天下御免の傾奇者
「兼続ぅ~、邪魔するぜ~」
「あ、慶次さん昼間っから酒飲んでるの?」
「げ、お船かよ」
「なにが『げ』だ!」と、一人の女性が慶次のことを手に持った木の棒でぶん殴る。
彼女の名前はお船。兼続の正室だ。
元は義兄・直江信綱の正室であったが、彼の死後に直江家を継いだ兼続の妻になった。
武家の娘らしく気が強い。
そして棒の直撃を喰らって数メートル吹き飛んだ男。名を前田慶次郎利貞、通称前田慶次という。
彼は全国的にも著名な傾奇者で、普通の武士に反した異風な行いをする。
今日は左右で色模様が違う湯帷子の上に、南蛮物のマントを羽織っている。
とにかく派手で、鮮やかな色の服が鮮血の真紅と似合う。
「只今戻った。って慶次殿?!」
奉行衆との会議を終えて屋敷に戻った兼続が最初に見たのは、地に突っぷして頭から血を垂れ流す同僚と何やらたっぷり血糊がついたこん棒を持つ妻。
兼続が「おまわりさーん!!」と叫んだのは言うまでもない。
「ということは、大事には至ってないということですね」
「「「申し訳ありません」」」
その後、やって来た城下町を巡回していた武士――兼続は『お巡りさん』と呼んでいる。――によってひと悶着あったものの、怒りっぽいお船が冗談混じりで慶次をぶん殴ったということで、事件は終わりを告げた。
お船も慶次も兼続と一緒に謝らされたのは言うまでもない。
「で、兼続、酒飲もうぜ」
「飲みません」
「え~」
お船が貝合わせで遊ぶため離脱した後、慶次と兼続は兼続の私室で話し込んでいた。
慶次は既に酒に酔っているからか、兼続に絡んではベタベタしている。
兼続はそれを気に掛けない様子で熱心に一枚の書状を書いている。
「へいよう、兼続、何書いてんだ?」
「手紙です。評定の時言っていた家康への」
兼続が執筆しているのは家康への手紙だ。一応宛先は承兌となっているが、彼と繋がっている家康も子の書状に目を通すことは想像に難くない。
「ほお~……長くね?お公家さんが着けてる長ぇ布みたいだな」
慶次はボーっと手紙を書く兼続を眺めていたが、我に返ったようにツッコむ。
長さは
「下襲の裾です。身分が高いほど長くなります。家康の身分が高いわけではないですよ。決して」
兼続は自分が言った『家康』という単語にすら反応してしまう。
酷い日には『いえ……』まで言ったら暴走するので、彼の屋敷では『い』のついた言葉を言う前に、前後左右空中地中を確認することが日課となっている。
「……これは私の愚痴と思って聞いてほしいのですが、先日出奔した家臣が現れました。名は栗田国時と藤田信吉」
慶次は何度も出奔したことがある。
出生は滝川家。織田家に仕えた滝川一益と同族だ。
慶次は元五大老の前田利家と同じ前田家の養子となった。利長の父親の利家は慶次の叔父だと言われている。
最初、慶次は信長に仕えたが、肌に合わなかったのか出奔。
そこからは一益や利家に仕えて出奔を続ける。
秀吉が天下を統一した後は、諸国を流浪し数々の文化人と交流する内に、今の上杉家に仕えた。
だからといって出奔する人物に特別な思いを持つわけではないが。
「そうなのか、そいつらは殺したのか?」
「いや、藤田は逃がしました。今は家康に泣きついている、といったところでしょう。これで家康も本気になったが……既に上杉家は戦の準備を整えています。」
「何が言いたい?」
「慶次殿も戦の準備をなされた方が良いということです。武芸の練習を怠りますと、戦場で手柄を耐えられませぬよ」
兼続は硯から墨をつけながら、慶次を冷ややかな目で見据える。
しかし慶次はその程度では動揺しなかった。
目を瞑って眠そうにしている。
「なあ、兼続。虎や狼が日々鍛錬なんぞするかねぇ」
兼続は筆の動きを止める。
「鍛錬はしないでしょうが、日々実践をおこない、爪を砥いでいるはずです」
「こりゃ一本取られた」
慶次は笑った。
部屋に入ってきた小者が兼続に耳打ちをすると、兼続の顔色が少し変わった。
「呼び出しがありましたため、登城して参ります。慶次殿」
「おお、行ってらっしゃい。ひと眠りしたら俺も長屋に戻るわ」
慶次は背を向けながら手を振る。
振り返ったときには既に兼続はおらず、遠くでお船が「行ってらっしゃいませ」と、言う声だけが聞こえた。
話し相手がいなくなると途端に静かになり、暇だという思いが出てくる。
「俺も一本取りてぇな……」
そう呟いて慶次は眠りについた。
お読みいただきありがとうございました。
前田慶次って滅茶苦茶キャラ立ちそうです。




