制圧したなんて誰も信じなかった。

 また、この男のコーチングを受けた警察官達からは、若くして伝説の達人とカリスマ扱いされている。

 その実力を遺跡で間近で見て来た自分達は、どれだけ劣等感を抱かせられたことか。


「ええ。凄いじゃないですか」

 度が過ぎる謙虚は嫌みである。しかし、この男の顔に悪意はない。そう、単純にニブいのだ。

 そう納得してユーリはタメ息をついた。


「アンタが言わないでよ。。。」

 彼女はこの時からソウタに敬語を使わなくなったという。



~世界政府略歴~~~~~~~~~~~~~


◼️西暦2500年

某国で国会の議席にAIの枠が設けられた。以後、この流れは各国に波及する。


◼️西暦2575年

議会制民主主義国が統合され世界政府となる。


◼️西暦3025年

AI化、機械化による人類の体力、知能の低下を懸念した世界政府は、計画的文明の退行を決定する。その手段として段階的な電力供給の低下が始まる。


◼️西暦3100年

電力供給の低下が進み、産業用ロボットによる大量生産の時代が終焉する。


◼️西暦3300年

文明は産業革命時まで後退していた。世界政府の直轄領のみがテクノロジーを維持しており、政府は教会と呼ばれる執行機関を通じて各地を統治していた。

世界政府と人民の間には、文字通り神と人ほどの力の差が出来上がっていた。


◼️西暦3322年

若手議員を中心に超党派で『次の千年を考える会』が発足。世界政府、AIのあり方そのものを見直す議論が初めて公式の場で交わされる。



―完―

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

お気づきの方が・・・いらっしゃったら(伝わっていたら)有難いのですが、この話は色々なものからインスパイアされております。最後にそれらを紹介させていただきます。


■全般:ウィザードリィ(特に5、6)

 ある程度閉じた世界で話が進む冒険や、迷宮の中に住む独特の住人達が好きなので、ああいう雰囲気の話を書いてみたなと思いました。


■バランス:火吹き山の魔法使い他

 昔のゲームブックの独特のバランスを手本にしております。主人公たちが強くなり過ぎず、アイテムも凄いマジックアイテムではなく、迷宮の中のガラクタを利用して進んでいく、でもやっぱり最後には少し強くなっている・・・というバランスで作ってみました。

 なぜそのバランスか?と言われるとただの好みです。。


■SFとして:藤子・F・不二雄先生

 これは先生が偉大過ぎて似ても似つかないのですが、自分のSFの理想形が先生なので。


以上です。こう書いてみると、目指したものに対して、だいぶ至らない作品ではありますが、お読みいただき、ありがとうございました。

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