ロストテクノロジー
「チーーィ、ギギ、ギギ、ギギ」
マークの声が響き渡る。
「マズイですね」
スティーブも呟く。
「やっぱりネズミは、管理作業区域にも来るの?」
ユーリがスティーブに聞いた。
今までネズミに遭遇したのは売り場だけで、バックヤードでは全く見かけなかったからだ。
「通常は来ません。来ないように私が『教育』してるので。ただ蜂型の社会を形成している彼らにとって、言語による指示は命より優先されます。最初は躊躇するでしょうが、それによる足止めは持って1、2分でしょう」
スティーブの「1、2分」という言葉がやけに部屋全体に響き渡った。
(『教育』とはおそらく電流か何かだろう)
シンバは考えた。バックヤードの入り口あたりに電流が流れる仕掛けがあり、何度も『この先に行けば電流を受ける』という体験をさせる。次第にそれが学習され、ネズミ同士でも教え合うようになる。そんな仕組みだろう。
それなら、その電流を流せば足止め出来るのでは?
(いや、焼け石に水だろう)
シンバは思い直す。スティーブが言うように、この指示は命より優先されるのだ。スティーブがこの案を口にしない以上、効果は見込めない。むしろ刺激して逆効果になる場合もある。
シンバが、そんなことを思索していた頃。
「1、2分か。。。」
ソウタは自分に言い聞かせるように言った。
(ならば、これはもういらない)
そう言って斧を投げ捨てた。
もうマークに拾われて困るほどの時間もないのだ。
(これもいらない)
左腕から盾を外した。
そして、脚に装置した警棒2本を取り出し、ねじ込んで1本の棒にする。
(やっぱり、これが一番しっくり来るな)
その場で軽くステップを踏む。
身軽になった体に、心地良いリズムを感じる。
(出来ることをやろう)
完全に開き直ったその時、ソウタの脳裏で何かが繋がった。
「隊長!みんなを頼みます」
「どうする気だ?!」
「ロストテクノロジーにはロストテクノロジーです」
「?!」
ソウタは駆け出した。
「今さら何を?」
マークは呆れたように言う。
「お前の弱点を見つけたんだ」
そう言って警棒で突きを入れる。その一撃は水月あたりにヒットした。
「無駄です」
やはり、マークは無傷だ。
「そうかな?」
ソウタは続け様に突きを入れた。同じ場所、水月を狙って。
2発、3発とヒットする。
しかし、装甲は貫けない。
「無駄ですって」
マークは警棒を掴んだ。流石に同じ場所への攻撃が続けば、軌道が読まれてしまったのだ。
その瞬間・・・マークは膝を着いた。
何が起こったのかも分からない。ただ、警棒を掴んだ瞬間にマークは立っていられなくなった。
「!」
マークは咄嗟に掴んだ警棒をソウタに投げる。
ソウタは難無く躱す。
立ち上がるマーク。
しかし、立ち上がりざまに下から掌で顎を突き上げられ、尻もちを着く。
横に転がって退避、距離を取って立ち上がる。
が、ソウタは距離を詰めている。マークは横っ面を張り手されるような形で、また投げられた。
「そうか!確かにロストテクノロジーだ!」
オオモリが叫ぶ。
「何が起こってるんですか?」
マークがソウタに何度も投げられる様子を見てユーリは思考が追い付かない。
「これが我々が発掘した失われた武術の1つ、合気道です」
「合気道?」
「そう。我々は重心を読んで、相手の攻撃を予測するって話はしましたよね?」
「はい」
「これはその先。相手の重心に干渉してコントロールする技術です」
「よくわかりませんが・・・すごいですね」
「彼らは重心移動がシンプルで分かりやすい。こうなると逃げられません」
もう何度倒されただろう。
しかし、マークの装甲の強度はたいしたもので、ヒビ一つ入っていない。
だが、ソウタは深追いはしない。ひたすら投げては起きるマークをまた投げる。
「奇妙な技を!」
業を煮やしたマークが必死にソウタの腕を掴んだ。
「これを待ってたんだ」
ソウタは掴まれた腕を軽く振る。
「?!」
それだけでマークがよろけた。
「逃がさないよ!」
ソウタは更に大きく揺さぶり、タイミングを図ってうつ伏せに引き倒した。
(斧を渡すか?)という考えが頭から離れなかった時、顎を引いて受け身を取るマークが何故か気になった時、自分は疲労で集中を欠いているのだと思っていた。
しかし、それは違った。
しっかりと弱点と、そこを突く手段を見つけていたのだ。
「待ちなさい!」
マークがソウタの狙いを理解した時には、既に遅かった。
ソウタは、マーク後頭部に手をかけ、ハッチを開けて、彼の人格が込められているカードを引き抜いた。




