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女王

 マークは完全に機能停止した。

 しかし歓喜の声も、安堵の声も無い。

 時間が無いのだ。みな次の一手を考えている。

 ただ、ソウタだけは止まったマークの隣で大の字で転がった。

(15秒・・・10呼吸だけ休ませてくれ)

 彼は目を閉じて、回数を数えながら深呼吸した。


「カンダさん」

 最初に口を開いたのはスティーブだった。

「3分後にバルブを開いてください。開き方は道中説明した通りです。大丈夫でしょうか?」

「ええ、分かりました」

 カンダが答え、バルブに向かう。


「シンバさん、バルブ解放後、5分で放水は止まります。その間で薬は効くはずですが、本当に効いているかどうか、巣に踏み込むかどうかの最終判断はお任せしてよろしいでしょうか?」

「もちろん」

 シンバが答える。


「ユーリさん」

「なに?」

「専門店街の一番奥の部屋が女王の間です。そのすぐ奥のバックヤードにネズミの研究室があります。ケージがありますのでご利用ください。通路を挟んで左右に一部屋ずつあります。そこに二人の女王と雄がいるはずです。見極めはシンバさんが出来るはずです。全体的な指示誘導お願いします」

「ええ。それで・・・」

 ユーリはスティーブを見た。

「あなたはどうするつもり?」


 スティーブはユーリを、そしてその場の全員を見て言った。

「興奮したネズミ達をなんとかしてきます」


 そう言って、その場を離れる。

 コンクリートの床にカツカツというスティーブの足音が響き渡った。

 その音が小さくなって来た頃合いで、別の音がした。


「ギギ、ジーーー、ギギ、ジーーー、」

 スティーブが発しているのだろう。

 ほぼ同時に遠くで何やら地響きがする。

 ネズミ達はすぐそこまで来ていたのだ。

 しかし、その地響きのような足音は、こちらには近づいてこない。むしろ徐々に遠ざかる。

 スティーブに付いて行っているようだ。


「『外敵だ。巣を守れ』・・・か」

 シンバが呟いた。


「3分です。バルブ開きます」

 カンダが口に出して作業を開始する。

 今度は配管越しにも水が流れている音と振動が伝わってくる。

 ほどなくして遠く、売り場の方から放水の音が聞こえて来た。


「雨みたいだな」

 オオモリが独り言を言った。

「浴びたい気分ですね」

 ソウタが反応する。自分で決めた休憩を終えて彼は立ち上がっていた。

「浴びたら寝ますよ」

 シンバがからかう。

「寝てていいですよ。もうお二人は」

 とカンダ。ようやく雑談をする余裕がメンバーには出来た。

 久しぶりに何も考えずに雨音、もといスプリンクラーの音を聴き入った。

「寝てると言えば、これ、どうします?」

 ソウタが動かなくなったマークの機体を指して言った。


「かなり特殊な機体なので、研究用に持っていきたいですね。それ以前に、ここに放置するのも危険ですし・・・ただ重いですよね」

 カンダが答えた。

「ですね。台車に乗せればこの建物内であれば問題ないですが、帰り、あの洞窟を抜けるのはかなり大変です」

 オオモリが言った。色々あって忘れていたが、この建物に来るまでの道のりも長かったのだ。

「大丈夫です。持っていきましょう」

 ユーリが言った。

 彼女は何やら身に付けた腕時計のようなものを操作している。

「そもそも空から帰る予定だったでしょ?マークが機能停止したことで、電波妨害が無くなったようです。今、教会の浮遊自動車(フライングモービル)を呼びました。積載重量を確認しましたが十分余裕があります」

「そうか。なんか色々忘れてますね」

「確かに」

 オオモリ、ソウタ、カンダがカラカラと笑う。


「では、そろそろ5分ですね。行きましょうか」

 ユーリが促した。

 スティーブの予想通り、約5分で雨音はすっかり止んでいる。

 何も言わずとも自然に一行は、先頭をオオモリ、最後尾をソウタという隊列で歩きはじめた。


 売り場に出ると、ネズミ達は一匹もいない。

 おそらくスティーブが全て巣に誘導したのだろう。


 かつて兵隊ネズミに威嚇された専門店売り場の入り口に来る。

「大丈夫なようです」

 シンバが判断を下した。


 専門店街には、おびただしい数のネズミ達が眠っていた。

 しかし、不思議と通路には一匹もいない。

「ネズミをかき分けて歩くと思ってたんですがね」

 オオモリが感想を述べる。カンダもそれに頷いた。

「見てください」

 シンバが近くの部屋を指す。そこは通路とは逆で、数えきれないほどのネズミが眠っており、特に棚の周りに密集していた。

 専門店街のどの部屋も同じような形で、ネズミ達が眠っている。

「小さな個体が見あたりません。おそらくあそこの中にいるのでしょう」

 シンバがネズミが密集している棚を指した。

「棚を屋根にして放水から子供を守ったのね。薬入りだって分かったのかしら?」

「さぁ。そうかもしれませんし、水による体温低下から守ったのかもしれません。いずれにしても見事なものです」

 シンバの見解に全員が頷いた。


 最奥の部屋に女王の間があった。

 ひときわ大きな個体を多くのネズミ達が囲っており、一目瞭然だった。

 しかし、オオモリ達の誰もそこには目もくれない。

 みな別の一か所に意識を持っていかれた。


「スティーブ!」

 ほぼ同時にその場にいた全員が声に出す。

 彼は部屋の隅で壁にもたれ掛かり、長座の姿勢を取っている。

 そして、誰の呼びかけにも応じない。


 マークに折られた片腕は、完全に肘から先が無くなっていた。

 その他にも、そこかしこにコードを食いちぎられた跡がある。


「彼が発した言葉は『外敵だ、巣を守れ』でした。興奮したネズミは彼を外敵認定したのでしょう」

 シンバが言う。

「こうなることが分かっていたから、最後、我々に全てを託すような話し方をしたのですね」

 カンダが俯いた。

「まったく、弱いくせに。。。」

 とオオモリ。

「あなたを秘書にしたいというのは本当だったのよ。。。」

 ユーリは目に涙を貯めている。


 それぞれの声がけにもスティーブは全く応じることはなかった。


「まったく、質の悪い冗談は止めろよ!ユーリさん泣かしただろ!」

 最後尾からガラガラと台車を引いてきたソウタが言った。

 彼だけ、認識が違うような言い草である。

「見てください。コイツの座り方。部屋の角にしっかり頭を付けて守ってるでしょ」

 ソウタが周りに説明する。

「??」

 ソウタはスティーブの頭を雑に倒すと、後頭部のハッチを開け、カードを引き抜く。そして、台車に乗せていたマークの機体に差し込んだ。


 数秒した後、めまぐるしくファンが回る。

 そして、機体は立ち上がった。


「やぁ、みなさん。おはようございます。女王はそこにいます。さっさと終わらせちゃいましょ・・・うっ」

 ユーリが無言でスティーブの背中を叩いた。

 それも、かなり強く。。。


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